第105話 ティルテュとデート
「とりあえず長老が戻ってきたら、過去に似たようなことがあったか確認してみるしかねぇな」
困ったような、呆れたような表情でエルガは言う。
ルナを見れば、今日も今日とてクルルたちやスノウと一緒に遊んでいる。
元気いっぱいで楽しそうで、問題はなさそうだ。
古くからずっと生きているスザクさんであれば、何か知っているだろう。
ということで、ルナが子ども姿に戻らない理由を探すのは諦めて、俺たちは日常に戻ることにした。
数日間空けていた家に帰り部屋に戻ると、俺のベッドでティルテュが丸くなって眠っていた。
掛布団はけり落とし、おなかを出した状態で、むにゃむにゃと寝息を立てながら実に気持ちのいい昼寝っぷりである。
この子がずっと家にいてくれたおかげで、この辺り一帯に魔物が寄り付かなくなり、安全地帯となっていたので、感謝しかない。
「ありがとうね、ティルテュ」
「んー……」
ベッドに座り、ティルテュの髪の毛を撫でてあげる。
普段から頭を撫でるのを要求されるので、感謝の気持ちだ。
しばらくそうしていると、窓から差し込む太陽の光が当たったからか、ティルテュの目がうっすらと開く。
「……だんなさま?」
「うん。ただいまティルテュ」
俺がそういった瞬間、彼女の目が大きく見開く。
そしてベッドから起き上がると、そのまま嬉しそうに抱き着いてきた。
「旦那様旦那様旦那様ー!」
甘えるように頭をグリグリ押し付けてくるのは、寂しかったからだろう。
こんなところはまだまだ子供だなぁ、と思いつつも、こうして慕ってくれることに嬉しく思うし、素直に受け入れた。
しばらくして、ようやく落ち着いたティルテュと一緒にリビングに行くと、スノウがレイナと一緒に積み木で遊んでいる。
ちなみにこの積み木は、俺とレイナのお手製だ。
「あっ!」
「っ――⁉」
ティルテュの存在に気付いたスノウが、嬉しそうに顔をほころばせた。
この後に起こることに気付いたのだろうティルテュが、顔を引き攣せて背を向ける。
「ティルテュちゃん、だぁぁぁぁぁ!」
「ぬわー⁉」
ガラガラガラー、と積み上げた積み木が盛大に崩れるが、スノウは気にしない
両手を前に出し、全力で背中を向けたティルテュにダイブ、そしてくっついた。
「ティルテュちゃんティルテュちゃんティルテュちゃん!」
全力でティルテュに頭をこすりつけるスノウ。
なんだかデジャブを感じるなぁ……。
「本当にスノウはティルテュのこと好きねぇ」
「あはは、積み木をほったらかしにしちゃったね」
「まったく。ちゃんと自分で遊んだ玩具は自分で片づけるように教えないと」
そう言いながら、さっきまで一緒に遊んでいたレイナは、積み木をスノウのおもちゃ箱に入れていく。
それを手伝いながら、絡み合うスノウたちを見守った。
「お、おいスノウ! わかった! わかったし我は離れないからちょっと落ち着くのだ! 興奮したらなんかちょっと冷たくなってきて……」
「ひーさーしーぶーりー!」
「ぴぎゃー!」
テンションが上がりすぎて自分の力を制御できなくなったスノウによって、ティルテュが悲鳴を上げる。
ちょっとかわいそうだけど、これも親愛表現だから我慢してもらおう。
散々ティルテュと遊んだからか、スノウも疲れて眠ってしまった。
そしてようやく解放されたティルテュは、ソファでぐったりした様子。
「ひ、ひどい目にあった……」
「あれも愛情表現だから許してあげてね」
「む、むぅ……それはわかっている。だが、旦那様たちももう少し大人しくするように言って欲しいのだ……」
「あはは……」
あいまいに笑っていると、ティルテュがジトーと見てきた。
言って聞く状態ではないくらい大好きだから、諦めて欲しいな。
「ティルテュ、今回はありがとうね」
「気にするな。我と旦那様の仲ではないか!」
そうは言うが、今回はティルテュのおかげで鬼神族の里まで遊びに行くことが出来た。
レイナとも、なにかお礼をしないといけないなと思っていたところだ。
「何かして欲しいことない?」
「なら……」
俺の言葉にティルテュはなにかを言いかけ、しかしそっと顔を背けて言葉を止めてしまう。
「ティルテュ?」
「む、むむむ……」
どうしたんだろう? と待ってみるも中々こっちを向かない。
しばらくして、意を決したように勢いよく振り向くと――。
「わ、我とデートをするのだぁ!」
大きな声で、恥ずかしそうにそう言いきった。
今日はまだ暗くなるまで時間がある。
そしてティルテュと俺が二人だけっで遊んだなんてばれたら、スノウが全力で甘えてくるか泣くか、どちらにしても俺たちの被害は最大になるだろう。
というわけで、もう眠っている今のうちに出ていくことになった。
「それじゃあ行ってくるね」
「ええ、行ってらっしゃい」
レイナに見送られて、木漏れ日から陽光が差し込む森の中を並んで歩く。
昨日はルナの件でバタバタしていたが、やっぱりこうしてのんびり過ごすのが一番いいな。
「なんだか余裕があったなぁレイナ……いや、だがマーリンも勝利はチャンスをモノにした者にだけ手に入ると言っていたのだ。わ、我もこのチャンスをモノにするぞー」
俺に聞こえないようにぶつぶつ呟くティルテュ。
まあ、聞こえているのだけど、聞かなかったことにしてあげた方がいいだろう。
「そういえば、ティルテュは留守番してくれてた間、なにしてたの?」
「旦那様たちの家に魔物たちが近づかないよう、魔力をまき散らしたり、マーリンと勉強会とかだな」
「勉強会?」
「我とマーリンの、女を磨く会だ!」
「そ、そっか」
それは踏み込まない方がいいな、と直感が働いた。
そうして一つ一つ、ティルテュはやっていたことを話しながら指を折っていく。
「あとはゼロスと一緒に狩りに行ったり、マーリンの修行を手伝ったり……」
「いろんなことしてるね。ちなみに修行ってどんなことしたの?」
「とりあえずこの島の魔物を適当に集めて、二人を囲んでみたのだ」
「……」
俺は顔を青ざめさせて怯えながら、七天大魔導を舐めるなと必死に叫んでる二人を想像する。
多分間違ってないな。
それにしても……。
「楽しかった?」
「うむ! ゼロスもマーリンも、良いやつらだからな!」
「そっか」
この島に来たとき、ティルテュは友達がいないボッチドラゴンだった。
しかし今は色んな人と交流も深めていて、もう彼女のことをボチドラなんて呼ぶことはないだろう。
「旦那様たちはどんなことをしたのだ⁉」
「そうだね」
そして俺は、ティルテュに鬼神族の里の出来事などを話していく。
温泉地帯で楽しかったこと。
着物をみんなで着たこと。
さすがにヴィーさんのせいで混浴になったことは避けたが……。
「おお、楽しそうだな……」
「そしたら、今度はティルテュも一緒に行こ」
「……だが、古代龍族は鬼神族と仲良くないから」
「うーん……」
そうは言うが、以前と違い最近は喧嘩が終わった後、二種族で協力して俺を倒そうとしてくるし、そんな感じに見えないんだよなぁ。
なんというか、喧嘩するほど仲がいい、をそのまま実践してるみたいな感じ。
それに、グラムのことを好きな鬼神族の少女もいる。
「サクヤさんは気にしないよ」
「ギュエスの妹だったか?」
「うん。むしろ歓迎してくれると思う」
「……なら、今度旦那様も一緒に行ってくれるか?」
「もちろん」
俺の言葉にパアっと明るい笑顔を見せてくれる。
こういう姿が可愛いんだよなぁと思いつつ、俺たちは森を歩き続けるのであった。
そろそろ夕暮れ時だということもあり、暗くなる前に戻ろうと森から家に帰る途中。
最初は元気いっぱいだったティルテュが、どこか余所余所しい雰囲気になる。
「よーし、言うぞー……我言うぞー」
「どうしたの?」
「っ――」
さっきから小さな声で同じことを呟き、俺も待っているのだが、結局黙り込んでしまう。
こんなことを繰り返しながら、もうすぐ家に着く、という直前――。
「だ、旦那様!」
「ん?」
今度こそ覚悟を決めたのか、ティルテュが声を上げる。
俺は振り向き、真剣な表情の彼女を見ながら、じっと待つ。
「あ、あれ……えと、その……なんて言ったらいいんだっけ……」
「ティルテュ、大丈夫だよ」
「え?」
「言いたいことがあるんでしょ。俺、ちゃんと待つから、ゆっくり話してごらん」
少し腰をかがめて、目線を彼女に合わせながらそういうと、彼女はゴクリと喉を鳴らした。
今だに緊張した様子だが、先ほどと違い、今度はゆっくりと深呼吸をする。
そうして少し落ち着いたあと、口を開いた。
「わ、我……今日は家に帰りたくない」
「……?」
帰りたくないって、家に?
ティルテュの家は古代龍族の里にあるはずだけど、一人で住んでいたはず。
ここ最近、ずっと俺の家に住んで守ってくれてたからか、俺たちと騒がしい一日を過ごして寂しくなったのかな。
「そっか、なら今日は家に泊まるといいよ」
「……へ?」
「え? だって家に帰りたくないんでしょ?」
「あ、いや、そうじゃなくて……マーリンが……」
「マーリンさん?」
「あ! な、なんでもないのだ!」
なんで急にマーリンさんが出てくるんだろうと思ったが、最近仲のいい二人だ。
もしかしたら、留守番をしてくれていた間、一緒に寝たりとかしてたのかもしれない。
――あ、それで一人で寝るのが寂しいのか。
「だったら今夜は一緒にいようよ」
ティルテュならレイナの許可を得る必要もないだろう。
家にはティルテュ用の部屋もちゃんと用意されてるし、この子が泊まったらスノウは大喜びするはずだ。
元気すぎて困るけど、可愛いからいいや。
「旦那様と一緒に……?」
「うん。あ、それか久しぶりにテントでも開いて、みんなで寝る?」
たまにはそうしよう、と話してからまだ一度もしてなかった。
「おお……それは楽しそうだな!」
「だよね。じゃあ帰ったらレイナに相談してみよう」
とはいえ、今日はもう暗いし明日とかかな。
歩きながら森を出ると、三つの家に明かりが灯っている。
大都会と異なり、星の光と火の光だけが照らしている森の中は、どこか幻想的で心地が良い。
ふと、さっきのティルテュの態度が気になった。
「そういえば、さっき何か言いかけてなかった?」
「……それはもういいのだ!」
彼女は歯を見せながら、笑顔で振り向く。
「だって、旦那様が今日は一緒に寝てくれるのだろう?」
そして家の方へと走っていき、それを俺はただゆっくりと追いかけるのであった。
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