第89話 三連続アタック

 ギュエスは百腕巨人ヘカトンケイルを祖とする、若い鬼神族たちのリーダー的存在だ。

 刈り上げられた白い髪に髭、赤黒い肌と額から生えた一本の角。

 その風貌は鬼と言うに相応しく、鍛え上げられた筋肉は柔道の無差別級に出てくる人のように逞しい。

 ソファに座った彼は、一人で子ども二人分の幅を取りながら、俺のことを睨んでいた。


「兄者! いつになったら鬼神族の里に来てくれるのだ! 我らはいつでも迎え入れる準備が出来ているというのに!」

「あ、はは……」


 角が太ければ太いほど鬼神族として男らしい、と以前聞いたが、ギュエスのそれは立派なものだ。

 そんな彼がちょっと寂しそうな声を上げるのは、なんというか奇妙なギャップがあった。


 ――正直、忘れてたとは言えないなぁ……。


 以前から約束をしていたのだが、カティマたちアールヴの村に行くのが先約だったり、そのあとスノウを家族に迎え入れたりと、バタバタしていて頭から抜け落ちてしまっていた。


 待たせていたことに加えて、ギュエスたち鬼神族と古代龍族は犬猿の仲。

 ずっと待っていてくれたのだが、先に古代龍族の里に行ったことをグラムに自慢されて、こうして直談判に来たようだ。


「妹も兄者に会って見てみたいとずっと言ってるのだぞ」

「へぇ、ギュエスって妹いたんだね」

「うむ。我にあまり似ず、中々の器量の持ち主でな。それに兄贔屓と言われるかもしれんが、実によくできた妹だ。是非とも兄者に紹介させてもらいたい」


 古代龍族と喧嘩をしている鬼神族というのは、実は男だけ。

 男は外敵と戦い、女は家庭を守る、という風潮がある種族らしく、俺もまだ鬼神族の女の子を見たことはなかった。

 

 ただ基本的に鬼神族の特徴はギュエスを見ての通りで、赤黒い肌色、巌のような肉体、そして額の角に胴着のような服がデフォルトだ。

 だからその女性版ということで、彼の妹も結構筋肉とがガッシリしているの戦士のような女性を想像してたりする。


 これまで俺は神獣族や北の大精霊様、それにアールヴと言った種族たちとは仲良くなれたが、他の種族に関してはまだまだだ。

 

「ずっと待たせちゃってごめんね。それじゃあ、明日にでも行かせてもらおうかな」

「おお! それでは我は先に帰って里の者たちに伝えてこよう!」


 俺の言葉がよほどうれしかったのか、ギュエスは立ち上がり家の外に行こうとする。

 そして扉を開けた瞬間――。


「旦那様ー! むげ⁉」

「ぐおっ⁉」


 小さな黒い影が慌てて入ってきたからか、ギュエスのお腹にタックルする形となり、吹き飛ばされるように部屋の中へと戻ってくる。

 逆に一度は倒れそうになった黒い影――ティルテュは踏ん張り、そしてちょっと鼻を赤くしていた。

 

 ティルテュが頑丈でも、ギュエスのお腹は硬くてちょっと痛かったらしく、額を抑えながら少し目を細めている。

 しかしそれもすぐに俺に気付いて、笑顔になった。


「旦那さ――」

「ぱぱー!」

「ふごぉぉぉ⁉」


 俺に近づこうとしたティルテュは、背後からさらにタックルしてきた白い影――スノウによって押し倒される。

 二人重なる仕草はちょっとおかしかったが、完全に不意打ちを喰らったティルテュはけっこう痛そうだ。

 

「お帰り二人とも。雪遊びは楽しかった?」

「うん! ティルテュお姉ちゃんがゆきだるまになった!」

「そっか」


 ティルテュの背中に寝っ転がった状態で顔を上げ、満面の笑みを浮かべるスノウ。

 この子は本当にティルテュのことが好きで、隙あればこうして突撃して抱き着いている。


「むん!」

「わっ!」


 スノウを背中に乗せたままテュルテュが起き上がり、そしておんぶの状態からスノウを下ろす。


「まったく、いきなり抱き着いて来られると驚くから止めろといつも言ってるだろう」

「えー」

「えー、じゃない」

「でもティルテュお姉ちゃんもよく、ぱぱに抱き着いてるよ?」

「むっ……」


 一瞬、ティルテュが俺とスノウを交互に見る。

 たしかにティルテュにしても、ルナにしても、基本的に不意打ちみたいに抱き着いて来るよなぁ。


「旦那様にはいいのだ。どんなに強く抱き着いても大木のごとくしっかり受け止めてくれるからな」

「……ティルテュお姉ちゃんは受け止めてくれないの?」

「我だって正面からなら受け止めてやれるが……後ろから不意打ちされたらビックリしちゃうだろ?」

「そっかー」


 大精霊ということもあり、生まれたばかりであってもスノウはこの島の魔物よりもずっと強い。

 世界樹の蜜を舐めてから、スノウの力はだいぶ安定するようになったとはいえ、まだまだ子ども。

 誰彼構わず触って寒くさせるようなことはなくなったのだが、その代わり以前よりも力が強くなり、ティルテュでも不意打ちを受けたら押し倒されるようになっていた。


「というわけで、旦那様にならオッケーだ!」

「うん!」


 そうして二人はキラン、と瞳を輝かせて同時に俺の方を見る。

 これは……。


「旦那様ー!」

「ぱぱー!」

「おっと……」


 同時にタックルしてきた二人の衝撃でいつもよりちょっと押されるが、なんとか耐えることが出来た。

 しかしグラムたちの話ではティルテュはまだまだこれから成長するということだし、スノウも生まれたばかり。

 いくら俺でも、いつかこの二人に吹っ飛ばされるのではないだろうか、などと考えていると、扉の外から瞳を輝かせているルナの姿。


 そして彼女は少し腰を低くし、一気に地面を蹴って――。


「おーにーいーちゃぁぁぁぁぁん!」

「ぬわ⁉」

「おおー⁉」

「うおっ⁉」


 まさかの三連続アタックに耐えられず、俺は完全に押し倒されてしまった。

 というか、今までのルナよりもずっとタックルが強かったんだけど……。


「えへへ! ルナの勝ちー!」

「ちょっと待てルナ! そもそも我とスノウが先にアタックしたからであってだな」

「みんなでぎゅー!」


 さすがに最近、俺も自分が普通じゃないことくらいはちゃんと自覚している。

 神獣族一の怪力であるベヒモスを祖とするガイアスでも、俺をこんな風に吹き飛ばせなかったのだから、三人が合わさるととんでもないなとちょっと思ってしまった。

 俺の上に重なってワイワイと騒ぐ三人を見ていると、まあそんなことはどうでもいいかと思ってしまった。


「相変わらずモテモテねぇ」

「あはは……」

「ほら三人とも、立ちなさい」


 レイナはあまり気にした様子もなく、彼女たちを一人ずつ抱えると、そのまま起き上がらせていく。

 ルナもティルテュもスノウも大人しくされるがままで、慣れた様子で横並びになった。

 なんだか昔見た子供向けアニメみたいな動きで、完全に教育されている感じだ。

 

「三人とも、朝から遊んで汚れてるんだからお風呂入ってきなさい」

「「「はーい」」」


 てててー、と揃って出ていく姿は微笑ましい。

 もっとも、ティルテュに吹き飛ばされて蹲っているギュエスを見る限り、普通だったら大変なことになっていたはず。

 頑丈な身体を貰っておいて良かったなぁと、改めて思う。

 

「アラタも」

「ん?」

「雪で遊んでたあの子たちに抱き着かれて、結構汚れてるわよ。あの子たちが出てきたら、身体流してきなさい」

「はい」


 これじゃあ三人を子ども扱い出来ないなと思いつつ、俺はとりあえずギュエスを起こすのであった。

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