第104話 予想外

 クルルとガルルは、ルナが母親代わりをしているブラッディウルフの子供たちだ。

 もともと俺の膝に二匹乗っても全然平気なくらいの大きさだったはずの二匹だが、今は俺の身体くらいある。

 しかし甘えん坊なのは変わらずなのか、今俺の顔をベロベロと舐めようとしてくるので、必死に抑えている状況。


「というか、この間会ったときはまだ子狼だったよね⁉」


 とりあえず事情を説明するからと、エルガたちの家に入る。

 なにげに彼の家に入るのは初めてなのだが、特に贅沢はしないタイプなのだろう。

 物自体は少なく、中央に置かれた火鉢はテレビでしか見たことのないものだ。


 俺の横にレイナが座り、正面にはエルガ。

 リビアさんは外出中で、ルナとスノウは外で大きくなったクルルたちと遊んでいる。

 

「それで、なんであんなに大きくなったのかしら?」

「まあ、成長期だからな……」

「成長期って……」


 ルナといい、クルルたちといい、この島の生態はどうなってるんだろうか?

 なんて俺たちが微妙な顔をしているからだろう、エルガがやや気まずそうな顔をする。


「いや悪い、冗談だ。あいつらはもうルナと契約してるから、それに引っ張られた感じだ」

「契約?」


 この島に来てから初めて聞いた言葉に、つい聞き返してしまう。


「ああ、主従契約。お互いの任意があれば出来るし、あいつらは仲が良いからよ」

「へぇ……」

「魔物は普通の動物と違って、本能で襲い掛かってくるの。だからたとえ子どもの頃から育てても懐くことはないんだけど、契約した魔物はその本能から解き放たれるのよ」

「なるほど」


 クルルたちはルナと契約をしているから、あんなに人懐っこかったのか。

 しかし契約と聞くと、ついゲームみたいだなと思う。

 

「まあだから、悪影響はねえよ」

「そう……なら良かったけど……」


 レイナがなにか言いたげなのは、ルナのことだろう。

 エルガの口ぶりでは、何かを知ってそうだけど……。


「ルナがでかくなった理由か?」

「うん。寝て起きたらいきなりあの状態で、びっくりしたんだけど」

「はは、そりゃ驚くよな」


 軽い調子で笑うが、こっちは心臓が止まるかと思ったのだ。

 とはいえ、エルガはまるで心配した様子がない。


「結局、ルナは大丈夫なの?」

「ああ。ありゃ先祖の名を知って、急激に魔力が増えたからだからな。一日もしたら戻るぜ」

「あ、そうなんだ」

「良かったわ……」


 俺とレイナは同時に息を吐く。

 本人が元気とはいえ、なにか問題があったんじゃないかと心配したのだ。


「むしろ目出度いことだ。それに、ルナには内緒だがもうあいつのための宴は準備中だしよ」

「ん? ってことはみんなこのタイミングでルナが先祖の名前を知るってわかってたの?」

「ああ」


 だからエルガもここ最近は忙しそうにバタバタしてたのか。

 とはいえ、神獣族にとって先祖の名前を知るのは、成人になる証であり大きなイベント。

 それが自分が娘のように可愛がっている子のことともなれば、彼が気合を入れるのもわかるというものだ。


「それじゃあ、俺たちもルナのことを祝ってあげないとだね」

「ええ、もちろんよ」

「おお、悪いな」

「ルナにはいつもお世話になってるからさ」


 そうと決まればさっそくなにかプレゼントでも用意しよう、と思ったが、彼女が欲しいものなんて食べ物以外に思いつかない。

 出来れば記念に残るものがいいと思うんだけど……。


「なにがいいかな?」

「そうねぇ……」


 二人で考え込むが、中々いいアイデアが思い浮かばない。

 どうしたものか、と思っているとエルガが妙に優し気な表情で俺たちを見ていた。


「宴は長老が戻ってきてからだから、後日だな」

「それならまだ時間し、なにか考えよっか」

「ええ。あの子が喜ぶもの……ご飯?」

「あはは……俺もそう思ったけど、出来れば記念に残るものに、ね」


 外を見れば、ルナとスノウがそれぞれ大きくなったクルルとガルルに乗って駆け回っていた。

 なんというか、その自由な光景を見るとうずうずしてくる。


「俺もあとで乗せてもらおうかな」

「私も……」


 正直、かなり楽しそうだった。



 しばらく遊んだあと、エルガに呼ばれたのでみんなで向かう。


「なにー?」

「遊びすぎだっての」

「ええー、いーじゃん」


 身体が大きくなっても、ルナはルナ。

 エルガも見た目が変わっても気にした様子はなく、いつも通りの対応だ。


「ったく……で、お前の先祖はなんだった?」


 エルガによると、先祖の名前を知れば自然と魂に刻まれてわかるようになるという。

 先祖の経験してきたすべてを知るため、人によっては結構苦しむ人もいるらしいが、今のところルナにその様子は見られなかった。


「わかんない!」

「そうか、ワカンナイか……聞いたことねぇがどんな神獣だ?」

「だから、わかんないってば!」

「……」

「……?」


 エルガが固まり、ルナは不思議そうに首をかしげる。


「神獣ワカンナイ……想像も出来ねぇな」

「いやエルガ、わかんないって、わからないって意味だよ」


 認めたくないのか、エルガは頑なに神獣ワカンナイを現実のものにしようとする。

 しかしそもそも、起きた時点でしっぽが増えてるなんと発言をするくらいだ。

 先祖の記憶など引き継いでいないのは、明白だった。


「そ、そんなはずはねぇ! 現にルナは先祖の力を……おいルナ。お前なんか変わったことあるか?」

「しっぽが大きくなったよ!」

「そうか……」


 エルガが急に遠い目を見始める。

 どうやら現実を認め始めたらしい。


 エルガの言葉が真実なら、先祖の名によって強くなるのだろう。

 しかし俺から見たら、たしかに魔力は増えた感じはするが、見た目以外に極端な変化は見られなかった。


「どうしたもんかねぇ……」

「なにかまずいの?」

「いや、俺も経験ないことだからな。そもそも悪いことなのかすらわかんねぇ」


 ルナを見ると、もうこの場にいること自体に飽き始めているのかそわそわしている。


「ねえルナ、本当に大丈夫なの?」

「お兄ちゃんも? ちょっと身体が大きくなったのと、しっぽが増えただけだよー」


 何度も同じことを聞かれてうんざりしているのだろう。

 もう行ってもいい? という目で見てくるので、頷くとまたクルルたちと遊びに行ってしまった。


「あ、スノウもー!」


 そしてガルルに乗って行くスノウ。

 可愛いんだけど、可愛いんだけど……。


「まいった……とりあえず様子見するしかねぇか」

「スザクさんならなにか知ってるかもだもんね」

「ああ……長老は明後日帰ってくるらしいし、聞いてみるわ」

「ん、了解。とりあえず、ルナの身体は明日には戻るんだよね」

「普通ならな」


 今の時点でもう普通からかけ離れた状態だからだろう。

 エルガももう自信なさげだ。


「ねえエルガ。今日は泊めてもらっても構わないかしら?」


 レイナもルナのことが心配なのだろう。

 その提案に、エルガは頷き、俺たちは神獣族の里に泊まらせてもらうことになった。


 そして翌朝。


「わーい! お兄ちゃんたち、おっはよー!」


 俺たちが自分の家に泊まっていることが嬉しいのだろう。

 いつも通り元気な声で、俺たちを起こしてくれたルナは――。


「うん、昨日と一緒だね」

「……変わってないわね」


 相変わらず、成長した姿で子どものような動きだ。


「マジか……」

「あらあら」


 少し離れたところでは、エルガとリビアさんが困ったような顔をしている。

 しかし本人は気にした様子もなく、ただただ笑顔だった。

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