第82話 聖女の旅 後編
そして――決着はあっさりと着いた。
「レイナの裏切り者ー。第一位に言いつけてやりますからねー」
「あー、はいはい。師匠には言っといていいから、早くどっかいきなさい」
「行きますよセティ! ってもういないし!」
本来自分たちよりも上位者であったはずの二人をあっさり追い返してしまい、レイナたちは少し驚く。
とはいえ、ある意味でも当然だったのかもしれない。
「まあ、あんな島にいたらこうなるわな」
「ええ……まあ、ええ……」
強くなった自覚はあった。
それでも、ここまでとは思わなかったのが本音だ。
「あの……」
改めてあの島のおかしさを感じ入っていると、背後からセレスが近寄ってきた。
「ん? ああ、無事だったかしら?」
「はい。おかげさまで三人とも怪我もなく……ですがその、よろしかったのですか?」
同じ七天大魔導同士で争っても良かったのか? という意味。
「貴方、聖女セレスよね? でそっちが勇者アークと魔法使いエリー」
「え? はい……そうですが……」
「やっぱり。前にアラタが言ってたのと同じ容姿してたから、そうだと思ったの」
「あ、アラタ様が……私の名前を出してくださったのですか⁉」
レイナがアラタの名前を出した瞬間、彼女はまるで仕える神に名前を憶えて貰ったことを感激する信者のような態度を取る。
「アラタは夢だって言ってたけど、大陸に住んだことのないあの人が聖女や勇者の名前を知ってるわけないから、また巻き込まれたんだってのはすぐ分かったけど……」
「ああ、アラタ様……やはりあの方は慈悲深き神……」
「いったいなにをすれば、聖女がこんな心酔するのかしら……」
また変なトラブル抱えたアラタに呆れていると、隣で困った顔をしたゼロスが口を開く。
「これ、どういう状況だと思う?」
「さあ? とりあえずアラタ絡みよ」
「ああ、なるほど。じゃあもうどうしようもねえな」
すでにアラタがとんでもないトラブルメーカーであり、巻き込まれたら自分の力ではどうしようもないことを理解しているゼロスは、慣れた様子で諦めた。
そうして感涙してポンコツになっているセレスではもう話にならないと、エリーがやって来る。
「それで、あんたたち、あのアラタってのとどういう関係なの?」
「ああん? なんだこのガキ」
「はぁ? ガキじゃないし。私はエリー、破滅の魔女よ!」
「破滅の魔女? お前が?」
ジーっと上から下までジロジロと見るゼロスに、いやらしい気配を感じたエリーは身体を隠す。
「変態」
「ガキの身体なんかにゃ興味ねえよ!」
「ゼロス……やたらティルテュに構ってあげると思ったら……」
「おいレイナ。それ以上変なこと言ったらぶっ飛ばすぞ?」
わーぎゃーと騒がしくなっている姿を少し離れたところから見ていたアークは、いつになったら本題に入れるんだろうと思っていた。
とはいえ、あれだけの脅威がなくなったのだから、仕方ないかなとも思う。
エリーもセレスも楽しそうなので、まあいいかとつい笑ってしまい、自分もだいぶ気が抜けていることに気が付いた。
「二人とも、まずは助けてもらったお礼をしようよ」
「あ、そうですね」
「……まあ」
そうして三人を代表して、アークが前に。
「今回は危ない所を助けてもらって、本当にありがとうございます」
アークが頭を下げると、セレスとエリーも同じように頭を下げた。
「まあ、いきなりのことだったけど、アラタの知り合いだからね。あと、前からカーラは好きじゃなかったし」
「俺はセティの野郎をぶっ飛ばしたかっただけだから、気にすんな」
レイナたちとしても、元々仲の良い相手、どころか半分敵対関係に近い相手だ。
今回の件は偶然が重なったとはいえ、いい機会だったと言えよう。
「ところで、お二人はアラタ様とどういったご関係なんですか?」
「ああ、それは――」
レイナが説明しようとして、一瞬言いよどむ。
自分とアラタの関係を言い表そうと思うと、中々難しいことに気付いたのだ。
仲間、友人。これらは間違っていない。
だがしかし、レイナとしてはそんな間柄だというよりももっと――。
「俺はアラタのダチ。んでこいつは、アラタの嫁」
「ちょっ――⁉」
「あん? なんだよ」
ゼロスがそう言った瞬間、レイナが顔を真っ赤にする。
いきなりとんでもないことを言い出した彼を叩きのめそうと思ったその時――。
「なんと! レイナ様はアラタ様の奥方様でしたか⁉」
「ち、ちが――」
「ああ、たしかに思えば女神様もかくやという美しさで……ええ、ええ! 納得です!」
完全にゼロスの言葉を信じ切ってしまったセレスは、興奮したように声を荒げる。
アラタのことを本物の現人神であり、世界の救世主であると信じている彼女にとって、その妻ともなればアラタと同じく仕える神同然。
その場で膝をつき、見上げてくるセレスにレイナはもはやなにから突っ込めばいいのかわからなくなってきた。
「レイナ様は七天大魔導という身から、アラタ様に見初められたのですね。あの、もし良ければその馴れ初めなどをお聞き頂けないでしょうか⁉」
「だ、だから私はアラタのお嫁さんとかじゃないから!」
「いやレイナお前……普段のいちゃつきっぷりとか見たら誰も信じねぇと思うぞ」
「いちゃ――⁉ そんなことしてないわよ!」
「ゼロス様! その辺りをじっくり! 少しずつ書き進めているアラタ様救世の書にぜひとも載せたい部分なので!」
セレスの暴走によってレイナが完全に押されている状態。
アークとエリーは呆れた様子だが、久しぶりに心から楽しそうに笑うセレスを止めようとは思わなかった。
「お前否定してるけどさ、ガキまで作ってんじゃん。ぱぱ、ままって呼ばせて」
「スノウは別に私とアラタが生んだ子どもじゃないってわかってて言ってるでしょ貴方!」
「お子さんまで⁉ そ、それはつまり夜にあんなことやこんなことまで……え、ええ! 夫婦であれば当然ですね!」
「ほらこの子もう変な妄想始めてる! っ――⁉」
ガシっとレイナの手を握るセレス。
そこ目は、もはや正気を保っているようには見えなかった。
「レイナ様。神は言いました。子は世界の宝だと! その過程である男女の営みは包み隠さずすべて晒す様にと!」
「そんなこと言ってる神いるわけないでしょ! あー、もう! ゼロス、どうしてくれるのよこれ!」
「く、はっはっはっは! ヤッベ腹痛ぇ!」
困ってるレイナを見て全力で爆笑しているゼロス。
レイナは後で彼を全力で叩き潰すことを心に決めた。
「レイナ様! さあ、さあ!」
「う、うぅ……」
問題はこの無邪気に迫って来る聖女である。
島ではこんな風にアラタと自分のことを追求してるくるのはヴィルヘルミナくらい。
彼女と違い悪意がまったくない、純粋な好意だけを向けてくるセレスは、レイナもどうしたらいいかわからなくなってきた。
「あ……」
そう思っていると、レイナたちの足元に魔法陣が現れる。
これは来たときと全く同じ形をしており、召喚とは逆、返還のものだろう。
「え? ちょっと魔法陣さん⁉ まだ私の用件は残ってるので勝手に返そうとしないでください!」
かつてない勢いで返還の魔法陣を止めようとするセレスだが、そもそも召喚術は定められた問題を解決したら召喚獣を元の場所へと返すもの。
敵である七天大魔導の二人を撃退した今、召喚対象を返そうとするのは当然だった。
「おお、これで終わりか」
「まあ召喚術だからね……」
いきなりの召喚だったが、召喚術に関しての知識を持っていた二人である。
このままいけばいつもの島に戻れることは分かっていた。
「いいのゼロス? せっかく島の外だけど」
「んあ? まあいいんじゃね? あの島での生活も悪くねぇし、なによりあそこにいたら今よりもっと強くなれるからな」
元々魔法使いとして頂点を極めるためにこれまで修行をしてきたゼロスである。
それも七天大魔導となり頭打ちになっていたが、ここにきてまだまだ実力が伸びる余地があることを知り、もっと強くなりたいという気持ちが溢れていた。
これまで彼ら修行してきた時間に比べれば、わずかな期間でしかない。
それでも、格上だった相手を圧倒できるほどの実力の向上は、魔法使いとして捨てられるものではなかった。
魔法陣がより強く光る。
どうやらこれで、本当に終わりのようだ。
「それじゃあセレスさん、さようなら」
「久しぶりの外で楽しかったぜ」
「あ、ちょ! まだアラタ様のお話を聞かせて――あ……」
笑顔で去ったレイナとゼロス。
残されたセレスは、ペタンとその場に座り込んでしまった。
「ああ、せっかくアラタ様のお話が聞けると思ったのに……」
「もうセレス! ちょっとはしたなさ過ぎるわよ」
「エリー……だって」
「あはは、まあよかったじゃないか」
「え?」
呆れたエリーと、穏やかに笑いながら近づいて来るアーク。
「だってこれで、ヴィルヘルミナさんが言っていた『縁』がまた強くなったってことだよ」
――なぁに、すでに縁は結ばれた。もしお前たちが本当にアラタに会いたいと思えば、きっと私たちのところにもやって来れるさ。
「あ……」
「今日の出会いも一つの縁。このまま行けば、いつか辿り着けるよ。神が住む島アルカディアに」
「そう、ですね……ええ、そうですね!」
立ち上がり、元気になったセレスを見て、エリーは単純だなぁと思う。
「まああの二人、どっちも楽しそうだったし……悪い島じゃないんでしょうね。なら、さっさと向かいましょう。それで、こんな追手に追われる生活も終わらせるわよ」
「はい」
「そうだね」
そうして三人は再び歩み出す。
目指す先は神が住む島アルカディア。
聖女と勇者と破滅の魔女。この三人の旅は続く。
そして、島に戻ってきたレイナたちの目に最初に飛び込んできたのは――。
「お、おおおおお! ようやく帰って来たなお前たち」
焚火の前で身体を震わせながらスノウをおんぶするティルテュの姿だった。
「あ、まま!」
「ほら、我が言った通り、ちゃんと戻ってきただろう! だ、だから早く背中から離れるのだ!」
「うん! ままー!」
背中から飛び降りたスノウがレイナに飛びつく。
少しひんやりするが、同時に感じる子ども特有の温かさと可愛さについ頬が緩んでしまった。
「ただいま。ところで……ティルテュ大丈夫?」
「お、おおお……我は古代龍バハムートだぞ! だ、だだだ大丈夫に決まっておるわ!」
焚火の目の前で膝を抱えながら震えていては説得力の欠片もないが、そういうことにしておこうとレイナは思った。
「ゼロス! ゼロスー! 火力アップだぁ!」
「へいへい」
近くの薪を拾っていき、火にくべていく。
ついでに直接炎魔法をティルテュにぶつけると、彼女はまるで温泉に入ったかのようにほっこりした顔をした。
「なんでそんな寒くなるのわかってておんぶしたんだよ」
「ス、スノウのやつ、おんぶしないと、ままー、ままーって泣くのだから、その、仕方あるまい!」
「お、おう……そうか。お前頑張ったなぁ……」
自分たちがいない間、ずっとそうしてスノウをあやしていたらしい。
少しくっつかれただけであれだけ寒そうにしていたのに、大した根性だとゼロスは思う。
「だ、旦那様の、子だからなぁ……」
「いやほんと、お前スゲェよ……」
この瞬間、今度からこいつの味方してやろうとゼロスは誓った。
そしてスノウはというと、レイナの腕の中でコアラみたいにぎゅっとくっついていた。
「ティルテュに遊んでもらったの?」
「うん! ティルテュちゃん大好き!」
「そっか。それならあとでお礼しないとね」
よしよし、とレイナが背中を叩くと、スノウは遊び疲れたからかすぐに寝息を立てる。
どうやら遊び疲れていたらしい。
「ね、寝ているときは可愛いではないか……」
「起きてても可愛いわよ」
「起きてるときは……我には、悪魔にしか見えん……」
そう言いながらも、ティルテュのスノウを見る目は優しい。
どうやらこの数時間で、二人の間にはなにかしらの絆が出来たらしい。
そんな会話をしていると、離れたところから慣れた気配を感じる。
「おーい」
「アラタだわ」
「旦那様か! 旦那様ー! 我を、ほ・め・ろー!」
慌てて焚火の傍から立ち上がると、ティルテュはそのままアラタに向かってダイブしに行った。
それを見送りながら、先ほどのセレスとの会話を思い出す。
「私とアラタの関係……」
それはいったい、どういうものだろうか?
ふと、抱きしめているスノウを見ながら、客観的に見たら夫婦にしか見えないことに気付いて顔を紅くしてしまう。
ティルテュを腰に付けたまま歩いて来るアラタとマーリン。
そして今、自分の近くにはゼロス。
元々仲の良くなかった二人とも仲良くなって、腕の中には自分をママと慕う子どもも出来て。
この島に来てから自分の周りはどんどんと変わっていって、その変化は決して嫌なものではなかった。
「……家族、か」
自分とアラタだけじゃない。
この島で出会った友人たちも含めて、自分たちの関係はおそらく、それが一番しっくりくる。
「……ふふ」
言葉にすると、少し胸が温かくなった。
それがなんだか嬉しく、レイナはゆっくりとアラタたちのところへと歩いて行くのであった。
――――――――――――
【今後の展開に関して】
書籍版ではすでにティルテュ以外の古代龍族や鬼神族などが登場しております。
WEB版ではまだ出ていませんが、今後書籍とWEBの両方を並行するにあたって、矛盾点を修正しながら進めるとどんどん内容が変化して書きづらくなり、最終的にWEB版を止める事態になりかねません。
そうならないために今後、書籍で登場した他の種族などは、WEBではその場にいて当然の流れで登場させていきます。
いきなり出てきて何だこいつ、となりますが、可能な限り矛盾点を減らすためとなりますのでご了承ください。
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