第96話 故郷の味

 サクヤさんとレイナは、先ほどのコイバナで仲良くなったのかずいぶんと距離が近くなった。

 和気あいあいと楽しそうに会話をしながら歩いていて、男の俺はやや入りづらい空気。

 ということで、一人ぼっちになった俺は何気なくスノウたちの方へと向かっていく。


 二人揃ってしゃがみ込み、まるでアリの行列でも見ているような姿勢。

 俺は二人に後ろから近づき、声をかける。


「なにしてるの?」

「あ、ぱぱ!」

「ふぐぅ……」


 俺が近寄った瞬間、スノウがパァッと華を開いたような顔をして抱き着いてくる。

 最近ちょっと力の強くなってきたスノウの不意打ちタックルは、ちょっと効く。

 とはいえ、俺も父親だ。子供のタックル程度、笑って受け止めてやるのが務めというやつである。


「おにいちゃん、ルナもいい?」

「……よし来い!」

「やったー!」


 スノウよりもさらに強い力でのタックル。

 とはいえ、今度は俺も準備万端だったのでしっかりと受け止めて、二人を両腕にぶら下げる。


「おおー!」

「わーい!」


 それが嬉しかったのか、スノウはそのまま肩車の定位置に行き、ルナは俺の背中にくっついた。

 はたから見たらすごい恰好な気がするなこれ……。


「それで、なにしてたの?」

「あれ見てたの!」


 俺の言葉に答えたスノウは、地面を指さす。

 そこには地面に水平になるように、顔面だけ出した見覚えのある金属。

 怪しい緑色の光、って言っても目なんだけど、だいぶ違和感がある。


「……ジアース様、なにしてるんですか?」

「ッ――⁉ ワレはただの、大地ダ」


 それだけ言うと、ゆっくり何事もなかったかのように地面の中へと消えていく。

 そして、俺が見ていた場所は跡形もなく綺麗に舗装された通路だけが残る。 


「……」

「ジイ!」

「あははー! 変なのー!」


 俺の身体にくっついている二人は、楽しそうに地面を見て笑っていた。

 ちょっと本気で周囲を探ってみると、凄まじい勢いで地面の中を移動している自称大地の人がいたが、気にしないでおこう。

 だって、もう索敵範囲からいなくなってるし。


「貴方たち、そろそろ行くわよー」

「「はーい」」


 少し離れたところでサクヤさんの家の前にいるレイナが声をかけてくる。

 子供たち二人は元気に返事をして、走って行ってしまった。


「俺も行こ」


 さっきのは見なかったことにしよう。

 だって、孫をストーキングするジイってちょっとやだし。




「もうすぐ兄も帰ってくるかと思いますので、お食事の準備をしてきますね」


 そう言ってサクヤさんに案内された部屋は、旅館のような雰囲気だった。

 窓から山の下を見下ろせるようになっていて、大きな源泉や街並みに夕日が反射して美しい絶景が広がっている。


「着いたー!」


 ルナはさっそく部屋でゴロンと寝っ転がっていて、スノウは座布団に座るレイナの腕の中でご機嫌な様子。

 サクヤさんは今、夕飯の準備をしているのでここにいるのは俺たちだけだ。


「なんだか落ち着くわね」

「うん。俺もこの雰囲気好きだな」


 家自体は木造建築で出来ていて、古き良き日本を感じさせる。

 同じ木造だが、神獣族の里に比べるともう少し文化的な雰囲気があって、俺としてはこちらの方が馴染みがある雰囲気だ。


「種族ごとに生活様式が違うのは、面白いわね」

「ああ、たしかに」


 思い返せば、アールヴたちなんかの過ごし方はこことは全然違う。

 とはいえ、鬼神族と神獣族たちは交流があるし、住んでいる地域も近いのにこうして文化に差ができるのは少し不思議だ。

 もしかしたら、本能的ななにかがあるのかもしれない。


「あ……」


 窓の外を見ると、里の入口あたりに集団が見えた。

 どうやらギュエスたちが帰ってきたらしい。


 遠目でもだいぶはしゃいでいる様子で、どうやら今日の戦いはいい感じに終わったようだ。


「そういえば、ギュエスはもう始祖の名前を知ってるはずだけど、いいのかな?」

「山の上に登らなくてもってこと?」

「うん。サクヤさんの話だと、始祖の名前を知ったら山の上にいかないといけないんだよね」


 それが大人の証、ということなのだろう。

 今のところ、鬼神族だとギュエス、古代龍族だとグラムとティルテュくらいしか始祖の名を得ていないわけだが、あのままでいいのかなって思う。


「まだギュエスは暴れたい年頃なんだろけど……」

「まあ、周りももう知ってることだし、別に構わないんじゃないかしら?」

「そっか。それもそうだね」


 ギュエスが自身のことを隠していたのも、バレたら一緒にいられないから、ということだった。

 それは俺が叩きのめすことで解決したわけだが、この里の風習とかで問題だったら隠しておかないとと思う。

 

「パパ、ママ、むずかしい話?」

「ううん。別に難しくないわよ。ただ、友達とは一緒にいたいわよね、って話」

「スノウも、カティマやティルテュたちとも一緒にいたいよね?」

「うん! みんな大好きだもん!」


 そんな無邪気な笑顔を見せるスノウの頭をなでていると、襖が開く。

 そしてサクヤさんが微笑みながら入ってきた。


「皆様、お食事のご用意が出来ました。どうやら兄はまだのようでしたので、先に済ませてしまいましょう」

「さっき外に帰ってきてたけど、いいの?」

「はい。今からでは、皆さんの食事が遅くなってしまいますので」


 たしかに、俺やレイナはともかく、子どもたちはもうお腹が空いて仕方がないだろう。


「それじゃあ、ギュエスには悪いけど、お願いします」

「ええ、どうぞこちらへ」


 そうして俺たちが案内されたところには、お膳が並べられていた。

 米、焼き魚、みそ汁、海苔、卵、それにちょっとしたサラダ。

 こう、日本の料理とはこういうものだ、というのをきっちり守ったような並びに、俺を思わず目を丸くしてしまう。


 ――ああ、なんかいいな。


 俺にとって故郷の味、というにはちょっと昔ながらのご飯だが、それでもそれを思い出せるこの雰囲気が素晴らしい。


「聞けばレイナ様は料理の達人とか。お口に合うといいのですが……」

「た、達人は言い過ぎよ」

「ぱぱ……?」


 ついじっと見つめてしまってると、隣に座っているスノウが不思議そうに見上げてくる。


「ああ、ごめん。ちょっと懐かしくなっちゃってさ」


 別に日本に戻りたいわけではない。

 この身体だって、この島にやって来たときに神様に与えられて、転生したものだ。

 だからこの気持ちは俺の前世、魂に由来するものなんだろうけど……。


「俺の故郷にも、似た料理があってさ。それでね」

「これ、ぱぱのなの?」

「俺のっていうか、俺の住んでたところの料理だよ」


 スノウがじっーと俺の料理を見る。

 いや、自分のがあるからそっち見たらいいよ?


「へぇ。アラタの故郷だと、こんな感じなんだ……」


 レイナが真剣な表情で並んだ料理を見る。

 そういえばレイナの住んでる地域だと米じゃなくてパンがメインって言ってたな。

 彼女の住んでいた大陸は、ヨーロッパとかそんな感じなんだろうか?


「もちろん似てる、ってだけだけど――」

「サクヤさん。あとでこれ、作り方教えてもらってもいいかしら?」


 俺の言葉に被せ気味にそう尋ねると、サクヤさんはただ微笑むだけ。


「レイナ?」

「私の料理はどうしても味付け多めで、大味になりがちだから……こういいうのはあんまり得意じゃないし、レパートリーも多い方がいいし、それだけよ」

「そっか」


 ちょっと早口で言い訳っぽく理由を付けているが、俺のため、というのは多分うぬぼれじゃないだろう。

 それが、嬉しく思う。


「ままの料理、いつもおいしいよー」

「ねー」

「ふふ、ありがとう二人とも」


 ちょっと変な空気になりかけたところで、スノウたちの声が入る。


「俺もレイナのご飯好きだよ」


 たしかに思い返してみれば、レイナの料理は結構味付けがしっかりされている物が多い。

 対してこの島で出される料理とかご飯は、結構自然をそのまま出した物とか。

 それ自体も確かに美味しいのだが、たくさん動くこの島の住民たちからすれば、レイナの濃い味付けの方が合っているのかもしれない。


 とはいえ、それはそれ。

 今回出されたこの和食風の料理が好ましくないかと言えば、やはり故郷の味として楽しみたい。


「それじゃあ、頂きますね」


 そうして食べようとしたところで、背後の襖が開く。


「ふはははは! サクヤよ、今帰ったぞ! おお、兄者もちょうど食事の時間だったか!ならば我も――」

「お兄様。先に温泉で汚れた身体を流してきてください」


 どうやら今回も中々激しい戦いだったのか、ギュエスの逞しい身体は埃に塗れていた。

 そのせいか、サクヤさんから今まで感じたことのないプレッシャーを感じる。


「……では兄者たち、また後で!」


 しかしどうやらこのやりとりは慣れたものらしく、ギュエスは逃げるように出ていく。

 一瞬、騒然としたが、それもすぐに静かなものとなった。


「えーと」

「お騒がせしました。兄はまたすぐ戻って来るかと思いますが、今のうちにどうぞごゆるりと」 


 そんな中、子どもたちは気にした様子もなく、すでにご飯に手を付けていた。


「お・い・しー!」

「おいしいねぇ!」


 そんな二人を見て、俺とレイナは一瞬笑い、そして自分たちも箸をつけるのであった。

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