第91話 鬼神族の里
翌日、神獣族の里から出発した俺たちは山を登っていく。
決して険しい山というわけではないし、ここのメンバーはみんな鍛えられているので、体力的には問題ない。
相変わらず元気なルナとスノウを先頭に歩き続けて、太陽が頂上に来るより早く鬼神族の里へと辿り着くことが出来た。
「ここが鬼神族の里だよー」
「おおー」
案内をしてくれたルナが自慢げに手をかざし、それに合わせるようにスノウが感動したように瞳をキラキラとさせて声を上げる。
この子は初めて見る物に対してはだいたいこんな感じになるが、実際鬼神族の里を見た俺も正直感動してた。
なぜなら、里の入口から少し離れたところに大穴が空いており、そこから少し緑色に濁った『巨大な温泉』が湯煙を揺らしていたからだ。
「……こんな大きな温泉、初めて見たわ」
「凄い迫力だね」
どうやら中に入るような場所ではなく、まるで滝のような勢いで山の上から流れてくる源泉を受け止める場所のようだ。
ある程度以上溜まると、木製の桶を通って、どこかへと流れていく仕組みらしい。
「……」
なんとなく、旅行で見た草津温泉を思わせる形に思わず魅入ってしまう。
少し離れたところには長い階段があちこちにあり、それに沿うように和風の家が並んでいた。
大量の源泉と温泉街を思わせる鬼神族の里は、どこか俺の心を懐かしく思わせるのだ。
「鬼神族の里の温泉は色んな種族が集まって来るんだよー」
「へぇ」
最近は俺たちの家で遊ぶことが多かったルナだが、元々は鬼神族の里に来ることも多かったという。
たしかに周囲を見渡してみると、歩いているのは鬼神族だけではないように見えた。
というか、神獣族の里で見た顔とかも普通に歩いている。
「種族同士で喧嘩とかってしないの?」
「え、なに言ってるのお兄ちゃん? だってここ温泉あるし、喧嘩なんかするわけないよ?」
「そっか」
神獣族とアールヴはあんまり仲良くないとか、鬼神族と古代龍族は喧嘩をしているとか、種族事にそれぞれ事情があると思っていたのだが……。
どうやらこの温泉の前ではそんな事情は些細なものらしい。
正直、気持ちは凄く良くわかった。
「なんだかみんな、リビアさんとかの服装と似てるわね」
「ああ、着物だね」
「着物?」
レイナが少し不思議そうな顔をするが、説明できるほど知識を持っているわけではないので聞き返されるとちょっと困ってしまう。
彼女が疑問に思ったのは、鬼神族や神獣族だけでなく、古代龍族やエルフっぽい人たちも着物を着ているからだろう。
普段見ている姿とは違う格好をしていて、だがそれが自然な形として映っている。
俺としては温泉街だしそんなもんだと思ったが、レイナの知っている限り大陸には着物はなかったらしく、少し興味深々だ。
「……レイナに着物か」
ちょっと想像してみると、とても似合うような気がした。
というか、正直かなり見てみたい。
「おお! 来てくれたのか兄者!」
「っ――⁉」
別に邪な妄想をしていたわけではないのだが、急に声をかけられて驚いてしまった。
声の方を見れば、ギュエスがいつも通り胴着姿でこちらに近づいて来る。
その隣には緩やかな銀髪を後ろで花の髪飾りで纏め、束感のあるおくれ毛を前に流した小柄な少女。
白をベースに黒のラインと赤の花模様が入った着物を着た彼女は、隣を歩くギュエスが大きいから余計に小さく見えるはずなのだが、背筋がピンと伸びているからか、実際の身長よりは大きく見える。
おそらく彼女が、ギュエスが以前言っていた妹なのだろう。
年齢は、レイナより少し若いくらいに見える。
隣を歩く彼と違い肌は太陽を浴びたことがないのではないかと思うほどに白く、鬼神族とは赤黒い肌をしているのだと思っていた俺の固定観念を吹き飛ばした。
それでいて男の鬼神族同様、紅い瞳と額から生えた角は、鬼神族である証にも思え、思わずじっと見つめてしまう。
「ふっふっふ……」
するとそんな俺の態度が気に入ったのか、ギュエスが巌のような表情を緩ませ、少し嬉しそうになった。
「兄者に紹介しよう! こやつが妹のサクヤだ!」
「初めましてアラタ様。サクヤと申します」
「あ、はい。初めまして」
丁寧にお辞儀をされるので、俺も思わず返してしまう。
凛とした綺麗な音が辺りに響き、それが彼女の腰に付けられた鈴から出たのだと気付いた。
そして改めてサクヤさんを見てみると、顔を上げた彼女は赤い瞳を細めて微笑んでいる。
この島に来てからの女性というのはみんな、その身に宿る強さがなんとなく伝わってきた。
だがしかし、この子からはそんな強さは感じられず、守ってあげないといけないと思わせる儚さを感じる。
彼女は顔を上げると、一度小さく微笑んでからレイナの方を向いた。
「レイナさん、初めまして」
「ええ、初めましてサクヤさん」
「こんにちは! スノウはスノウ!」
「スノウさんですね。こんにちは」
元気いっぱいに挨拶するスノウにも、わざわざ膝を折って視線を合わせてから挨拶をする。
一人一人、人によっては丁寧すぎると言われてもおかしくないほどなのだが、それが嫌味にならず彼女の姿はあまりにも自然体だった。
「サクヤちゃん、やっほー!」
「はい、ルナさん。やほー、です」
そうして元々知り合いなのか、二人は気さくな様子で挨拶を交わす。
なんというか、彼女の所作はどんな風でも綺麗で、少し浮世離れした風にも感じる。
全員に挨拶を終えたサクヤさんは再び俺を見て、やはり微笑むのであった。
「どうだ兄者! サクヤは良い娘だろう⁉」
「ああうん。なんというか、今まで俺の周りにはいないタイプの女の子だね」
あえて言えばリビアさんが近いが、しかしエルガに対する彼女の態度などを見るとまた方向性が違う気がした。
守ってあげなければならない花、という表現が似合う少女だ。
「それではこれより、サクヤがこの鬼神族の里を案内させようと思う!」
「あれ、ギュエスは?」
「今から古代龍族たちとの喧嘩があるからな。我が行かないわけにはいくまい! ではまた後程!」
それだけ言うと、ギュエスはドスドスと音を立てながら里から出て行ってしまう。
「えぇ……」
たしかに彼ら鬼神族の若い子たちにとって、古代龍族と喧嘩をするのは大切な儀式のようなものだ。
だからと言って、昨日来てくれと言った彼がすぐにいなくなるのはどうなのだろう?
そんな俺の内心に気付いたのか、サクヤさんがいきなり頭を下げた。
「あの、兄が失礼をしまして、申し訳ありません」
「ああいや、サクヤさんが謝るようなことじゃないですよ」
悪いのはギュエスである。
今度みんなで修行をするときは、お仕置きしないとな。
「お仕置きですか? ふふ、そうですね。あんな兄にはお仕置きが必要だと思います」
そんなことをサクヤさんに伝えると、少しおかしそうに笑った。
上品に笑う姿はやはりこの島の誰とも違う雰囲気があって、俺はどうにも少し落ち着かない気分になる。
――俺の周りの女の子、みんななんか強いもんなぁ。
そんなことを思っているとバレたら怒られてしまうので、絶対に口にできないのだが……。
そうしてサクヤさんの案内の下、俺たちは温泉の匂い溢れる鬼神族の里を歩き始めるのであった。
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