第102話 サクヤの想い

 サクヤさんの想い人が古代龍族のグラムだった、というのは実は予想の範囲内だ。

 範囲内だが、だからといって簡単に解決できる問題かと言われると、なかなか難しい。


「サクヤさんはいつからグラムのことを?」

「えと……実はずっと前に、助けていたことがありまして……」


 聞けば、まだサクヤさんが幼いころ、古代龍族との喧嘩を見学に行ったことがあるらしい。

 ギュエスには付いてくるなと言われたが、それでも幼い子ども。

 大好きな兄が自分に構ってくれないことに拗ねたサクラさんは、その言いつけを破り、そして流れ弾が飛んできた。


 ――おい、大丈夫か?

 

 あわや大けがを、というところでグラムが助けてくれて、怖くて泣いていると頭を撫でてくれたという。

 そしてそれ以来、ずっと懸想をしているとのこと。


「へぇぇぇ……」

「うぅぅ……恥ずかしい……」


 サクヤさんのコイバナにレイナが嬉しそうな反応をする。

 まあたしかに、女性が好きそうなシチュエーションだ。というか、男でもやってみたいシチュエーションである。

 それが幼いときであれば、まるで白馬の王子様に見えたんじゃないかな。

 サクヤさんはそれ以来、ギュエスが戻るたびにグラムのことを聞いていたらしい。


「お兄様のお話を聞いて、想いがどんどん膨れてしまいました……」


 グラムは古代龍族の中でもトップクラスの実力者。

 真正面から戦えるのはギュエスだけということもあり、そして一番身近で話を聞ける相手でもある。


 妹が自分の武勇について聞きたいのだろうと、気分よく話していたギュエス……うん、まあ仕方ない。


「ですが兄は、絶対に認めてくれないと思うのです」

「あの二人の仲だと、そうよねぇ……」

「ええ……だからこの想いは胸に秘めて――」

「そうかな? 案外認めてくれると思うけど」


 俺がそう言うと、二人が不思議そうな顔をする。


「どうしてそう思うの? アラタだって、二人の仲が悪いのは知ってるでしょ?」

「いや、別に仲悪いとは思わないけど」

「えぇ……」


 確かに、あの二人は顔を合わせればお互いのことを罵倒するような関係だ。

 だがそれは、どっちも相手のことを対等と思っているからだと思う


「認め合っているからこそ、ああして負けたくないって想いが強いんじゃないかな」

「私にはよくわからないわ」

「あの……本当に兄はグラム様を認めているのでしょうか?」

「うん。だから諦めなくてもいいと思いますよ」


 その瞬間、サクヤさんの顔がパァと明るくなる。

 嬉しそうに、そして恥ずかしそうに。

 男から見たらとても魅力的で、もしこの顔を見たらグラムだって一発で落ちてしまうだろう。


「いけるわよサクヤさん!」

「ああ、今日は相談させて頂けて良かったです」


 嬉しそうにしている二人だが、俺は色々と問題が頭に浮かんでしまっていた。


「ただ、他にも問題はいくつかあるよね……」


 正直、ギュエスが認めてくれるかどうかなど、最初の関門でしかない。


「まずグラムの気持ち」

「サクヤさんはこんなに素敵なんだもの! 絶対に平気よ!」

「なるほど……レイナって意外とこういうことにはポンコツだね」

「ぽん……こつ?」


 俺のドストレートな言葉にレイナが目を丸くして固まってしまった。


「いや、つい……」

「つい? 本音ってこと?」


 その言葉に俺は視線を逸らす。

 なんでもできる彼女だが、どうやらこうした恋愛の機微に関しては疎いらしい。

 そういえばティルテュも、恋愛ごとの相談はマーリンさんに相談して、レイナにはいかないけど、本能的に察していたのかもしれない。


「グラムの気持ちだけど……そもそもグラムはサクヤさんのことを知ってるのかな?」

「えと……」

「それで、そのあとは古代龍族と鬼神族の戦いを見に行っていないんだよね」

「……はい」


 そうなると、グラムがサクヤさんのことを知っているとは思えないなぁ。

 ギュエスや他の鬼神族の面々が言うとも思えないし……。

 

「サクヤさんからしたら劇的な出会いだったかもしれないけど、グラムから見たら普通のことだったのかもしれない」

「サクヤさんが運命感じたんだもの。グラムだって一目で運命を感じたかもしれないじゃない!」


 とりあえず、レイナの言葉はいったん無視しよう。


「だからまず、そっちが先じゃないかな」

「グラム様に、認識して頂く?」

「うん。それでグラムもサクヤさんのことを恋人にしたいって思ってもらわないと、なにも始まらないからね」


 とはいえ、問題はまだまだある。

 そもそも他種族との恋愛に関して、この鬼神族はどう思っているのか。

 古代龍族はティルテュを見る限り、気にした様子はないけど……。


「ってあれ? そういえばもし古代龍族と鬼神族が結婚したとして、子どもはどっちになるの?」


 この島は広いとはいえ、せいぜいが北海道くらい。

 住んでいる人たちで恋愛も、今回が初めてというわけではないというのであれば、ダブルの人だっているはずだ。


「生まれてくるときに、始祖様の力を受け継いでいる方になります」

「それってわかるものなの?」

「はい。なので、もし私とグラム様が、その……子を授かったとしたら、そのとき生まれた側の里で育てることに」

「へぇ……」


 ってことは、神獣族の里やアールヴの村でもほかの種族の人っていたのかな?

 見た記憶はあんまりなかったけど……。


「子どもがある程度まで成長すると、親は自分の里に戻るので」

「ああ、なるほど」


 そうなると、たしかに残る数はだいぶ少なくなりそうだ。

 どこの里も子どもがたくさんいるわけじゃないし、そもそも簡単には死なない種族ばかり。

 子孫を残すという本能は薄いのかもしれない。


「まあそれだったら、異種族同士での恋愛も問題もなさそうだね」

「……はい」

「ちなみに、過去に古代龍族と鬼神族の恋愛ってあった?」

「私の知っている限りは、なかったと思います」


 もともと犬猿の仲、と聞いていた。

 実態はまた違ったわけだが、それでも今の雰囲気的に恋愛が歓迎されるような感じではないのはたしかだ。


「まあでも、何事も初めてはあるからね。気にせずいこう」

「はい!」


 ということで、やるべきことは決まった。

 まず、サクヤさんとグラムを会わせる。

 俺と通しての紹介だから、サクヤさんを無下にするような態度はしないだろう。

 ただ念のため、先入観を無くすために、グラムにはギュエスの妹であることは黙っておいた方がいいかな。


 で、あとは二人次第。

 

 交流を深めるきっかけは作る。

 だけど無理やりなにかを他人がするのは違うからね。


「と、いうことでどう?」

「ありがとうございます!」

「いやいや、これも俺の夢のためだから」

「夢、ですか?」


 サクヤさんの疑問に、俺は自信満々に答える。


「うん。この島の全種族を巻き込んだ、大宴会をすること」

「まあ……それは、素敵ですね」

「ありがとう」


 そのためには、古代龍族と鬼神族の協力も必要になってくる。

 もしグラムとサクヤさんがうまくいったら、俺の夢にまた一歩近づくことになるんだ。


「というわけで、良かったら協力してね」

「もちろんです」


 そう考えたら、今回の作戦は俺の夢のためには重要なミッションじゃないか。

 もちろん、余計なことをする気はないが、それでもぜひ成功してほしいところである。


「それじゃあ、頑張ろうか」

「はい!」


 そうして俺たちは今度、サクヤさんとグラムを合わせる作戦を練る。

 ときどきレイナが、どこかの本で読んだような知識をドヤ顔で披露しつつ、それを生暖かい目で見ながら。


 そうして夜が更け、さらに一日鬼神族の里でのんびり過ごし、さらに翌朝。


「……」

「……」


 俺が目を覚ますと、金髪のとんでもない美女が添い寝をしていて、固まることしか出来なかった。

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