第84話 森の氷鳥
レイナの腕の中で寝ていたスノウが、目をこすりながらヴィーさんを見る。
ジーと見つめ、言葉を発しないのは彼女の癖だ。
初対面の人がいたら、まず見る。どうやらそれで、なにかを感じ取っているらしい。
「ふむ……」
ヴィーさんが掌を開くと、そこから氷の結晶が生まれた。
それをまるでトランプを大量に出す手品師のように、無数の結晶を空高くへと飛ばしていく。
「わぁ!」
「どうだ? こんなこともできるぞ」
その結晶が地上に落ちてくる前に、結晶同士がくっつき合い形作り、氷の鳥となって空を舞う。
太陽の光を反射する氷鳥は、キラキラと霜を落としながらじゃれ合うように飛び回っていた。
「すごいすごい!」
短い腕を伸ばし、届くはずがないのに必死に手に取ろうとする姿は年相応の子どもそのもの。
スノウは喜び、興奮した様子だ。
「ふふふ、ここまで無邪気に喜ばれるのはいつ以来だ? 意外と悪くない」
ヴィーさんが指を出すと、そこに氷で出来た小鳥が止まる。
そのままゆっくり歩いてきて、スノウの前まで来た彼女は、指を見せる。
「どうだ?
「ことりさん!」
「ああ」
スノウが両手を伸ばすと、ヴィーさんが小鳥を渡す。
パタパタと小さな羽根を動かし、まるで本物のような動きだ。
「おー」
「私の意思で動いているからな。逃げることはない」
さらにヴィーさんが腕をまるで指揮者のように動かすと、それに合わせて氷鳥たちが一斉に動きを変えた。
まるで彼女を中心にオーケストラをしているようで、美しい光景だ。
「……綺麗」
「きれいー!」
隣で立つレイナも、先ほどまでの警戒を解いて、魅入ったように立っていた。
「森の氷鳥……どうだ、なかなか悪くない催しだろう?」
キラキラと尊敬のまなざしを向けるスノウに、ヴィーさんも満更ではない顔をする。
「ふふふ、こういう純粋な視線も久しぶりだ」
「普段の行いが悪いからですよ」
「失礼なやつだな。私は私なりに貴様たちとコミュニケーションを取ろうと思っているだけだぞ?」
「なら今回みたいな、喜ぶやつにしてください」
「断る。というより、私がなにをしようとお前らが勝手に喜べばいいんだ」
なんでこう、ちょっと意地悪なのだろうかこの人は。
まあ話を聞く限り、普段は北部にある城に一人で住んでいるらしいから、人肌が恋しいのだろう。
「ヴィーさんは、眷属とか作らないんですか?」
「……貴様を眷属にしてやろうか?」
俺の言葉に対して、急に真剣な表情を作る。
だがそれも一瞬。
すぐにいつもの、人をちょっと小バカにしたような表情に戻った。
「冗談だ、真に受けるな。そもそも、お前を眷属にしようと思えば、今のままではとても力が足りん」
あの一瞬、俺の目にはヴィーさんがいつもの彼女とはまったく違う生き物のように見えた。
「さて、スノウとか言ったなお前」
そんな俺の違和感は最初からなかったかのように、ヴィーさんはスノウの頭を優しく撫でる。
「……なぁに?」
「ふむ……まだ力がコントロールが出来ていないのか」
手を離すと、触れた掌にわずかだが霜が出来ていた。
どうやらスノウは無意識で、自分にとって味方かどうかを判断しているらしく、俺やレイナはちょっとひんやりするくらい。
ゼロスだと結構凍るし、マーリンさんは触れられないレベル。
そしてティルテュは、なぜかお気に入りなのに冷たいらしい。
おそらくあれは、ティルテュなら大丈夫だろうという信頼から来てるんだと思う。
ヴィーさんのことは気に入っている風だったけど、レイナが警戒しているから味方とはあまり思っていないようだ。
「生まれたばかりだからかな?」
「まあ、そういうことにしておいてやろう」
ヴィーさんはそのまま離れると、ゆっくり空を飛ぶ。
「帰るんですか?」
「ああ。今日もたっぷり、お前たちのイチャイチャっぷりを見させてもらったからな」
「……」
なぜこの人はそう言うことばかり言うのだろうか?
別に俺とレイナは、そんな恋人みたいなことしてるつもりもないのに、煽って来るからちょっと照れてしまう。
「あとはそうだな。そこの大精霊に関してだが、このままだと大変だろう? もしなにかあれば、私の方でも手伝ってやるぞ」
「どういう風の吹き回しよ……」
「おいアラタ。お前の嫁は人の好意も素直に受け入れられなくなってるぞ」
「それはヴィーさんが悪いと思います」
ジトーとこちらを見てきても、どう考えてもこれまでの行いが悪い。
あと嫁には反応しない。反応したらすぐにまたからかってくるから。
そう意思を込めて視線を返すと、彼女はつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「まったく、わざわざ太陽の下に出てきてやったというのに……」
「なにかお土産いります?」
「いらん。また今度、じっくり楽しませてもらうつもりだからな」
さてはまたなんか余計なこと考えてるなこの人。
そうじゃなきゃ、わざわざ真昼間からやってくるわけがない。
とはいえ、自分が楽しむためにやってるだけで、本当にこっちが危なくなることはやらないので、多分大丈夫だろう。
「それじゃあな」
「はい、お気を付けて」
「ばいばーい」
横でレイナに抱っこをされたスノウが、ブンブンと空に向かって小さな手を振る。
その様子にヴィーさんは少し笑い、小さく手を振って去っていった。
「……まったく、あの人はいつもいつも」
「あはは、まあヴィーさんもなんだかんだで、心配して見に来てくれたんだと思うよ」
「そうかしら?」
いつの間にか消えていた氷鳥。
残っているのはスノウの手にある雛だけだ。だがそれでも、動くことはもうない。
「おー……きれいー」
まるで初めて人形を貰った子どものように、じっと雛を見つめるスノウ。
この子からしたら、可愛い人形よりも氷で出来たこちらの方が嬉しいのかもしれない。
「とりあえず、今度なんかお礼をしないとね」
「……まあ、そうね」
レイナは少し納得いかなさそうなだが、それでもコクリと頷いてくれた。
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