第85話 じい事件

 ヴィルヘルミナさんが遊びに来てから数日後。

 この日、珍しく俺は一人で留守番だった。


 レイナは遊びに来たティルテュと一緒に、スノウを連れて散歩に出かけたからだ。

 どうやら俺がいないうちにスノウとティルテュは仲良くなったらしく――。


『ティルテュちゃん! あ・そ・ぼー!』

『ま、待て。ち、近づくなスノウ! それ以上はストップだ!』

『どーん!』

『ぬわぁぁぁぁ⁉』


 なんてやり取りが最近はよく見られていて、微笑ましいと思う。

 もっとも実際に突撃されているティルテュは本気で困っているようだが。


「まあでも、仲いいのは良いことだよね……ん?」


 留守番をしていると、外に強い魔力が突然発生した。

 覚えのある魔力だと思い、家から出る。


「邪魔するわよ」

「あ、やっぱりシェリル様でしたか。いらっしゃい。どうしたんです?」


 俺の言葉に一瞬どう答えていいか悩ましい顔をし、結局説明することを諦めたのか一言――。


「ちょっと面倒なことになったから、アンタ手伝いなさい」


 俺が返事をするより早く、黒い影が俺を覆う。

 そして気付いたときには、シェリル様の神殿、そのコロシアムにいた。

 しかも目の前には黒い球体――闇の牢獄だ。


「シェリル様、ちょっとこれ、デジャブなんですけど……」

「そうね。アンタの予想通りで多分合ってるわ」

「……いったいなにがあったかだけ、先に教えてもらえますか?」


 どうせまたトラブルだ。もう諦めた。

 なにを言ってもこの先の未来は変わらないのなら、説明だけは受けておきたい。


「そうね……前にあの馬鹿たちが喧嘩したの覚えてるでしょ?」

「はい」


 じい事件。

 俺は心の中で勝手にそう呼んでいる、あれである。


「でもあれは、結局どっちも呼ばれたいようにするって話で落ち着いたはずじゃ……」


 なんだかんだで、あれから二人は一度もスノウに会えていない。

 シェリル様が押さえ込んでいるからだ。


「というか、会わせてあげたらいいんじゃないですか?」

「簡単に言ってくれるわね。それで暴走して地形変わったら、アンタ責任取れるの?」

「あー……」


 そう言われてしまえば、なにも言えない。

 実際エンペラーボアが暴れるだけでも森はかなり形が変わる

 それ以上の力を持つこの島の人たちが全力を出せば、本当に地形が大きく変わってしまうのだ。


「あれ? でもこの島って気付いたら地形戻ったりしてますよね?」


 エンペラーボアが以前壊した森は、いつの間にか元通りになっていた。

 不思議なものだけど、ファンタジーならあり得るかって勝手に思い込んでいたのだが……。


「この島は回帰の力が働いてるからね。でもそれは普通の魔物が壊した場合。私たちみたいな超常種だと、その回帰の力も超えてしまうから元に戻るのが遅くなるのよ」

「知らなかった……」

「昔と違って、今はわざわざ力を使う機会もないから、知らなくても無理ないわ」


 さて、とシェリル様が闇の牢獄に手を伸ばすと、その闇が徐々に無くなっていく。


「結局あのアホども、どっちが先に呼ばれるか決めるために戦ってたんだけど……」

「……」


 闇が晴れたその先。

 そこには満身創痍と言っても過言ではない状態の大精霊様たちの姿。

 二人はまるで種族の未来をすべて背負ったような気迫で睨み合っている。


「……本気過ぎません?」

「だから質悪いのよアイツら」


 闇の牢獄から解き放たれたことは理解しているのだろうが、喧嘩を止める気はないらしい。

 お互い叫び声をあげながら、取っ組み合いに入ってしまった。


「それで、俺にどうしろと?」

「どうせ決着なんてつかないから、どっちが先に呼ばれるかアンタが選びなさい」


 チラッと取っ組み合いを見ると、お互い本気だ。本気で自分が先にじいじと呼ばれるためだけに、喧嘩をしている。


「……選ばなかった方に一生恨まれそうなんですけど」

「その代わり、選んだ方に一生守ってもらえるわよ」


 全然イーブンじゃないんだよなぁ、それ。


「もういっそ、二人とも連れて行ってスノウに選ばせますか……」

「それでもいいけど、暴れたらアンタが取り押さえなさいよ」

「……わかりました」


 とりあえずコロシアムに降りた俺は、二人の間に入る。


「ぬ、お前は!」

『貴様、ワレらの神聖な戦いにワリこむか⁉』


 二人揃って、険悪な視線を向けてくる。

 俺じゃなかったら睨まれただけで死んでしまうんじゃないかってくらい強い力だ。


「神聖かは置いておいて、シェリル様から許可もらったのでスノウのところに連れて行きますけど、まだ喧嘩続けますか?」

「おーし、行くぞジアース!」

『ウム!』

「現金だなぁ……」


 つい先ほどまで喧嘩をしていたとは思えないほど息ぴったりで握手する二人に苦笑しつつ、シェリル様の方に向かう。


「いちおう事情は聞きました。スノウがどっちを先に呼ぶか、それは俺にもわかりません」

「おう」

『承知の上ダ』

「だから、選ばれなかった方は暴れないでくださいよ」

「『……』」


 俺の言葉に対して、急に黙り込む二人。


「連れて行きませんよ?」

「わ、わかった!」

『約束スル!』

「よし」


 これで家の周りで暴れるということはしないだろう。


「ところでアラタよぉ……お前なにが欲しい? なんでも言ってみろ」

『ワレは大地の大精霊。貴様の望みヲ全て叶えヨウ』


 なんかあからさまに賄賂を渡そうとしてくるし……。


「俺を買収してもスノウの好感度は上がりませんよ?」

「ば、買収とか人聞き悪いこと言ってんじゃねえよ! ちょっとダチの欲しいもん聞いただけじゃねえか!」

『ソ、ソウダ! 我はただ、息子の欲しいモノを聞いたダケダ!』


 二人は必死に誤魔化そうとするが完全に好感度稼ぎだし、ジアース様に至っては、いつの間にか息子扱いしてきた。


「欲しい物も望みも、お二人から貰おうと思うものはないので安心して運命を受け入れてください」


 シェリル様のところに向かうと、ギロっと鋭い瞳で二人を睨む。


「今からこいつの家に行くが、暴れるんじゃないわよ?」

「わ、わかってるって! なあジアース!」

『ウム!』


 本当かなぁ……と若干不安に思うが、まあ二人がスノウに会いたいという気持ちは嬉しいものだ。


 シェリル様の闇に包まれてすぐ、家の玄関に到着していた。

 家の中に気配はあるので、どうやらレイナたちは散歩から戻ってきているらしい。


「とりあえず、事情説明してきますね」

「待ちなさい」

「え?」

「先にアンタ一人で入って説明したら、こいつらが後で納得しないかもしれないから私も一緒に行くわ」


 見ればソワソワとしている大精霊二人。 

 たしかに彼らの見えていないところで先にスノウと会ってしまえば、後になった方からクレームが出るかもしれない。


「わかりました。そしたら一緒にお願いします」

「ええ」


 そうしてシェリル様と一緒に家に入る。

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