第87話 優しい日々
スノウに追い付かれて抱き着かれた結果、ゼロスと並んで火に当たるティルテュ。
本人たちはあまり気にしていないが、スノウはちょっと物足りなさそうだ。
「レイナ相手だと制御できるみたいなんですけど……他だとまだ力が制御できないみたいなんですよね」
「あの子がママって呼んだ子ね……なんにせよ、あの子の面倒を見てもらってるお礼はさせてもらうわ」
「お礼とかいいですよ。俺たちもスノウが来て、楽しくやらせてもらってますから」
どうやらスノウはまだマーリンさんのことを友達と思っていないのか、あまり近づかない様子。
しかし火に当たってる二人にさらにちょっかいをかける気もないらしく、二人の周りをうろうろするだけだ。
「もう少し力を制御出来れば、みんなも遊びやすいんですけどね……」
「ああ、それなら世界樹の蜜を舐めさせればいいわ」
「え?」
「大精霊は生まれたらまず世界樹の蜜を舐めて制御を覚えるのよ」
「そうなんですか……ところでなんで前言ってくれなかったんです?」
「忘れてたのよ。千年に一回だし……」
ちょっと気まずそうに視線を逸らされるが、言われてみたら当然だ。
千年生きられるかは別として、たしかに俺も千年前のことを覚えていられる自信はない。
「それで、その世界樹の蜜ってどこに行ったらあるんですか?」
「エルフの里ね。世界樹は私たち以外の大精霊が守ってるから」
シェリル様曰く、元々大精霊というのは世界樹を守る使命もあるらしい。
ただ世界樹とともにこの島に来てしばらくすると敵もいなくなり、グエン様とジアース様は自由を求めて出て行ったらしい。
「なるほど……」
たしかに、あの二人が一つの場所で守り人のようなことが出来るとは思えなかった。
「ちなみにシェリル様はなんで世界樹から離れたんですか?」
「他の大精霊たちが嫌いだったから」
「な、なるほど……」
まあたしかに、いくらこの島の魔物が強くても最強種の一角である大精霊様に勝てるわけがない。
となれば、守るといっても明らかな過剰戦力だし、離れたいと思う人が出てきても仕方がないだろう。
そしてなんとなく、まだ見ぬ大精霊様たちは真面目な印象を受けた。
「あいつらは真面目なんじゃなくて、融通が利かないだけよ」
よほど嫌いなのか、ちょっと不機嫌になってしまった。
こういうときは、子どもの笑顔を見せるに限る。
「スノウ、こっちおいで」
「はーい!」
とてとてと走って来るスノウを抱き上げると、そのままシェリル様に渡す。
子どもの前で不機嫌な顔は出来ないだろうという俺の予想は当たり、スノウを受け取った彼女の雰囲気が柔らかくなった。
「スノウ、みんなともっと遊べるようになりたい?」
「うん! ティルテュちゃんやカティマとも、もっと遊びたい!」
「そっか」
それなら早く世界樹の蜜を貰いに行かないと。
なんて思っていると、だいぶ温まったのかティルテュがこちらにやって来る。
「旦那様、世界樹の蜜が欲しいのか?」
「あ、聞こえてたんだ」
「ああ……ちなみに我、持ってるぞそれ」
「え?」
「美味いと聞いたことがあってな、前に奪……分けて貰いに行ったのだ」
「今、奪ったって言いかけなかった?」
「……」
気まずそうに俺から視線を逸らす。
どうやら力ずくで奪った物らしい。
「気にしなくてもいいわよ。取られる方が悪いんだから」
「……そういうものなんですか?」
「そういうものよ。エルフはともかく、あそこにいる大精霊たちは気にしてないわ」
世界樹を守る使命を持っているのに、蜜を奪われるのはいいらしい。
本当かと疑わしい部分もあるが、シェリル様がそういうなら……。
「いや、エルフはともかくって、それって不味い気がするんですけど」
「いいのよ。凄い頑固だから、くれって言ったってどうせ渡さないんだし」
「えぇ……」
くれない物を奪うのは良くないのでは……と思うが、まあこの島の人たちの在り方なのかもしれない。
神獣族とエルフは交流があるって前にエルガが言ってたから、いずれは会いに行こうと思ったけど、しばらく延期だなこれは。
「ところで、本当にいいの? 貴重なんじゃない?」
「うむ。美味しくなくて残しっぱなしだからな。どうせもう飲まないから、好きにするといい」
「そっか。ありがとうティルテュ」
「その代わり!」
ティルテュが満面の笑みを浮かべて両手を広げてくる。
「我をぎゅっとするのだ!」
「えーと、こうかな?」
言われるがまま、ティルテュを正面から抱き締める。
小柄で子どもっぽい彼女だが、やはりそこは女の子らしい柔らかさと温かさがあって、ちょっとだけ緊張してしまうなこれは……。
「うむ! うむうむ! この力強い抱きしめ具合はやはり旦那様だな! 我は今、とても喜んでいる!」
「喜んでもらってなによりだよ」
「むふぅ。これで我が正妻戦争で一歩リード――」
「スノウもやるー!」
不意に、俺とティルテュが抱きしめ合っているのが羨ましくなったスノウがシェリル様の手を抜けて地面に降りる。
そしてそのまま、止まることなくティルテュの足にくっついて――。
「ぎゅー!」
「ピギャー!」
森の奥まで届くのではないかというくらい大きな悲鳴が、辺り一帯に響き渡った。
「わ、我は世界樹の蜜を持ってくるから、大人しく待ってるんだぞ!」
そう言ってティルテュはこれ以上寒くされてはいけないと、急いで自分の巣に戻り、すぐに帰ってくる。
スノウに世界樹の蜜を舐めさせると、スノウは力の制御が出来るようになり、みんなと触れ合いが出来るようになった。
「わーい!」
「おお、本当に寒くねぇな」
いつもは逃げていたゼロスたちとも積極的に遊べるようになって、スノウも前よりも楽しそうだ。
「それじゃあ、私は帰るわ」
「もういいんですか?」
「ええ……スノウのこと、よろしく頼むわ」
シェリル様は最後にスノウを優しく撫でると、そのまま闇に消えて行った。
スノウも寂しそうだったが、また遊びに来ると約束してくれたので笑顔でお別れだ。
そうしていつも以上に遊んだからか、太陽が沈むころには電池が切れたように寝入ってしまう。
眠っている姿は本当に天使みたいな子だなと思いつつ、ベッドに運ぶ。
「ぱぱ……たのしかったぁ……」
「うん。良い一日だったね」
こんな日がいつまでも続けばいいなと、そう思いながら、俺はスノウの頭を撫で続けるのであった。
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