第101話 相談

 翌日、サクヤさんたちは里の仕事があるということで、俺たちは里をのんびり観光しながら過ごすことになった。

 鬼神族の男たちも喧嘩ばかりしているわけではなく、ちゃんと仕事もしているらしい。


 穏やかでゆったりとした空気が流れ、ただ歩いているだけで気持ちがいい。


「あ、ジイだ!」


 スノウが指さす方を見ると、また地面に顔面だけ出して擬態してるジアース様がいた。

 キラン、と緑色の光を瞳らしき場所から放つと、そのままずずずーと音を立てて地面の中へと消えていく。


「ねえアラタ、今のって……」

「気にしない気にしない」


 レイナも昨日の件は不可抗力だったということで水に流してくれた。

 とはいえ、意識をしないことなんて不可能で、俺とレイナの距離は微妙に開いたままだ。


 そんな中、昨日のヴィーさんの言葉を思い出す。


 ――どんな姿になっても、ルナはルナだ。


 いつもと違う真剣な彼女の言葉は、俺の心を騒めかせる。

 当の本人はというと、スノウと一緒になってジアース様狩りを行っていた。


 具体的に言うと、顔を出したジアース様をスノウとルナ、どっちが先に踏むか、という遊び。

 モグラ叩きみたいで楽しいのだろう。


「大精霊様って偉いのよね……いいのかしらあれ?」

「本人が楽しそうだから、いいんじゃないかな?」


 まあ駄目なら、わざわざあんな風に何度も顔面だけを出さないだろう。

 どうせスノウと遊べて、グエン様よりリードしてるとか考えているに違いない。

 アールヴの人に見られたら顔面蒼白にされそうな光景だけど、それは本人に解決してもらおう。


「あ、そうだアラタ。サクヤさんが相談があるそうよ」

「相談?」

「ええ。内容は私も聞いてるけど、本人が直接話したいんだって」

「ん、了解。サクヤさんには色々とお世話になってるし、出来るだけなんとかしたいね」


 そうして里を歩いていると、ギュエスが農業に精を出していた。

 なんというか、いかつい男が身体を丸めて細かい作業をしているのはちょっとシュールで面白い。


「おーいギュエス!」

「ん? おお、兄者か!」


 俺に気づいたギュエスが、畑をノシノシと歩きながら近づいてきた。

 ギュエスの他にもう一人、見覚えのある鬼神族の青年――ロマンも俺に気づいたが、そのまま畑作業を続けている。


「お疲れ様」

「はっはっは! この程度で疲れるほど軟な鍛え方はしておらんとも」


 この程度、というかギュエスが担当している畑はかなり広大に見える。

 これをロマンと二人で管理しているとしたら、相当な負担だろう。

 というか、ギュエスがやってきて彼一人でやってるけどいいのかあれ?


「ロマン一人で残ってるけど」

「うむ! 丁度キリも良くなったところだから休憩だ! あやつは真面目すぎるが、そのうち勝手に休むだろう」

「そういうものなんだ……あ!」


 いつの間にか、スノウが畑の中へと入っている。

 俺の家の周りでも野菜畑をレイナが管理しているが、これだけ大きいのは初めてだからかスノウが不思議そうに見渡していた。


 これが普通の子どもだったら問題ないが、スノウは氷の大精霊。

 あの子が少し力を使ってしまったら、せっかく育てた野菜が駄目になってしまうかもしれない。


「私が行ってくるわ」

「ルナも行ってくるね」

「うん、二人ともお願い」


 一人で走って行ってしまうスノウを追いかけて二人も畑に入る。

 残っていたロマンも、さすがに畑に入られて無視をするわけにはいかないと思ったのか、立ち上がってスノウの方へと向かって行った。


「ごめん。なんか邪魔しちゃってるよね」

「なに、子どものすることを怒るほど狭量な者は鬼神族にはおらんよ」


 そう笑顔で答える通り、スノウの傍にやってきたロマンは、そのままスノウに何かを教えている。

 追いついたレイナたちにも同じように説明し、どうやら農業体験をさせてあげるらしい。


「そういえばロマンって、みんなのお兄さんって感じだもんね」

「うむ。力は弱いが芯のある男だからな。みな頼りにしている」


 みんなでワイワイと楽しそうにやっているのを見守っていると、不意にギュエスが真剣な声を出す。


「実は兄者に相談があるのだ」

「ん? 珍しいね」


 鬼神族にしても、古代龍族にしても、自分たちの種族の強さに誇りを持っているからか、なんでも自力で解決したがる。

 グラムとギュエスは特にその傾向が強く、相談をされたのは初めての経験だった。


「……サクヤのことでな。どうやら、好きな男がいるらしい」

「へぇ……」


 昨日の席では気づいた様子は欠片もないと思ったが、そんなことはなかったらしい。

 とはいえ、俺がそれを知っているのもおかしな話なので、知らない振りをした。


「サクヤは妹だが、赤子の頃から我が育ててきたゆえ、娘のようにも思っておる」

「うん……」

「だからこそ、あの子が幸せになれる男に嫁がせたいと思う」


 ギュエスはまだ若いが、真剣な姿はまるで老練とした雰囲気だ。

 それだけサクヤさんのことを大切に思っているのだろう。


「鬼神族の女にとって、強い男に嫁ぐことが幸せだ。だからこそ、我より強い男であって欲しい……が」


 ギュエスが空を見上げると、つがいの鳥たちがお互いに甘えあうように飛んでいた。


「今の鬼神族の里において、我より強い男はおらん」

「まあ、そうだろうね」


 単純に、ギュエスが一人だけ始祖の名を受け継ぎ終わったから、という理由ではない。

 その前から彼は鬼神族の若手でトップとして活動し、古代龍族たちと戦ってきた。


 つまり、こと強さにおいて彼は若手の中でも最強で、自分より強い男に嫁がせたいという想いは叶わないことにある。


 まあとはいえ、日本人の俺としては強さよりも相手のことを好きかどうかで決めればいいと思う。

 サクヤさんには好きな人がいるんだから、素直にそれを祝福してあげれば――。


「だがしかし! そんな中で我より強い男が現れた!」

「ん?」

「しかもどうやら、サクヤが好いている男も一緒らしい!」

「え?」

「そう、なにを隠そう、サクヤは兄者のことを想っている!」

「……」


 突然のカミングアウトに、俺は一瞬固まって返事に困ってしまう。

 というか、昨日が初対面なのにそんなことはありえないだろうと思うのだが、どうやらギュエスの中では間違いないらしい。


「いちおう言うけど、俺とサクヤさんは昨日が初対面だよ?」

「ああ! しかし兄者の凄さはサクヤにずっと語り続けていたからな。こうして直接出会い、兄者の強さを肌で感じて好きになるのは道理というものだ!」

「……まったく道理になってないんだよなぁ」


 あと全然隠せてないんだよなぁ。

 困惑する俺を置いて、ギュエスはまるでそれが真実のように言葉を続ける。

 そして最初に話していたことからどんどんと話が脱線していき、いかに俺が凄いかと、妹のサクヤが出来のいい子か語り始める始末。


「それでギュエス……相談っていうのは?」

「おお! そうだった! といっても、もうここまで言えば兄者も理解出来るのではないか?」


 ニヤニヤと嬉しそうにしているが、俺はそれよりもギュエスの背後からゆっくりと近づいてくる紅い髪の少女の方が気になって仕方がない。

 俺に語るのに夢中になっているせいで、ギュエスは全然気づいていないけど……とりあえず俺は首を横に振ってアイコンタクト。


 ――これ、ギュエスが勝手に言ってるだけだから。


「我の命より大事な妹であるが、ぜひ兄者に嫁がせさせて頂きたく――」

「なんだか面白そうな話をしているわね?」

「兄者、続きはまた家で、男同士二人っきりでどうだろうか?」

「もう遅いわ」


 そうして、サクヤさんが好んでいるのが俺でないことを知っているレイナは、しっかりとそれを叩き込み始める。

 

 ――兄者でないなら誰が! 我より強い者でないと許さん!


 そんなことをギュエスが言っているが、サクヤさんの味方であるレイナは一蹴。

 本気で大切に想っているなら、サクヤさんのことを信頼してあげなさい、とのこと。


「う、ううう……っ! いくら姉者の言葉でも、それだけは聞けーん!」

「あ、ちょっと待ちなさい!」


 レイナの言葉に耐えられなくなったギュエスが走り去ってしまい、レイナが叫ぶ。

 この島でもトップクラスの力を持つ彼に追いつけるわけもなく、そのまま見えなくなってしまった。


 まあレイナの言葉もわかるんだけど……。

 それでもこれまで大切に育ててきた妹を、どこの馬の骨とも知らない相手に奪われるかもしれないと思えば、冷静にはいられないだろう。


「ぱぱ! おいも!」


 スノウはいつの間にか、顔も手も着物も泥だらけにしながら、自慢げにサツマイモみたいな芋を俺に見せてくる。

 あちゃー、と思いもするが、サクヤさんからも事前に着物は汚しても大丈夫と聞いてるから、まあいいかと思う。


「すごいね」

「えへへー! ルナおねえちゃんと一緒に取ったの!」


 スノウのふわふわな頭を撫でつつ、この子がいつか結婚するとか言いだしたら、俺もギュエスみたいに言っちゃうかもしれない。


「スノウは俺より強い男じゃないと結婚認めないからなー」

「アラタ、何言ってるのよ。スノウは結婚しないわよ」

「……なるほどね」


 珍しくレイナに突っ込みを入れたくなった。

 人の振り見て我が振り直せ、と。


「ぱぱとままとずっと一緒にいるー!」

「そうよね。ずっと一緒よ」

「わーい!」


 こうしてみると本物の母子だよなぁ、と思いつつ、ルナを見ると――。


「それー!」

「うぉぉ! ルナさんすっげぇぇぇぇぇ!」


 すごく大きな芋を引っ張り上げていて、ロマンが驚いているところだった。

 それがおかしくて、俺たち三人は大きく笑い、こんな日常に俺も幸せを感じるのであった。

 



 そして夜、再びギュエスが酒に負けて寝込んだころ、サクヤさんから相談を受けた。


「実は……古代龍族のグラム様のことが――」


 実は、と言わなくても実はわかってた事実を聞いて、俺はどうしたものかなぁと頭を悩ませる。

 とりあえず、この件はレイナに任せつつ、俺はサポートに回ろう。

 だってギュエスの気持ちもよくわかっちゃうし……。

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