第90話 いつかきっと

 鬼神族の里に行くにあたって、数日家を空ける必要がある。

 そうなると困るのがゼロスやマーリンさんたちだ。

 

 というのも普段、俺がいるときは家の周囲に魔物たちは近寄って来ない。

 しかし、いないとわかるとちょっかいをかけて来るのだ。

 島の中でも弱めの魔物であれば二人でも倒せるのだが、ウサギみたいに強いのが現れるとかなり厳しい戦いを強いられるという。

 

 前にアールヴの村に行ったときはエルガが気にかけてくれて近くにいてくれたが……。


 ――悪いが、しばらく里を離れられねぇんだ。


 とのこと。

 どうやらなにか事情があるらしい。

 男気に溢れ、なにかと助けてくれるエルガが困っているのだったら手助けしたいのだが、彼は自分一人でやると一点張り。

 理由を聞いても教えてもらえず、ただルナをしばらく預かって欲しいと言われてしまった。


「どうしよっか」

「そうね……」


 いっそのこと全員で出掛けるという手もあるが、そうなると今度は家が壊される可能性がある。


「それなら我が家を守っておいてやるぞ?」

「え? いいの?」

「うむ! どうせマーリンと色々計画をしていたところだからな」


 スノウの積み木遊びに付き合ってくれていたティルテュがそう言ってくれる。


 てっきり一緒に行きたい、と言われるかなと思っていたのだが、どうやらティルテュはマーリンさんと遊ぶ約束をしていたらしい。

 最近妙にゼロスとも仲が良く、もうボチドラなんて言われていた頃とは違う姿にちょっと感動してしまった。


「それじゃあ、お願いしようかな」

「任せておけ! その代わり、帰ってきたら我としっかり遊ぶのだぞ!」

「うん、全力でお相手させてもらうよ」


 そうしてルナはエルガに頼まれているので、スノウと合わせて四人で鬼神族の里へと向かうことになった。




 以前エルガから貰った地図によると、鬼神族の里は俺たちが住んでいる森から東に進んだところにある。

 里の場所はルナが知っているということで、先頭をスノウと手を繋ぎながら歩いていた。


 しばらくして神獣族の里へと到着したので、大きな樹の下にシートを広げ、お昼休憩を取ることに。

 お子様二人はレイナが作った、お弁当をいっぱいに頬張りながら感動中。

 

 俺とレイナは、前にエルガからもらった地図を広げて、念のため位置確認をしていた。


「ここが神獣族の里で、それよりちょっと北東が鬼神族の里か……」

「しかしこうして見ると、この島って広いわね」

「うん」


 久しぶりに見てみると、まだ行ったことのない地域も多い。

 俺たちが住む森は島全体から見れば中央よりはやや西側で、それより北にいくとアールヴの村や大精霊の住処がある。

 アールヴの村よりもやや北東にずれたところにある岩山が古代龍族の住処。

 さらに北に行くと小さな孤島が並ぶ場所があり、その一帯がヴィーさんの拠点らしい。


「すごい今更だけど、俺が最初に立った場所がここだったんだ」


 なんとなく感覚で道は覚えていたが、今まで確認したことがなかった場所。

 森と面した西海岸を指さし、少し感慨深くなる。


 神獣族や獣人は他の種族に比べると数が多いらしく、広い地域を抑えている。

 抑えていると言っても、別に勢力争いがあるわけじゃないので、この島の住人たちは大して気にしていないそうだが。


「まま、ここスノウの生まれたところ!」

「ふふ、そうね」


 レイナの膝の上に座り、スノウが指さしたのは、自分が生まれた場所である闇の大精霊であるシェリル様の住処だ。


 そういえば火の大精霊様も、大地の大精霊様もそれぞれ自分の住処があるわけだが、この場合スノウもいつか自分の住処を見つけるのだろうか?


 そんな子離れ出来ない父親みたいな考えをしてしまったが、そもそも大精霊様は俺たち人間と違って何千年も生きるのだから、いつかは離れるのだ。


 ――それはちょっと……寂しいな。


「ぱぱ?」

「なんでもないよ」


 とはいえ、それはこの子の成長の証。

 いつかは別れる時が来るとしても、そのときまでずっと一緒にいればいい。

 

「ここがルナのだよー」

「おおー」


 こうしてスノウと一緒に遊んでくれるルナたち神獣族も、カティマたちアールヴだって人間とは寿命が違うのだ。

 そしてそれは俺たち人間同士だってそう。


 学校を卒業したら、会社を離れたら、そして死別したら。

 別れはいつだってあるし、それを超えて俺たちは進んでいく。


 ふと、ヴィーさんやスザクさんの言葉を思い出した。

 

 ――退屈は不死を殺す、ということだよ。


 ――もちろん戦い続けたやつらもいた。だがそういうやつらは順番に消えて行ったな。寿命もあったし、単純に負けて死んだやつもいる……なんにせよ、時間の流れと一緒に大人しくなったもんだ。ヴィルヘルミナのやつを除いてな。


 この島の最強種たちの寿命はほぼ永遠。

 だがそれでも、消えていく人たちはいる。


 そんな中、最古の吸血鬼や不死鳥として古くからこの島に存在する彼女たちは、いったいどれほどの出会いと別れを繰り返してきたのだろうか?


「永遠に生きる、か」

「アラタ、本当に大丈夫?」

「……うん。なんかちょっとだけセンチメンタルな気分になっただけだから」

「そう……?」

「……」


 俺がそう言うとレイナは少し首をかしげるだけだったが、彼女の膝にいるスノウがジーッとこちらを見てくる。

 そしてピョン、と立ち上がると、そのまま俺の方へとやってきて、胡坐をかいた膝に座ってきた。


「どうしたの?」

「パパの膝がいい!」


 そうして小さな背中を俺にもたれかからせてきて、ニコニコと見上げてくる。


 キラッキラに輝いた、今も未来もずっと楽しいだろうという純粋な瞳。

 それはとても眩しく、そして希望に満ちたもので、こちらの漠然とした不安をすべて吹き飛ばしてくれるようだ。


「スノウの背中は、氷の大精霊なのに暖かいね」

「えへへー」


 そうして、彼女を膝に抱えたまま再び地図を見る。


 東一帯の神獣族の縄張りからちょっと北が鬼神族のエリアだ。

 俺たちが目指しているのはその中でもギュエスたちが住む里で、ちょっと急げば数時間で着く場所。

 ただし今回は道中ものんびり楽しもうと思っているので、ゆっくり歩いて途中でキャンプだ。

 

 こういうのも、レイナが収納魔法が使えて、俺が覚えられたから出来ること。

 そう考えたら、最初にレイナに出会えたのは、本当に運が良かったなぁと改めて思う。


「今度はどうしたの?」

「いや……なんというかレイナに会えて良かったなぁって」

「っ――な、なんでいきなりそうなるのよ……もう」


 いきなり過ぎたが、まあ本心だからいいだろう。

 どんなに信頼を重ねた相手でも、言葉にしないと伝わらないことの方が多いんだし、なにより彼女にはしっかりと感謝を伝えたいのだ。


「ぱぱ、ままのこと好きー」

「あはは、そうだね」

「――っ」


 多分スノウが言っているのは人とのしての好意だろう。

 それは間違いないが、自分としてはもうずっと彼女に惹かれていることも自覚していた。

 ただまあ、今の好意に関しては人として、という部分が多いし、それを伝えたつもりだ。


 レイナが顔を紅くしているのは、まあ照れているからだろう。


「スノウのことは好き?」

「もちろん。スノウだって俺やママのこと好きでしょ?」

「うん! お姉ちゃんも好き! ティルテュお姉ちゃんも!」

「ルナもみんな好きだよー!」

「そっか」


 今ナチュラルにカティマが抜けていたけど、前に友達って言ってたから多分好きだろう。


 ――アラタはいちいち、真っすぐ過ぎるのよ。


 俺たちがニコニコと笑いながらそんな話をしている間、レイナは顔を紅くしたまま小さくそんなことを呟いた。

 耳が良いせいでそういう声が聞こえてしまうのだが、本人から告げられたこと以外は聞かなかったことにしている。


 だってそうじゃないと、ずるいから。

 ただ今は、こうした少しむず痒いような関係性が一番いいと思ってしまって、つい後回しにしてしまっているだけ。


 ――いつかちゃんと、俺も気持ちを伝えないとなぁ。


 その日はきっとそう遠くないと思いながら、俺たちはみんなで笑い合うのであった。

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