第86話 栄光を求めて

 俺が家に帰ったことに気付いたらしく、すぐにスノウを抱っこしたレイナがやって来る。

 コアラみたいな抱っこの姿勢は、彼女のお気に入りのポーズだ。


「あ、アラタお帰りなさい……えーと、そちらは?」

「ただいま。とりあえず事情説明するからその目はやめて」


 その目というのは、またトラブルを持ってきたなという目をする。

 いや間違ってないんだけど、決して俺が持ってきたわけではないのだと否定させて欲しい。


「こちらはシェリル様。前に一回話した、闇の大精霊様だよ」

「……この人が」


 とりあえずシェリル様のことを紹介すると、レイナはかなり驚いた顔をした。

 そのまま流れで全部の事情を説明すると、さすがに呆れた様子を見せる。


「……まあ、事情はわかったわ。スノウ?」


 実はレイナの腕の中で寝ていたスノウを、軽く揺らして起こす。


「んー?」

「お爺ちゃんたちが遊びに来てて、スノウに会いたいんだって」

「おじいちゃん?」

「ちなみに、グエン様はじいじ、ジアース様はジイって呼ばれたいらしいよ」

「……」

「スノウ?」


 起きたスノウがシェリル様をジーと見る。

 初めて会う人にはこれをするのだが、あの神殿でも会ってるから初対面というわけじゃないはずだが……。


「ばあばだ!」


 ぴょん、とレイナの腕の中から飛び降りたスノウは、そのままシェリル様に抱き着く。

 どうやらスノウもちゃんとシェリル様のことは覚えていたらしい。


「ばあばー!」

「……」


 身長差があるので腰に抱き着く形だが、シェリル様はそんなスノウの頭を優しく撫で、そのほっぺに触れる。


「元気にしてたかしら?」

「うん! ままとぱぱといつも一緒! 友達も出来た!」

「そう、なら良かったわ。それにスノウ……良い名前貰ったわね」

「えへへー」


 今まで見たことがないほど穏やかな表情のシェリル様に、俺はつい固まってしまう。

 怖い人って印象があったのだが、それが一気にひっくり返ってしまったくらいだ。


「スノウは、グエンとジアースは覚えてるかしら?」

「おぼえてる!」

「そう。そしたら二人が貴方に会いたいらしいから、一緒に外に出ましょう」

「いいよー」


 そうして出ていく二人を見送ったのだが、大丈夫だろうか?

 あの様子であればシェリル様がなんとかしてくれそうだが、とはいえ放っておいてこの家を吹っ飛ばされても不味い。


「とりあえず俺が見て来るね」

「ええ……お願いね」


 外に出ると、少し離れたところにゼロスとマーリンさんが少し警戒した様子。

 その傍にはティルテュがいて、二人を守るように立っている。


 俺の家の前にいることもあり敵とは思っていないようだが、強い力を持った存在が三人も現れたのからだから仕方がないだろう。

 そして肝心のスノウはというと、ジーと大精霊様二人を見上げていた。


「……」

『……』


 グエン様とジアース様が緊張しているせいか、俺の家の前は異様な緊張感に包まれている。

 いや、ただ名前を呼んでもらおうとしているだけなんだけど、なんでこんな空気? って感じだけど。


「……」


 スノウがまずグエンに指をさし――。

「じいじ!」

「おっしゃぁぁぁぁぁぁ!!」

『ヌオオオオオオオオ⁉ ナゼダァァァァァァァ⁉』


 勝利による歓喜の声を上げながら炎を滾らせるグエン様と、先に呼ばれなかったことで絶望的な声を上げるジアース様。

 だがそれも、ゆっくりスノウが指をスライドさせて――。


「じい!」

『フォオオオオオオ! オオオ! オオオオオオォォォ!』


 いや二人とも、ちょっと大げさすぎでしょ。

 ジアース様の身体からなんか変な湯気みたいなの出てるし、興奮し過ぎである。


 そんな二人を見ながら怯えずにニコニコしているスノウ。

 この子は大物になるなと確信した。


「お、おい……ちょっと抱っこしてもいいか⁉」

『ナヌ⁉ き、貴様抜け駆けはズルいぞ!』

「抜け駆けじゃねえし! ちゃんと聞いてるし! なあスノウ!」

「んー……」


 また子供みたいな喧嘩をする二人に呆れていると、スノウはちょっと考える仕草をしながらグエン様を見る。


「熱そうだから、や!」

「なぁ――⁉」

『フ、フフフ……ならばワレが抱っこをシテやろう!』

「んー……」


 再び考える仕草をする。

 ちなみに、ジアース様は今興奮してるせいか、蒸気みたいなのが身体から噴出している状態。

 そして彼の身体は金属で出来ている。


 つまり……とても熱そうだ


「熱そうだから、や!」

『ヌアー⁉』


 そうしてスノウは二人から離れると、シェリル様のところに行く。


「ばあば! 抱っこ!」

「はいはい。手を伸ばしなさい」

「ん!」


 普段の怖い雰囲気とは違う、孫を慈しむような、とても優し気な雰囲気でスノウを抱っこする。

 とはいえ、シェリル様は見た目も若いので、祖母と孫というよりは母娘のように見える。


「お、おいずるいぞシェリル!」

『ソウダ! 我らにも抱っこヲ!』

「あんたら煩いし暑苦しいのよ。スノウが怯えるでしょ」


 シェリル様が指先をそちらに向けると、黒い渦が生まれる。

 そして二人はそのまま渦に吸い込まれるように消えて行った。


「おおー。消えたぁ」

「よ、容赦ないですね……」

「ふん。いいのよアイツらの扱いなんてこれくらいで」


 渦は少しずつ小さくなっていき、そのまま消えてしまう。

 元々シェリル様の移動用の魔法だろうけど、こういう使い方も出来るんだなぁ……。


「ちなみに、どこ飛ばしたんです?」

「アールヴの里よ。あのアホたちが顔見世ないと、いい加減アールヴの子たちも困るでしょう」

「ああ……」


 そういえば、結局あれからまだ一度も大精霊様たちは里に顔を出していないのか。

 大精霊様たちがいれば魔物たちも近づかないとのことだし、ちゃんといて欲しい。


「ばあば、おりる」

「そう?」


 シェリル様に降ろしてもらったスノウは、そのままティルテュの方へと走っていく。


「な、なんでこっちに――⁉」

「ティルテュちゃん、あーそーぼぉぉぉぉぉー!」


 とおっ、と思い切りダイブしてティルテュに向かって行くスノウ。

 いつもながら微笑ましい光景だが――。


「だがいつまでも同じ我と思うなよ! ゼロスガード!」

「ちょっ、ティルテュてめぇ! ギャアアア⁉ つ、つめてぇぇぇぇ!」


 ティルテュに盾にされたゼロスがスノウをキャッチすると、彼はすぐにスノウを地面に降ろして炎を生み出す。

 前に触れたときはちゃんと魔力でガードしていたが、今回は不意打ちだったからか、かなり寒そうだ。

 どうやらまだ、ゼロスはスノウにちゃんと認められていないらしい。


「……楽しそうね」

「そうですね。みんな仲良くしてくれてますよ」

「そう……」


 無邪気に笑いながらティルテュを追い回すスノウを見て、シェリル様が微笑みを浮かべている。

 こうして見ると、この人も優しい人だったんだなと思った。



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