第88話 噂をすれば
スノウが家族となり、約一ヵ月。
ティルテュやカティマも以前より家に来る頻度が上がり、ルナもお姉ちゃんのつもりなのかよく遊んでくれている。
その甲斐もあって、スノウの笑顔が絶えない日はなく、俺たちも日々その笑顔に癒されていた。
「わーい!」
「こ、こらスノウー! 雪だるまを落としてくるなー!」
「あははははー!」
世界樹の蜜を舐めて力の制御が出来るようになったスノウだが、それであの子の自由さが無くなるわけではなく、結局のところ自由すぎる行動にティルテュが振り回され、ルナはそれを見て笑う。
子ども三人で遊んでいる姿はとても微笑ましく、そんな様子を俺とレイナは家の窓から眺めていた。
「まったく、また服が汚れちゃうわ」
「あはは、まあ子どもは風の子って言うからね」
家の外はスノウの力によって雪が積もっている。
どうやらこの島は四季というものはなく、年中穏やかな気候だ。
それでもときどき、最強種の人たちのせいで環境が変わったりするらしい。
今もスノウの力で気温は普通なのに雪が降るという謎の現象が起きていた。
不意に、最近よく感じるようになった強い力に気付いて空を見上げると、黒い小さな宇宙のような空間がゆらゆらと浮かんでいた。
「あれ、シェリル様だね」
「……あんなところから覗かなくても、こっちで見ればいいのに」
「まああの人なりに思うところがあるのかもだし、そっとしておこう」
ちなみに、地面の中から同じように強い力を感じるので、おそらくジアース様が隠れているけど、気付かない振りをしておいた。
「グエン様がいないってことは、今週の当番はあの人か」
アールヴの村を守る大精霊が必要なので、誰か一人は近くにいなければならない。
順番的には多分来週はジアース様だけど、また嫌だとか我儘言うだろうからシェリル様に折檻喰らうんだろうなと思う。
「なんだか、大精霊様たちただのお爺ちゃんとお婆ちゃんになってるわね」
「俺が出会った最初からそんな感じだったけよ」
とはいえ、この島に来てから結構経って、俺もだいぶこの島の雰囲気というか常識に慣れてしまったのかもしれない。
「そういえば、この間今朝、アラタが留守のときにギュエスが来てたわよ」
「え? ギュエスが?」
「ええ。なんだかグラムが、兄貴はこっちに来たぞ、って自慢してきて我慢出来なかったみたい」
「ああ……」
ギュエスというのは若い鬼神族のリーダーで、グラムは若い古代龍族のリーダーだ。
彼らはそれぞれ同年代同士で喧嘩をすることで成長し、己の中に眠る始祖の名を知っていくのだという。
始祖を知るためには強い相手と戦う必要がある。
そしてティルテュはすでにバハムートという、始祖の名を知っていたため仲間外れにされていたのだ。
まあ、そんな理由があるにしても、それで寂しい思いをしているティルテュを放っておけるはずもないので俺が仲介した結果――。
「あんなに懐かれるとは思わなったけど」
鬼神族と古代龍族の集団対俺、という明らかに人数差のおかしい戦いは、俺の圧勝で終わった。
それ以降、ティルテュが仲間外れにされることもなく、彼らの喧嘩に混ざったり、たまに俺を相手に大暴れしたりと、楽しく過ごしている。
「まああの子たち、強さ第一って感じだったものね」
「レイナも姉貴とか姉者とか呼ばれてる」
戦争のように大暴れしたあとはよほどお腹が空くのか、その後にみんなでご飯を食べるのが習慣だ。
普段は仲の悪い鬼神族と古代龍族だが、そのときだけは一緒になってワイワイと楽しくやっているし、その輪に中にはちゃんとティルテュも混ざっていた。
もっとも、最初からそうだったわけではない。
きっかけは、ギュエスとグラムが喧嘩をしたことで、ご飯をひっくり返し無駄にした瞬間のレイナのプレッシャーである。
「正直あれは、俺も命の危険を感じるほど怖かった……」
「あ、あれは仕方ないじゃない!」
あの瞬間、古代龍族と鬼神族の面々は全員がその場で正座をして、レイナに深々と頭を下げた。
戦ってはいけない相手がいると、深く心に刻まれたのだ。
それを見た俺は、この島の生態系でトップなのは料理中とご飯中のレイナだな改めて思った。
「毎回叩きのめして強さで慕われてる俺以上に、レイナの言うこと聞くからなぁ」
「そ、その話はもういいでしょ! それより、いい加減約束通り鬼神族の里に行ってあげないと、あの子拗ねるわよ」
あの子、というにはずいぶんと身体の大きいギュエスだが、レイナから見たらスノウたちみたいな子どもに見えるのだろうか?
「たしかに、前に約束してから結構経ってるか……」
先日、世界樹の蜜をお代わりしたいというスノウのために、ティルテュと古代龍族の里に行ったのだが、そのときにグラムとも出会った。
そしてそれを自慢したらしく、ギュエスも我慢が出来なかったのだろう。
あの二人はお互いに負けたくないライバル関係らしいから、仕方がないだろう。
「それじゃあ、次にギュエスが来たら鬼神族の里に行ってみようか」
「ええ。聞いた話だと、この島の織物とかは鬼神族が作ってる物が多いらしいし、ちょっと楽しみだわ」
「へぇ……」
この島の住人たちはそれぞれ交流が深いということはないが、それでも各々が得意とする物を物々交換しているというのは知っていた。
たとえばカティマたちアールヴとエルガたち神獣族は仲は良くないが、それでも手に入る食材などは交換し合っているらしいし、古代龍族が持ってる珍しい道具なんかも、交換の対象とのことだ。
そして知らなかったが、ルナたちが着ている服は、鬼神族が作っていたらしい。
手先が器用で、色々な道具を作って、他の種族の食材や色んなものと交換していたようだ。
「そういえば、ルナの服とかってちょっと巫女服っぽいね」
「巫女服?」
「あ、それは通じないのか。えーと、俺の世界の……神様に仕える人かな?」
「……聖女みたいなものかしら?」
「ああ、それでいいかな。まあ伝統が違うから、服の形は全然違うけど」
思い出すのは、召喚されたときに出会った聖女のセレスさん。
巫女服とは違うけど、多分イメージとしては間違っていないだろう。
とりあえず、なんだか昔の日本風な服装と言うのは正直興味がある。
和服というのは、男にとってはロマンなのだ。
「兄者はいるかぁぁぁ⁉」
そんなことを考えていたら、家の外から大きな声が聞こえてきた。
俺を兄者と呼ぶのは、この島で一人だけ。
「噂をすれば、来たね」
「そうね」
そうして俺たちはギュエスを家に招き入れて、話を聞くのであった。
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