第108話 夢の中

 気づけば俺は、白い空間にいた。


「え? ここって……」


 見覚えのある場所。

 というのも、前世で過労死し、その後神様と出会った場所だからだ。


「たしか俺、眠ってたはずなんだけど……」


 真っ白でなにもない空間は、それだけ恐怖を引き立てる。

 もしかして、俺が今までずっと過ごしてきたと思っていた島での生活は夢で、死後の世界としてここにいたんじゃ――。


「こんばんは」

「っ――⁉」


 いきなり目の前に人が現れ、俺は驚いて後ろに飛んで距離を取る。

 気配だってなかったし、間違いなく人影一つなかったはずだ。


「驚かせてしまいましたね」


 金色の長い髪をポニーテールにし、見るものを魅了するほどの妖艶な瞳と、男受けしそうなスタイル抜群な身体。

 白い和服を着崩した女性は、くすくすと口元を隠しながら笑って俺を見ていた。


「……誰ですか?」

「そうですねぇ……タマモ、とお呼びいただければ」

「タマモ……」


 それは今朝ヴィーさんが語った、ルナの先祖の名前だ。

 そして俺の世界でも、傾国の美女として――。


「ふふふ、貴方の世界の私は、面白いことをしてますね」

「……」


 今、心を読まれた?

 それに……。


 ――世界を跨ぐような存在を貴様が迂闊に想像するな。


 ヴィーさんに言われた言葉。

 彼女にしては珍しく真剣な様子で、もしその言葉通り受け取るなら、俺が想像してしまったことがそのまま起きてしまうのでは――。


「心配しなくても大丈夫ですよ。ヴィルヘルミナに、根こそぎ力を持っていかれてしまいましたからね」

「……そうなんですか?」

「今の私にできることは、こうして夢に干渉して働きかけるだけ……」


 よよよー、と相変わらず口元を隠しながら今度は泣き真似を始める。

 それが本気でないことは伝わってくるが、しかし同時に何とかしてあげないといけないという気持ちにもなってしまう。


「ヴィーさんとは知り合いなんですか?」

「ええ、とても長い付き合いでした。貴方の知り合いでいうと、スザクなんかも」


 過去形。

 つまり彼女はもう力を失った神獣族の先祖そのもので、当時を生きていた存在ということだろう。


「ヴィーさんやスザクさんたちは、殺し合いをしてたって聞きましたけど?」

「殺し合うほど仲がいい、ということです」

「……」

「あの時代を生きた者たちはみんな、死に場所を求めていましたから」


 たしかに、死なないヴィーさんやスザクさんにとってはそうかもしれない。

 しかし彼女はいくら最強種でも生物であることには変わらず、決して不死ではなかったはずだ。

 それでいて、殺し合いや死を求めていたなんて――。


「……それで、何の用ですか?」


 ふと、これ以上考えてはいけないと思った。

 不思議な魅力を持つ女性だ。

 つい問いかけに答えてしまうし、彼女が何を思っているのかを考えてしまう。


 しかし俺の本能が、彼女の言葉を聞き続けるのは危険だと警報を鳴らしていた。


「ヴィルヘルミナに奪われた私の力を、取り戻してくださらない?」

「断ります」

「あら?」


 俺が一刀両断したことが予想外だったのか、タマモさんは意外そうな顔をする。

 まるで、自分の言うことを聞かない人間なんていないはずなのに、と言う風だ。


 おそらく彼女は魅了か何か、精神系の魔法を使っているのだ。

 時の王ですら、彼女の魅力には抗えなかったに違いない。


 俺がこうして正常でいられるのはきっと、神様からもらったチートのおかげ。

 だがそれが効いていないことで考え込み、そして目を細めて妖艶に笑いながら口を開く。


「貴方が渡された黒い宝石。あれは私の負の力を封印したもの。そして正の力は、ヴィルヘルミナが持っていきました」

「俺、断りましたよね?」

「それを私が聞き入れる理由はありませんよ?」


 こちらの言い分など一切聞かない、どこまでも自己中心でわがままな。一方通行の言葉。

 なのに、俺はそれを聞かないといけない気がしていた。


「それで?」


 気づけば俺は、彼女の言葉を促してしまう。


「今、私の子孫であるルナは力をほとんど失った状態です」

「……」

「数日もすれば、この島の生き物の魔力に当てられて、満足に生活することすらままならなくなり、死に至るでしょう」

「なっ――⁉」


 ――危険だ。


 俺の頭の中で警鐘が鳴り続けている。

 わかっている。わかっているんだ。

 このままこの人の言葉を聞き続けたらきっと、とても厄介なことになることは。


 彼女の言葉には意思が籠っていない。

 嘘か本当か、その真偽すらどうでもいいことを紡いでいるだけ。


 それなのに、俺にはその言葉がすべて『本当のこと』のように感じてしまう。


「っ――ルナは、どうすれば生き延びられるんですか?」

「先ほど話した通りです。ヴィルヘルミナの持っている『正の力』を取り戻せばいい」


 ルナから力を奪い取ったとき、彼女は黒い闇の魔力を宝石にして俺に渡してきた。

 だがそこに、何か別の力を奪った様子はなかったと思う。


「……その話、本当ですか?」

「ふふふ……」


 俺の質問に、答える気はないらしい。

 つまり嘘なのだ。


「ヴィーさんがルナの力を奪う理由なんてないですよね?」


 あえてタマモさんの力、とは言わなかった。

 たとえ元の力がそうだとしても、今はルナの力だ、という意思を込めて。

 そんな俺の抵抗に、タマモさんはただ笑うだけで訂正もしない。


「ヴィルヘルミナは、この島の現状に満足していません」

「……」

「本当は、はるか昔にあった、最強同士が殺し合う、そんな殺伐とした世界を望んでいるのです」


 時折見せる、過去を思い出しながら話す寂しそうな雰囲気。

 スザクさんも、みんなヴィーさんを置いていったという話。

 眷属を作らず、ただ一人でいる理由。


 この島に来てから、いろいろな話を聞いてきた。

 だからこそ、タマモさんの言葉は真実に聞こえる。


「私の力はその起爆剤になります……わかりますか?」


 ――今、貴方は私の話がすべて真実に聞こえているでしょう?


 そう言われて、タマモさんの力がいかに危険な物かを理解した。

 たとえば彼女の力をもって、他種族にこう言えばいい。


 ――ほかの種族が、滅ぼしに来るぞ、と。


 どこまで効果があるかはわからない。

 しかしこれを真実だと認識させる力だとしたら、種族を守るためにそれぞれの最強種たちが動かざるを得なくなるだろう。


 その先に待っているのは、種の存続をかけた戦争……。


 バチン、とすさまじい音が周囲に響く。


「っ――⁉」


 俺が思い切り、自分のほっぺを叩く音だ。

 残念ながら、大した痛みはなかったが、それでも衝撃だけはすごいことになった。

 それは先ほどまで余裕のある雰囲気だったタマモさんが、顔をしかめるほどだ。


「……ヴィーさんは、たしかにそれを求めてるのかもしれないけど」


 だけど、俺はこの島で彼女とかかわってきて、一つだけわかっていることがある。


「あの人は、それでも無意味に誰かを傷つけるような人じゃないですよ」


 ――よく言った。


「っ――⁉」


 俺の一言で、まるでガラスが割れるように、真っ白な空間が音を立てて崩れ落ちる。

 そして広がるのは、常闇の空に浮かぶ丸い月と、それを背に浮かぶ一人の影。


 人影がゆっくりと降りてくると、まるで月の女神に愛されたような美しい闇の美女が地面に降り立つ。

 普段の子どもとは異なっていて、一瞬それが本当にヴィーさんなのか迷ってしまった。

 だがもし彼女を成長させれば、こうなるだろうという、そんな女性。


「くくく……タマモ、久しぶりだな」

「ええ、久しぶりねヴィルヘルミナ」


 傾国、と呼ばれるような女性たちが対峙する。

 たったそれだけなのに、凄まじいプレッシャーを感じた。

 あの島ですらこれほどの力を感じたことはなく、これが彼女たちの『本気』なのだとしたら――。


「残念。もう少しだと思ったんですけど」

「無駄だよ。こいつは貴様が思うよりもずっと化け物だからな」

「みたいですね。まさか私の魅了を崩されるなんて、自信無くします」


 よよよー、と再び泣き真似をするタマモさん。

 可愛い仕草だが、先ほどまでとは違ってそれに魅力を感じることはなかった。


「ふん、私の名を使って遊ぶのは勝手だがな、失敗したならさっさと力を渡すことだ」

「わかってますよ。ふふ、久しぶりに人とお話しして、楽しかったですからね。素直に消えます」


 二人は俺にわからない会話をし、そしてタマモさんの身体が金色の粒子となり始めた。


「それではアラタさん、またいずれ」


 それだけ言うと、タマモさんは完全に消えてしまい、白い球となって地面に落ちる。


「ふん、毎回面倒なやつだ」


 大人姿のヴィーさんがそれを拾うと、俺に放ってくる。

 慌てて受け取ると、それが先ほどまで持っていた黒い球と同じものだということに気付いた。


「ほら、起きたらルナにこれを飲ませてやれ」

「あ、うん」


 見た目以外は普段通りのヴィーさんに、俺は少しだけ困惑してしまう。

 先ほどのやりとりを、彼女は見ていたはずだ。

 そして多分、タマモさんの言葉に嘘はなかったのだと思う。


「あの、さ」

「ん? なんだ?」

「ヴィーさんは、やっぱり殺し合いとかをまだしたいの?」


 俺がそう尋ねると、彼女は空を見上げる。

 そうしてしばらく無言でいたのだが、不意に一言。


「そうだな」


 少し寂しそうに笑う。


「だが、もうこの島で私と同じ気持ちでいてくれる者なんて、一人もいない」

「……」

「フェニックスのやつも、大精霊たちも、古代龍の爺たちも、鬼神も、守るべきものが出来た。そして馬鹿みたいに殺し合いをしたやつらはみんな、死んだ」

「ヴィーさん……」

「だからも、もういいのだよ」


 そう言いながら、ヴィーさんは空を浮かぶ。


「それに……私はこの島で、別の楽しみを見出したからな!」

「っ――⁉」


 一瞬、ヴィーさんの周囲に闇が渦巻くと、いつも通りの姿の彼女がそこにいた。

 その目はこちらをからかうような、楽し気なもので――。


「これからもっともっと貴様たちを辱めて、極上の味を求めてやるから!」


 ――覚悟しろよアラター! 


 高笑いとともに、ヴィーさんは闇に消えていった。

 そうして 一人残された俺はと言うと――。


「いや、ここからどうやって出たらいいの?」


 まあ多分、夢的なものだろうから、時間が過ぎたら勝手に起きるか。

 そんな能天気なことを考えながら、先ほどまでのヴィーさんのことについて考えるのであった。

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