第78話 浄化

 病気になった獣人族たちをスザクさんの屋敷に集めたマーリンさんは、一人一人を診察していく。


「獣人たちって聞いて想像していたけど、やっぱりオルク病ね」

「オルク病?」

「なんだよそれ?」

「獣人族特有の伝染病。感染力は強いけど、死に至るケースは滅多にない病気だから、一先ず安心していいわ」

「そうか……」


 マーリンさんの言葉に、スザクさんがホッとした様子を見せる。

 だがマーリンさんの顔は険しいものだ。


「どうしたの?」

「オルク病は治療法がまだ確立されてないのよ。清潔な場所で、体力を失わないように食事とかの管理をきっちりすること。それだけだから……」

「そっか。なら俺がやるよ」

「お前だけにやらせるわけにはいかねぇだろ。俺も――」

「おい長!」

「あん?」


 スザクさんの言葉を遮るように入って来たのはエルガだった。

 彼は慌てた様子で部屋の中にやってくる。

 

「ルナのやつも感染しやがった!」

「え? ルナが?」

「なんでだよ……アイツもまだ始祖の名を引き継いでないとはいえ、神獣族だぞ?」

「知るかよ! どうすればいい⁉」


 普段の冷静な彼らしくない、本当に慌てた雰囲気。

 たしかに獣人たちの苦しんだ姿を見れば、かなり危険な病気にも見える。


「……とりあえず死ぬ病気じゃねぇらしいから落ち着け」

「だが!」

「落ち着けっつってんだろうがこのアホが!」

「ぐっ⁉」


 目にも止まらない速度で動いたスザクさんが、エルガの腹を殴った。

 エルガは神獣族の中でもトップクラスの戦士だと聞いたが、それでもスザクさんの不意打ちには耐えられなかったのかそのまま気絶する。


「ったくこいつ相変わらずルナのことになったら目を変えやがって……」

「大丈夫なんですか?」

「平気だろ。手加減もちゃんとしたしな」


 その割にはすさまじい打撃音だったが、今はいいか。


「それで、状況を考えると神獣族でもかかっちまうってことか?」


 スザクさんがマーリンさんに向き合って尋ねると、彼女はコクリと頷いた。


「断言はできないけど、そう仮説した方がいいわ」

「そうか……だとしたら、俺らが看病するわけにはいかねぇなぁ……」

「ええ。まず病気になってない獣族と獣人をこの屋敷に集めて、この里から離れて。その間、看病は私たちがするから」


 どうやらこのオルク病というのは、俺たちが想像していた以上に厄介らしい。

 幸い、俺は病気をしない身体だから万が一もない。

 獣人だけがかかる病気ということだし、マーリンさんも大丈夫だろうが……。


「大丈夫よ。私も水魔法のおかげで病気に対する抵抗は強いから、仮にオルク病じゃない新種だったとしてもそう簡単にはかからないわ」

「そっか……」

「ただ、レイナとゼロスは止めておきましょう。もしオルク病じゃない大変な病気だったとき、人間の二人にどう影響を及ぼすかわからないからね」


 そうしてマーリンさんはテキパキと道具を準備していく。

 俺も見ているだけではなく、レイナから借りた道具をそれぞれ出していると、スザクさんが少し暗い顔で頭を下げた。


「悪い」

「気にしないでください」

「ええ。乗りかかった船だし、さっきも言ったけど獣人たちには結構お世話になってるからね」


 俺たちの言葉にスザクさんも少し安心した顔をする。


 どんな敵でも倒してしまう力を持つ最強種だったとしても、病気から仲間を守ることは出来ない。

 適材適所。出来る人が出来ることをやればいいのだ。

 

「この借りは、絶対に返す」

「楽しみにしてるわ」

「俺もです」


 変に遠慮するよりも、この方がスザクさんもいいだろう。


「だから今は――」

「わかってるよ。エルガや他の神獣族を連れて、里からしばらく離れておく」


 そうしてスザクさんたちは里を離れ、残ったのは俺たちだけ。


「さぁて、それじゃあ寝る暇もないと思いなさい」

「了解。いくらでもこき使ってくれていいから、しっかり看病しよう」


 マーリンさんの指示は実にシンプルで、獣人たちの寝床を綺麗にする。

 栄養がきちんと取れるように、ご飯を食べさせる。


 ただそれだけだった。


「ほら、ルナ」

「うぅー……しんどいよぉ」

「しんどくても食べないと駄目だよ」


 普段の元気な様子からは想像も出来ないほど弱ったルナの口にスープを食べさせる。

 命に別状はないとのことだが、相当しんどいらしい。


「美味しくないよぉ……」

「それはごめん」


 マーリンさんから病人食のレシピを渡されて、頑張って作ったのだが残念ながら不味かったらしい。


「ほら、頑張って」

「うぅー……お姉ちゃんのご飯が食べたいよぉ……」


 そう言いながらも完食したルナを布団に寝かせる。

 熱で疲れているのか、すぐに寝息を立てるので俺はまた別の獣人たちに同じようにご飯を食べさせに行った。


 その間、マーリンさんはそれぞれの家を清潔にしていく。


 これを繰り返すこと三日間。

 元々そんなに長く続く病ではなかったらしく、徐々に治っていく獣人たちが増えてきた。


「治ったらすぐ出ていく! 免疫が付いたなんて甘い考えは駄目よ!」


 さんざん世話をして貰ったせいか、獣人たちはマーリンさんの言葉に逆らうこともなく、素直に出て行った。

 そうして更に三日――。


「復っ活ー!」

「良かったねルナ」

「うん! お兄ちゃんも、マーリンおばさんもありがとう!」

「お礼を言うならおばさん呼びは止めなさい!」

「はーい!」


 結構症状が重かったルナも復帰し、これで獣人たちは全員回復したことになる。

 とはいえ、油断は禁物。

 どこに伝染病の原因となる菌が蔓延しているかわからないので、しばらく浄化魔法をかけていくことになった。


「……本当に化物ね貴方」

「その言い方は傷付くから止めて欲しいなぁ」


 何故そんなことを言われたかというと、マーリンさんを見て覚えた浄化魔法を俺が里中にかけたからだ。

 彼女一人だと丸一日以上かかるそれだが、無尽蔵にある俺の魔力は途切れることを知らず、一時間ほどですべて浄化しきってしまった。


「念のため、あと二日は様子をみましょうか。平気よね?」

「もちろん」


 その言葉の通り、俺は神獣族の里に浄化魔法をかけ続ていく。

 漏れがないようにマーリンさんがチェックをしていき、そして――。


「マジで感謝するぜお前ら!」

「無事にみんな戻って来れて良かったですね」

「おう! おいマーリン! テメェも良くやってくれた! 俺様に出来ることならなんでもやってやるよ!」


 高らかとそう宣言するスザクさんに、マーリンさんは少し考える素振りを見せる。


 そういえば、以前スザクさんから同じことを言われた俺は、この島からの脱出方法について聞こうと思ったことがある。


 結局レイナが望んでいなかったため聞く機会はなかったが、マーリンさんやゼロスたちにとってこの島は危険な場所。


 もしかしたら彼女は――。


「それじゃあ――」


 俺がそう考えている内に、考えがまとまったのか口を開く。


 その内容は――。

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