第77話 押して駄目なら引いてみろ
「旦那様ー!」
「おっと!」
マーリンさんに近づいて行くと、先ほどまで静観していたティルテュが突撃してくる。
これももう慣れたもので、俺もいつも通り受け止めるとスリスリと頭をこすりつけてきた。
途中でウネウネ動いていたバジリスクの下半身が潰されたが、それは見なかったことにしよう。
「む? 旦那様、なんだかいつもと違う気がするのだが?」
「え? そう?」
「ああ、レイナ以外のメスの匂いがする……まさか、浮気か⁉」
「えぇ……」
多分スノウのことを言っているのだろうけど、これはどういう風に説明したらいいのだろうか?
「とりあえず話すと長くなりそうだから、あとで説明するけど浮気じゃないよ」
「……そうか。まあそれならいい」
そう言いながらも自分の匂いを付けようとこすりつけてくるティルテュにされるがままにしながら、マーリンさんを見る。
「実はマーリンさんに用事があって追いかけてきたんだけど……」
「わ、私に……?」
顔面を蒼白にしている彼女を見ると、ちょっといきなりすぎたかもしれないと反省する。
「なんだ、神獣族の長じゃないか」
「おうバハムートのガキ。久しぶりだな。だけど今日はお前さんに用はねぇんだ」
「……ほう」
「……なんだよ」
「我としては旦那様と一緒に歩いてきた理由を……むぐ」
一触即発、といった雰囲気を出しそうになったので慌ててティルテュの頭を自分の腹に抑える。
「はいティルテュどうどう。スザクさんも喧嘩をしに来たわけじゃないんだから、そこまでにして」
「むぅ……」
「ま、そうだな」
二人して殺気を抑えるので、ようやくマーリンさんもホッとした様子を見せる。
たしかに今の二人の力がぶつかり合えば、たとえ慣れてきたとしても彼女にはきついものがあったのだろう。
「本当に、この島に来て成長したと思ってもすぐこれだわ」
「まあでも、さっきは凄かったよね」
「……七天大魔導として、人類最強の魔法使いとして、いつまでも雑魚扱いされるわけにはいかないのよ」
そういえばたまにゼロスも修行をしているところを見る。
彼もまた、もっと強くなってこの島で生き延びようと必死なのかもしれない。
「それで、わざわざそんな人と一緒に追いかけてきて、なんの用よ」
「ああ、それがね……」
俺はティルテュを抱きかかえながらスザクさんの話をそのまま伝えると、マーリンさんは納得した様子を見せた。
「なるほど……流行り病かしら?」
「わっかんねぇんだよ。ただテメェがそういうのに詳しいってんなら、一度診てくれねぇか?」
そう言いながらスザクさんは頭を下げる。
頼みごとをするなら自分で会いに行くなど、神獣族の長として仲間を助けるためならこうして筋をしっかり通せる人だなと思った。
その様子にマーリンさんも目を見開いて驚いていて、一瞬固まってしまう。
しばらくして、少し気まずそうにしながらスザクさんに歩み寄った。
「まあ、獣人たちにはお世話になってるし、一度診てみましょう」
「恩に着る」
「えぇ……またなにかの機会に返してくれたらいいわ」
そう言って一緒に神獣族の里に向かおうとした俺たちだが――。
「待てマーリン! このあと我と一緒に練習する予定だっただろう!」
俺から離れたティルテュがマーリンさんを引き留めようとする。
「練習?」
「あー……」
心当たりがあるのか、マーリンさんは少し困った顔をする。
チラっと俺の方を見て、若干気まずそうにしているのはなんなんだろうか?
「おいバハムートのガキ。それは獣人族の病気を診るより大事な用なのかよ」
「む……別にそっちだって急ぎなわけじゃないのだろう! 我の方が先に約束をしていたのだ! 約束は大事だろ!」
「……」
再び睨み合いをするティルテュとスザクさん。
どっちかというと、ティルテュにはちょっと我慢して欲しい所だが、彼女にも譲れないものがあるのかもしれない。
とりあえず事情を聞こうと思ったら、腕を引かれる。
「余計拗れるから貴方はいかなくていいわ」
「あ、でも……」
「私が説得してくるから」
二人の殺気が飛び交う場所に進んでいくマーリンさん。
その顔はやや恐怖にも彩られているが、それでも歩みを止めないのは凄いことだ。
「ティルテュ、ちょっとこっち来なさい」
「むむむ? マーリンよ、約束は大事だぞ!」
「わかってるから。でもね、これも一つの駆け引きなのよ」
「なに……?」
彼女の言葉に殺気を消したティルテュは、素直にマーリンさんについて行く。
なんというか、雰囲気は全然違うが姉と妹みたいだ。
「なんだありゃ」
「さあ……?」
二人でしゃがみ込み、なにかを話し合っている。
いちおう聞こうと思ったら聞こえるはずだが、さすがに盗み聞きは良くないだろう。
マーリンさんの言葉にティルテュは少し驚いたり、納得したりした風を見せ、しばらくしてご機嫌な様子で戻って来た。
対照的に、マーリンさんは若干疲れた様子。
「旦那様よ! 気を付けて行ってくるのだぞ!」
「え? あ、うん」
先ほどとはずいぶんと異なる態度だが、まあ納得してくれるならいいか。
ティルテュはドラゴンの姿になって自分の住処に戻っていき、残された俺はというと彼女の態度の豹変が少し気になった。
「なんて言ったの?」
「内緒よ。まあ貴方には今後も頑張ってもらわないとだけど……」
「本当になに言ったの⁉」
意味深な視線を向けて言葉を切るのは止めて欲しい。
ただでさえ最近、自分でやらかそうと思ってないのに色々とトラブル持ってきて怒られてるんだから……。
「さて、そうと決まったらまずは一度レイナのところに行かないとね」
「ん? 直接神獣族の里に行かねぇのか?」
「なんの病気かわからないけど、最低限の道具は必要なのよ。身一つの流れ着いた私と違ってレイナは色々と役に立つ道具持ってきてるし、借りてから行きましょう」
なるほど、と感心したスザクさんは、本当に病気とかのことについてはあまり知識がないのだろう。
とはいえ、俺も道具のこととか完全に頭から抜けていたので人のことも言えないのだが……。
一度道具を取りに家に帰ると、ゼロスで遊んでいるスノウを見たマーリンさんが驚いていた。
だが、今は病気を診る方が先決だということで、神獣族の里に向かう。
「あとでなにがあったのか、教えてもらうわよ」
「うん……」
しかしどう説明しても、変な目で見られる気しかしない。
とりあえず会ったことを順序立てて説明しようと、そう思っていると里に到着する。
そして――そこには病に苦しむ獣人たちの姿があった。
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