第94話 着物
ルナとスノウのはしゃぐ声が聞こえてきたので、そろそろ来るな、と思ったら急に静かになった。
「どうしたんだろ?」
疑問に思っていると、襖を開いて、サクヤさんが現れた。
「アラタさん、お待たせしました」
「あ、はい……」
てっきりスノウとルナの連続抱き着きが来るかと思って身構えていた俺だが、しばらく待ってもどっちも来ない。
一瞬だけ力が抜けると、それがわかったのがサクヤさんが少しおかしそうに笑っていた。
「着物を着ているときに走り回ったら、せっかくの着付けが崩れてしまいますから」
「それであの子たちがちゃんと大人しくなるなんて……」
「素直な子たちですよ」
いや、確かに素直ではあるだけどそれ以上に本能的に動き回るのが子どもだと思うんだけど……。
それを大人しくさせるなんて、この人すごいな。
「……やはり綺麗な身体をされてますね。着物も大変よくお似合いです」
「ありがとうございます。アカさんとアオさんに、やってもらえたからですよ」
「ふふ、二人はこの鬼神族の中でも特に着付けが上手なんです」
意外かもしれませんが、と少し茶目っ気を出しながらそう言う姿も、妙にお淑やかな雰囲気があった。
自分で一度着てみてから改めてサクヤさんを見ると、とても綺麗な着方をしていることに気が付く。
白い着物には着崩れが一切なく、ぴしっとしているというか、隙みたいなものが一切ない。
銀色の髪をよく見れば、パーマっぽいポニーテールをを巻いてから赤い花の櫛で止めていて、かなり複雑な感じだ。
髪型の知識とかはないからうまく言い表せないが、めちゃくちゃ大変なんじゃないかなって思う。
それでいて、まったく崩れた様子はなく、着物姿にはとてもよく似合っていた。
それに比べて、先ほど俺が自分一人で着てみたときは、だるっとしていた。
アオさんとアカさんたちに着せてもらわないと多分また同じことになるだろうなと思う。
「ふふふ、皆さんとてもお似合いですよ」
「もう入っていいー?」
「ええ。どうぞ」
「やった! 行こスノウ」
「うん!」
襖の外からルナとスノウの声が聞こえてきて、手を繋いだ状態で入ってきた。
「じゃーん!」
「ぱぱ! 見て見て!」
二人は両手を広げて、柄を前面に出してくる。
ルナは普段の白とオレンジを中心とした巫女服ではなく、黒をベースとしながら赤く細い花が咲いたような柄と小さめ狐の柄が何匹かいるような着物。
スノウは白をベースにして、淡い水色の雪結晶が散りばめられた着物だ。
ルナの髪はいつも通りだが、スノウは着物に合わせて後頭部でまとめられて、雪だるまの簪で止められていた。
嬉しそうに背中を見せたり、自分の着物のポイントを説明してきたりと、相当着物が気に入ったようだ。
どちらも子供らしくて微笑ましい。
「うん、二人ともかわいいね」
「わーい!」
「サクヤちゃんがやってくれたんだ!」
俺が褒めると二人はより一層華やかに笑い、それがさらに魅力さを増していく。
そんな自慢する二人の姿を見て、サクヤさんも表情を柔らかくしていた。
「あら?」
ふと、サクヤさんが襖の外を見る。
そういえば、レイナは? と思ってると、サクヤさんがそっと襖の外へ出て行った。
「でもねでもね、ママもとっても綺麗なんだよ」
「ねー! レイナお姉ちゃん、すっごくかわいいの!」
「へぇ」
淡白な返事を返してしまったが、それも仕方がないだろう。
だって正直、着物を着るって聞いた時点でずっと期待していたのだから。
「ほらレイナさん、恥ずかしがらずに」
「あの、その、本当に……?」
「大丈夫ですよ。とてもお似合いですから」
不意にレイナの声が聞こえてきて、若干緊張してしまう。
そうしてサクヤに背中を押されるようにして出てきた彼女は、
紅い着物に白や金色などが散りばめられた花柄や腰の黒い帯。
長い髪をサイドにまとめて、それを肩から前に流すようにしているのだが、少し巻いているのか柔らかいウェーブを描いていていつもと雰囲気が異なってた。
流した髪とは反対側に花の髪飾り。
柔らかく伸びた袖やちらりと伸びる首周りなども色気があり、彼女の生まれ持った瞳と合わさって、存在そのものが一つの芸術のように思える。
「……」
「……アラタ?」
少し上目づかいで見つけてくる彼女は、普段の凛とした雰囲気と違い少し不安と恥ずかしさが混ざり合ったような表情をしていた。
「かわいい」
「へぁっ⁉」
「あ、いや……今のは……つい」
正直に言うと、見惚れていた。
見惚れていて、そのまま本音がポロっと出てしまった感じだ。
「っ……その、ありがとう……」
「うん……」
中学生か! と自分で思うが、それくらい今のレイナは綺麗でかわいい。
ついジーと見てしまうと、彼女は少し照れた顔のまま、それでもしっかりこちらを見てくれる。
「あの、そんなに見られるは恥ずかしいんだけど……」
「あ、ごめん」
「ふふふ。お二人ともとってもお似合いですよ」
「「っ――⁉」」
サクヤさんの言葉が、着物が似合っているということはすぐに分かった。
ただその言葉が自分たちお似合いだと言われているような気がして、恥ずかしさがさらに増してしまう。
「やっぱりお兄ちゃん、レイナお姉ちゃんばっかり見てる!」
「スノウもー!」
その言葉でようやく俺は、冷静になれて、改めてレイナたちを見る。
「うん、みんなかわいいし綺麗だね」
「わーい!」
「やったー!」
俺の言葉にスノウたちは無邪気に笑う。
レイナもまた、落ち着いた笑みを浮かべていた。
「それではせっかくなので、この格好のまま鬼神族の里を再び歩きましょう」
ぱん、と小さく手を叩いたサクヤさんの言葉に、子供たちは両手を上げて喜ぶ。
もちろん俺も異論はないし、レイナもそうだろう。
用意してもらった草履を履いて、そのまま外に出る。
先ほどと同じ光景なのに、着ているものが違うだけでどこか遠くに来た気分だ。
ゆったりと流れる川、遠くから漂ってくる温泉の匂い、風の音。
どれもがただ心を安らかにしてくれるようで、歩いているだけでとても気持ちがいい。
前を歩いているルナも気分がいいのか、歩きながら鼻歌を歌っている。
ルナと手を繋いだスノウは、そんなルナを嬉しそうに見た後、ルナの鼻歌を真似し始めた。
「可愛いですね」
「スノウはなんでも真似したがりっ子なので、よくレイナの真似とかもしているんですよ」
「この間、魔法を真似されたときはさすがにびっくりしちゃったわ」
魔法の練習をしていたレイナの真似をして、彼女と似たことをしたのである。
一発でできるあたり、小さくてもさすがは大精霊だなって思った。
「まあ、真似が好きなのはどこかの誰かさんそっくりだけどね」
「……」
「案外スノウが真似好きなのは、あなたの影響なんじゃないかしら?」
「……」
俺はそっと視線を逸らす。
そりゃたしかに、今まで研鑽を重ねてきた自分の力が、チート一個で真似されたら気分も良くないよなぁ。
「ふふ、冗談よ。アラタのおかげでこの島で楽しく過ごさせてもらってるんだから、文句なんてないわ」
「それを言ったら、俺こそレイナのおかげで楽しく過ごさせてもらってるよ」
彼女がいなかったら、この島の生活はもっと大変なものになっていただろう。
魔物にこそ負けることはなかっただろうけど、今みたいにいろんな人たちと仲良くなれていたかはわからない。
だからこそ、俺はレイナにはすごく感謝しているのだ。
「お二人は、やはりとてもお似合いですね」
「……」
「……」
今度の意味は明確に分かって、つい黙り込んでしまう。
レイナもまた、同じように黙り込んでしまった。
「お二人の関係が、とても羨ましいです」
「え?」
これまでの優し気な声色ではなく、どこか悲しみを帯びたような憂いのある声。
一体どうしたのだろうと思って見ると、彼女はもうすでに普段通りの表情をしていた。
「今はお兄様含めて、鬼神族の若い男性方は出て行ってしまっていますが、夕暮れ時には帰ってきますので、その時また皆さんとお食事でもしましょうね」
「ごはん⁉」
「ごはん!」
そんなに大きな声ではなかったのに、先頭を歩いていたおチビたちが反応して振り返る。
もう二人の頭の中には、ご飯のことしかない状態だろう。
「ええ、せっかくですので、私も腕を振るわせていただきますね」
神獣族やアールヴたちはかなり大雑把な感じだったが、ここはどうだろうか?
鬼神族はどこか生活感も人間に近い感じで、今まで見てきた他の種族とは少し違う気もする。
なんとなく日本を思わせるようなこの里でのご飯というのは、俺もだいぶ楽しみだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます