第97話 酔っ払い

 夕食を食べたあと、お腹いっぱいなり眠くなったスノウが俺の膝を枕にして眠っている。

 ルナも頭をこっくりこっくりと揺らしており、かなり眠たそうだ。


「二人とも眠たそうね」

「うん。お昼しっかり遊んだからかな」


 スヤーと眠るスノウの寝顔はまるで天使のようだ。


「とりあえずこの子たちは、一回部屋に連れて行くわね」

「一人で大丈夫? 俺も行こうか?」

「ルナが自分で歩けたら大丈夫よ。ルナ、起きてる?」

「うーん、あるけるよー」


 眠たそうだし若干受け答えが合っていないが、言葉はしっかりと話せている。

 このまま問題なさそうだと思っていると、ルナが立ち上がってふらふらしていた。


「微妙だなぁ」

「だいじょうぶだよぉー」


 そんな仕草のルナがおかしく、俺たちは二人でつい笑ってしまう。


「だって。それじゃあアラタ、スノウをこっちに渡してくれるかしら」

「うん。スノウ、部屋でねんねしよっか」


 俺の言葉で起こされると思ったのか、態勢を変えてぎゅっとしてきた。

 小さな子どもの抵抗だが、こうして抱き着いてくれた方が実は抱っこがしやすいのだ。


「よっと。はい」

「ほらスノウ、こっち来なさい」

「ぅー……」


 最初は抵抗していたスノウだが、声の主がレイナだとわかると、受けいれるがままに力を抜いた。

 そうしてしっかりレイナに抱っこされたあとは、力なくだらーと寝息を立てる。


「それじゃあ、お願いね」

「はいはい。アラタはゆっくりとしてたらいいわ」


 ふらつきながら前を歩くルナについて行くように、レイナは出て行く。


「ふふふ。本当に仲の良い家族ですね」

「家族……そうですね。もうあの子たちは大事な家族です」


 友人、というよりも家族という言葉の方がしっくりくる。

 この島に来たときは一人だった俺だが、いつの間にか大所帯になったものだ。


 そうして日々の生活を思い出すと、スノウやルナたちからたくさん元気を貰っている。

 と同時に、普段の彼女たちの行動にはひやひやされることもあって、つい苦笑してしまう。


「毎日あの子たちには振り回されてますけどね」

「アラタ様は、父であり、大黒柱ですね」

「ちゃんと父親が出来てるかなぁ……」

「あの子たちの楽しそうな顔が、答えですよ。絶対に倒れない大樹だからこそ、あの子たちも安心して傍にいられるのだと思います」

「そうだと、嬉しいですね」


 そのままサクヤさんと談笑を楽しんでいるとドタドタと襖の奥から騒がしい足音が聞こえてきた。


「兄者! どうだくつろいでいるか⁉」

「やあギュエス。サクヤさんには良くしてもらってるよ」

「おお! そうかそうか!」


 ドカっと俺の正面に座ると、サクヤさんがさっと立ち上がってギュエスの分の料理を置く。


「今日もまた美味そうだ!」

「お酒は入りますか?」

「うむ!」


 なんとなく、殿様といった雰囲気でちょっと偉そうだが、鬼神族ではこれが普通なのかもしれない。

 ふと思ったのは、ギュエスにはサクヤさんがいるけど、他の親族の子たちにはいないんだけど、どうしてるんだろうか?


「む、兄者は酒を飲んでいないのか?」

「さっきまで子どもたちがいたからね」

「それはいかん。せっかくだから鬼神族が誇る酒を飲んでくれ」


 瓢箪からトクトクとお猪口に注ぐと、俺に渡してくる。

 ギュエスはというと、自分の分も一度飲み干した後、再び注ぎ杯を合わせるようにお猪口を上げた。

 それに合わせるように俺もお猪口を上げると、サクヤさんが外と繋がる襖を開け――。


「おお……」


 美しい月光が部屋に差し込み、ギュエスと俺の間を明るくして酒がキラキラと輝く。


鬼月きげつと呼ばれる酒でな、鬼神族で祝い事があるときに飲む酒だ」

「特に大した祝い事でもないんじゃないかな?」

「なにを言う。我らの兄者が里に来てくれたのだ。これ以上の祝い事などないとも」


 ギュエスが俺に対して凄い評価をしてくるが、やったことといえば結局のところ力でいうことを聞かせただけだ。

 だからそんな風に上に見なくてもいいといつもいうのだが、彼らの中ではその力こそ重要なのだと言う。


「では兄者、これからも我ら鬼神族をよろしく頼む」

「なにもしてないけどね。うん、それじゃあ……」


 乾杯、と二人で杯を仰ぐ。

 そんな様子を、サクヤさんが嬉しそうに微笑みながら見守ってくれていた。



 以前からわかっていたが、この身体は酒に強い。

 この酒自体は相当辛口のようだが、それすらも美味しく感じるしいくらでも呑めそうだ。

 そして意外なことに、俺の正面で飲んでいるこの強面の男は酒に弱かった。


「あにじゃはなー、すごいんだぞー!」

「はい、存じてますよ」

「だってなー! われとぐらむをどうじにあいてして、あっとうするくらいだからなー!」


 完全に酔いが回り、ぐでんぐでんになりながらサクヤさんに俺の武勇伝を語る姿は、ただの面倒くさい酔っ払いだ。

 とはいえ、そんな兄の姿も慣れているのか、さらっと流しながら聞きに回っている。


「お猪口が空ですね。どうぞ、お注ぎします」

「ありがとうございます」


 そうして客人である俺のことも忘れず、こうした気遣いが出来るのだから、ギュエスが自慢したくなるのもわかるというものだ。


「あにじゃー! きいてるのかー⁉ さくやはいいむすめだろー!」

「そうだね。とても良い子だと思うよ」

「おー! さすがあにじゃ! よくわかってるなー!」


 俺の言葉に機嫌が良くなり、更に杯を煽って、くはー! と美味しそうに声を上げた。

 ちなみにギュエスがある程度酔ったあとは、その中身がサクヤさんに入れ替えられていて、彼が飲んでいるのはすべて水である。


 俺がそっとサクヤさんを見ると、彼女はいたずらっ子のような笑みを浮かべていた。

 どうやら兄にだけ見せる表情なのだろう。


「だからなー! さくやはにんきなんだー! だけどなぁ! どいつもこいつも、われよりよわい!」

「まあそうだろうね」


 こんなベロンベロンで情けない状態とはいえ、この男は鬼神族の若い男の中でリーダーを張るのだ。

 それにすでに始祖の名も知っている状態で、普通の鬼神族よりはるかに強い。

 当然、成人していない面々でギュエスに勝てる者などいるはずがなかった。


「きしんぞくのおんなはつよいおとこにとつぐのがしあわせなんだー!」

「ああ、うん。聞いたよ」

「だろー! あにじゃはわかってるじゃないか!」


 何が? とそっとサクヤさんに視線を向けるが、彼女はただ苦笑するだけ。


「適当に聞いていたら満足してくれますよ」

「なるほどね」

「あいじゃー!」


 もう兄者すら言えなくなってるし。

 というか、途中から水しか飲んでないはずなのになんで酔いがさらに深くなってるんだろ。


「われはなー! さくやがこーんなちいさいころからずっと、そだててきたのだー!」

「ん?」


 豆を指でつかむ様な表現は、そんな小さいことないだろうというツッコミ待ちだろうか?

 というのは冗談として、子どもの頃からギュエスが育ててきたというのは……。


「私たちの両親は早い段階で亡くなってしまいまして、それで兄がずっと私の面倒を見てくれたのです」

「そうなんだ……」

「あ、気にしないでください。里の人たちはみんな家族のようなものなんで、この兄もいますし、寂しい思いなどしてませんから」

「……そっか」


 それなら俺がなにかを思うのは失礼だろう。

 なんて思っていると、ギュエスがまたお猪口を一気に掲げて飲む。


「そんなさくやだって、いずれはよめにださないとだめなのだ!」

「おお、そういうのはちゃんとわかってるんだ」

「よめにいくのはしあわせなことだからなー!」


 ちなみに、話がループしてるなんて思ってはいけない。

 なぜなら相手は酔っ払いであり、まともな会話にはならないから。


「われはさくやのあいてはあにじゃがいいとおもうー」

「ん?」


 なんだか急にループしていた話が進んだような気がするけど……。

 気のせい――。


「あにじゃはつよい! われよりもつよい! にくたらしいがじつりょくはわれとおなじぐらむよりも、あっとうてきにつよい!」

「まあ、それは神様から力を貰ったからね」

「われらだってしそからちからをもらってる! だからいっしょだ!」


 そうなのかなぁ?

 まあたしかに、彼らにとって始祖様というのは神様と同じようなレベルなのかもしれないけど。


「もひろんあいじゃにはあねじゃがいることはしょうち! しかし! つおいおとこはたくさんよめをもって、かいしょうをみせるのがこのしまのありかた!」


 そろそろ本気でろれつが回ってなくなってるうえ、言ってることが滅茶苦茶になってきた。

 これはもう終わらせないといけないかな、と思っていたらサクヤさんがそっと兄に寄りそう。


「お兄様? 飲み過ぎですよ」

「さくや! おまえはどうおもってる⁉」

「アラタ様はとても素晴らしいお方だと思います」

「そうだろうそうだろう! あいじゃはすごい!」

「ですが、突然そんなことを言われて敬愛するアラタ様も困ってしまいます。だから、終わりにしましょうね」


 そうしてサクヤさんがそっとギュエスの背中に手を回し、さする――。


「えい」

「きゅ――⁉」


 ――のではなく、首をチョップ。

 

 えい、と言う割にはすさまじい音が鳴り、同時にギュエスが白目をむいて、そのまま前に倒れ込んで気絶した。


「……」

「こうすれば、大人しくなるのです」

「そっか……」


 ちょっとだけ自慢げなサクヤさんを見て、これはいつも通り兄弟のスキンシップなのだろうと思うことにした。

 それにまあ今回は、酔っぱらったギュエスが悪い。


「ところで、あんなこと言ってたけどサクヤさんには好きな人がいるんだよね」

「はい。残念ながら兄は絶対に認めてはくれないと思いますが……」

「そっか……まあいざとなったら俺も説得手伝うからさ」


 そう言うと、サクヤさんは嬉しそうに微笑む。

 月明かりが差し込む中で彼女の微笑みは、とても幻想的で儚く、美しいものだった。

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