第81話 聖女の旅 中編

 常闇のカーラ・マルグリット、そして神風のセティ・バルドル。

 七天大魔導という人類最強の魔法使い集団の中でも上位に入る、まさに正真正銘の化物たち。


 追手を避けるため山岳地帯など人目を避けて行動していた勇者一行は、逃げ場もなく迎え撃つしかなかった。


「うおおおおおお!」

「……ほう。中々やるな」


 セティ・バルドルから凄まじい勢いで放たれる無数の真空刃。

 それを一つ一つ叩き落としていく勇者アークだが、その顔に余裕はなかった。


「アーク⁉ まとめて吹っ飛ばす!」


 エリーが手に持った杖から強大な火球を生み出し、真空刃を吹き飛ばそうと放つ。

 それは並の魔物であれば一瞬で蒸発させられるほど強力なものだが――。


「はーい、いただきまーす」


 地面から生まれた影の猫が大きく口を開き、火球を飲み込んでしまった。

 見た目こそ可愛らしいが、そこに内包された魔力はとんでもないもので、だからこそ使い手の嫌らしさを感じてしまう。


「ちぃ!」

「女の子が舌打ちなんて良くないですよー……」

「うっさい! これでも喰らえ!」

「あら?」


 エリーの叫びとともに影の猫の口から黒いモヤが生まれたと思うと、そのまま弾け飛ぶ。

 食べて吸収しきったかと思った火球には、破滅の力が宿されていたのだ。


「へぇ……凄い。これが噂の破滅の魔力ですか」

「まだまだ!」


 先ほどより小さいが、無数の火球を宙に生み出したエリーはその照準を七天大魔導の二人に向けた。


「アーク! 避けなさい!」

「うん!」

「滅びの業火よ、敵を焼き尽くせ!」


 アークが飛び退いたと同時に、まるで流星のように降り注ぐ火球の雨。

 エリーは破滅の魔女。

 彼女の魔力が込められた魔法は、その一つ一つに破滅の力が宿り、通常以上の力を発揮する。


 そんな火球群を前にして、性格がまったく異なる七天大魔導の二人は、奇しくも同じ表情をして口を開いた。


「「面白い!」」


 セティは先ほど以上の数の真空刃を、そしてカーラは己の影を変化させ、無数の鞭を。

 それぞれが得意とする魔法を持って迎え撃つ。


「こんのぉぉぉ!」

「あはははははは!」

「くくくくく」


 久しく感じる己の危機。

 全力を出さなければ死んでしまうかもしれないという状況に、二人は楽しくて仕方がないと笑っていた。


 より強い者と戦うことを至上とするセティ・バルドル。

 戦い、そして蹂躙すること。それに快楽を見出したカーラ・マルグリッド。


 本来、魔導を追求することこそ魔法使いの本分であり、それは七天大魔導でも変わらない。

 だがしかし、この二人はそんな魔法使いたちの中でも異端者と言ってもいい存在。


 それでも、二人は魔法使いの中でも『最強』に最も近い者たちだった。


「終わりか?」

「くふふー。良い感じで準備運動になりましたねぇ」


 すべての火球を防ぎ切った二人に、傷一つ存在しない。


「化け物どもめ!」

「聞き飽きた言葉だ」

「だからそんなこと言われても傷付きませんよー」


 圧倒的な才能を持つエリーだが、それでも相手は同格にして、その道の先駆者。

 将来ならいざ知らず、現時点ではまだ魔法使いとしての能力は負けていた。


「エリー、落ち着いて」

「でも……」

「僕が前、君が後ろ。そして僕らには、セレスがいる」

「……」


 この戦闘が始まってから今まで、セレスは己の魔力を高め続けている。

 それはアークの指示だ。

 以前から使われてきた召喚魔法。それは何度も彼らの窮地を救ってきたもの。


「戦って見てわかった。僕らはまだ七天大魔導に勝てる実力はない。けど……」

「時間稼ぎか……ま、いいわ。やってやろうじゃない」


 二人が前に出る。

 それに合わせてセティとカーラが笑った。


「作戦タイムはおしまいですか?」

「なら、続きだ。楽しませてくれ」


 そうしてお互いが前に踏み出した瞬間、四人の間に白い魔法陣が生み出される。


「来ます! アーク、エリー! 二人ともこちらへ!」

「うん!」

「今回はずいぶんと早かったわね!」


 二人がセレスのところまで引くと同時に、魔法陣は凄まじい輝きは解き放った。


「これが聖女の召喚魔法」

「人類の切り札とも呼ばれてるものか……楽しみだ」


 戦闘に喜びを感じる二人は、自分を脅かすであろう強力な存在の召喚を感じて、口元が緩んでいる。

 あえてここで潰そうとしないのも、これからの戦いを楽しみに思っているからだ。


「「なっ――⁉」」


 そして呼び出されたのは男女のペア。

 二人はいきなりの状況に戸惑い驚いているようにも見える。


 そして驚いたのはセティたちも同様だ。

 あまりにも予想外過ぎる人物の登場に、思わず呆けた方な声を上げてしまう。

 

「うそ、レイナ? 死んだんじゃ……」

「ゼロス、だと?」

「あん? ってお前セティか!」

「え? あ、カーラ……? え? ということはここは、大陸?」


 広い山岳地帯に、七人の人間。

 それだけいるというのに、それぞれが戸惑い行動が起こせないでいた。


 セティとカーラは死んだはずの同僚を見て驚き、本物かと疑う。

 レイナとゼロスは突然の事態に驚き、状況把握に周囲を伺う。

 そしてアークたちは――。


「ゼロス? それにレイナって、まさか滅炎と万魔⁉」

「ちょ、なんでセレスが召喚したのに敵の増援なのよ!」


 これまで通りなら味方が召喚されると思った。

 それが蓋を開ければ、敵が増えてしまい焦らずにはいられなかった。


「こ、これは……あれ?」


 焦るアークたちに対して、セレスが少し不思議そうな顔をする。


「あのお二人……アラタ様の気配がする?」

「え?」


 状況が理解出来ないレイナだったが、突然聞き覚えがある名前に振り向く。


「貴方今、アラタって言った?」

「え?」

「アラタと知り合いなの?」

「あの、えと……はい。アラタ様には以前命を救って頂きました」

「そう……それじゃあ貴方たちが前にアラタの言っていた……」


 レイナはそれだけ言うと、カーラたちの方を向く。


「それでカーラ。貴方たち、この三人を狙ってるの?」

「んんんー? もしかしてレイナ、その三人を庇うんですか? 同じ七天大魔導なのに?」

「仲間意識を持ったことなんてないくせに、そんなこと言うなんておかしな話ね」


 レイナは少し離れたところでゼロスとセティが話しているのを見る。

 話しているうちに段々とヒートアップしていったのか、二人の魔力が高まっているのが分かった。


 つまり、この状況も分からない中で、お互い話し合おうなんて気はさらさらないということ。


「……くふ。くふふふふふ」


 そしてそれはカーラも同様だろう。

 すでにレイナを敵と見た彼女は、強大な魔力を背後に漂わせている。


「……不思議ね」

「んんんー、なにがですかー?」

「昔は貴方も、それにセティもとても強くて怖い人たちだと思ってたけど……」


 七天大魔導の中でも、第四位と第五位以下では実力に大きく差があった。

 そしてその中でもレイナは、そんな彼らを化物だと思っていたのだが――。


「本物を知ると、ずいぶんちっぽけなものだわ」

「ずいぶんと余裕ですねー。第七位だったレ・イ・ナ・ちゃん?」

「そう、そう見えるならきっと、本当に余裕なんだわ。だって――」


 ――本当の最強を、知ってしまったから。


 そう言った瞬間、レイナの魔力が爆発的に増える。

 それはカーラのそれを大きく上回り、なおまだ増えて続けていた。


 隣では近しいレベルで魔力を放出するゼロスに、セティが圧倒されている。


「なっ⁉ これはいったい……」

「まあ昔のよしみで、追い返すだけにしてあげるわ」

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