第103話 ルナの異変

 目を覚ますと、とんでもない美女が俺の目の前にいた。

 夢か? と一瞬思うが、その割にはずいぶんとリアル。


「うーん……」

「……」


 もぞもぞと動くと、布団が剥がれて全身があらわになる。

 グラマラスな身体に子供用の浴衣を着ているのだが、まったくサイズが合っておらず、全身をかろうじて隠している程度。


 ちなみに、昨日までこの位置にいたのはルナだ。

 そしてこの美女はルナと同じ金髪で、同じ浴衣を着ていた

 つまり、この女性は……まさか。


「むにゃ……あ、おにいちゃん。おはよー」

「……ルナ?」

「ん? ルナだよ?」

「その姿は、いったい……」

「姿? ……んー?」


 俺の言葉にルナが自分の身体を見下ろす。

 これまでの幼児体形とは異なる、完全に大人なグラマラスな身体。


「……?」


 もぞもぞと布団から立ち上がり、ほとんど隠れていない自分の身体をもう一度見下ろす。

 前、後ろ、くるくる回りながら、不思議そうに首をかしげて――。


「しっぽが大きくなってる!」

「そこじゃないんじゃないかな!」


 あまりにも能天気なその言葉に、ああこの子はルナだ、とある意味でほっとするのであった。




 とりあえず状況が状況なので、俺がサクヤさんを呼びに行っている間に、ルナには着替えてもらう。

 そうしてようやく目のやり場に困る状況が解消されたところで、事情を確認することになった。


「それで、大きくなった心当たりは?」

「わかんない!」

「そっか」


 満面の笑みを浮かべる美女、のルナ。

 見慣れない姿すぎて俺はどうしたものかと頭を悩ませる。

 

 突然大きくなったルナにスノウなどは喜んでいたが、これが良いことなのか悪いことなのかが判断付かない。

 サクヤさんも聞いたことがない、とのことだったので、とりあえずスノウの相手を任せていたのだが――。


「ねえねえ、ルナもスノウたちと遊んできていい?」

「うーん……」

「とりあえず、いいんじゃない?」

「まあ、考えてもわからないか……うん、いいよ」

「わーい!」


 ルナが喜びながら出ていくのだが、大人の女性が子どもの動きをしているせいでどうしても違和感が……。


「やっぱり、慣れないなぁ」

「そうね……ところでアラタ」

「ん?」

「さっき、ずいぶんとルナのこと見てなかったかしら?」


 その言葉に、俺は目を逸らす。

 一応言い訳をしたいのだが、決していやらしい目で見ていたわけではないのだ。

 ただどうしても男の本能というか、いろんなことが理由で目を奪われてしまうことってあると思う。


「まあいいけど……それで、どうしたらいいと思う?」

「レイナの知識でも、ああいう事例とかって他にないの?」

「魔法使いが魔力で寿命を延ばすことは出来るけど……あんな風に急成長するのは初めて見たわ」

「そっかぁ」


 当たり前の話だが、レイナの知識でわからないなら俺にわかるはずがない。

 とりあえず、一度神獣族の里に帰って、スザクさんやエルガたちに話を聞きに行くしかないか。


「幸い、本人は楽しんでるみたいだし」

「ええ。害はないっぽいのが救いね」


 子どものときと同じようにスノウと遊び、サクヤさんがそれを少し遠くから見守る光景。

 とても穏やかで優しい空気なのになぁ……。


「というか、ヴィーさんが言ってたのはこれか」


 ――貴様なら平気だろうが、いちおう言っておこう。たとえどんな姿になっても、ルナはルナだ。


 たしかに彼女はそう言った。

 つまり、こうなることを理解していたわけだ。


「まあ、本当に問題があるなら、ルナのことを可愛がってるヴィーさんがなにもしないわけないし、しばらくは大丈夫だと思う」

「ええ。しかし、あの人もわかってたなら先に教えてくれたら良かったのに!」

「ははは……」


 まあ、あえて教えなかったということは、どうせまた遠見の魔法かなにかでこっちのことを見て笑っていたのだろう。

 あの人はそういう人だし。


「さ、それじゃあそろそろ行こうか」


 鬼神族の里にいる間に着ていた着物から普段の恰好に。

 ルナだけはサイズが合わなくなってしまったので、サクヤさんからオレンジ色の着物を受けとって着替える。


「それじゃあサクヤさん、お世話になりました」

「こちらこそ、とても楽しかったです……それに、希望も頂きました」

「今度はサクヤさんがこっちに遊びに来てね」

「はい、ぜひ!」


 そうして俺たちが家から出ようとしたら、どかどかと遠くからギュエスと――。


「なんかたくさん来たー!」

「我ら鬼神族一同、盛大に見送りさせて頂きく思い参上した!」


 鬼神族の若手の面々が一斉にやってきて、なぜか二列に整列して頭を下げる。


「兄者、姉者! 今回は我の頼みを聞いて里までご足労、誠に感謝する!」

「「ありがとうございます‼」」


 いやなんか、ヤクザみたいで怖いんだけど。


「おー……」


 スノウがなんだか興味深そうに見ているが、頼むから変な影響受けないでくれよ。

 あと君ら、ルナがこんな風になったの全然気にしないんだね……。


 あ、そうだ……。


「ねえギュエス」

「なんだ兄者⁉」

「今回俺って、ギュエスの頼みを聞いてここまで来たわけだけど、実は俺もギュエスに頼みがあるんだ」

「おお……」


 なんで頼みがあるってだけで感極まったような表情するの?

 いや、というか遊びに来ていて頼みを聞いたっていう俺のどうかと思うけど……。


「兄者の頼みならなんでも言ってくれ!」

「本当? ならまた時期が来たら伝えるから、そのときはよろしくね」

「おう、任せろ! 我が始祖の名に誓って、全力で対応させてもらうぞ!」


 よし、言質取った。

 俺の言いたいことを全く理解していないギュエスには悪いが、これもお世話になったサクヤさんのため。

 といっても、本当にギュエスが納得できないことはするつもりはない。

 ただ、いざというときの後押しになればいい、と思う。


 そっとサクヤさんを見たら、彼女も俺の言いたいことを理解したのは、少し嬉しそうにしている。


「よし、それじゃあ行こっか」

「ええ」

「うん!」

「ぱぱ! 頭乗せて!」

「はいはい」


 スノウを肩車して、俺たちは鬼神族のみんなが並んだ道を歩き、そして里の外へと出ていく。


 日本を感じられるここ、すごくいい場所だったなぁ。 


「楽しかったー! また来ようね!」

「うん、そうだね」


 どうやら頭の上のお姫様も大満足のようだ。

 俺もこの日本を思い出させてくれる場所はとても居心地がよく、と思ったところでふと自分が変わったことを思い出す。


 もともと俺は、日本での生活が嫌いだった。

 この島に来たときも、日本を思い出したくないとずっと思っていたものだ。

 それが今は、こうして懐かしさを感じている。


「……それだけ、今の生活を気に入ってるってことかな」


 心の余裕がなかった昔とは、違うのだ。

 それがなんとなく嬉しく思い、頭の上にいるスノウのほっぺをつついてみる。

 きゃっきゃと楽しそうに笑い、俺の頭をぽんぽん叩いてきた。

 こんなちょっとしたじゃれあい一つが、とても楽しい。


「まあ、それはそれとして……」

 

 そして俺の前を歩く、本物のお姫様みたいな美女。

 まあルナなわけだけど、彼女のトラブルこそあったものの、交流も深められたし楽しい旅だった。


「それじゃあいったん、神獣族の里に向かうってことでいいかな?」

「いいよー! あ、せっかくだからくるるとがるるにも会って行ってね!」

「ああ、そういえば最近会ってなかったね」


 あのチビ狼たち、遊びに来る機会が減っていた。

 なんでもちょっと成長して、本能が強くなってきちゃったからしつけが必要だったそうだ。


「今はエルガが面倒見てくれてるから、ルナもちょっと会えてないんだよね……」

「そっか。俺もエルガにお願いするから、一緒に会おうね」

「うん!」


 身体が大きくなっても、ルナはルナ。

 ヴィーさんの言葉だけど、俺もそう思うし、態度を変える必要なんてない。


 そうして神獣族の里に着いて、ルナに案内されてくるるたちのところへ向かうと――。


「クルルー!」

「がるるー!」

「あ、お前ら勝手に行くんじゃねぇ!」


 エルガの静止を聞かずに飛び出してきた二匹の狼。


「……なんか大きくない?」

「おー」


 俺の身体よりずっと大きくなった黒と白の狼たちを見て、スノウが驚いた声を出す。

 そのまま飛びついてきた二匹を止めながら俺はルナを見て、なんでみんな大きくなるわけ? と思うのであった。

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