第76話 マーリンの魔法

 もしかしたらゼロスでも対応できるかも、と思い事情を説明するが、残念ながら彼も医療に関しては素人同然だという。


 ただし、やはりマーリンさんはその手のことには明るいらしく、力になれるかもとのことだ。


「それで、マーリンさんってどっちの方に行ったかわかる?」

「川の方だな。そこでティルテュに守ってもらいながら狩りをするってよ」

「そっか、了解」


 ここで待っていて、いつ帰ってくるかわからない。

 とりあえず川の方に行って、いなかったら戻ってこようということになった。


 もしすれ違いになってもゼロスに事情を伝えているので、マーリンさんも待っててくれるだろう。

 最近、道の整備もしたので川まではそれなりに綺麗な歩道がある。

 とはいえ、森の魔物たちに荒されてしまうので適度に直す必要はあるのだが……。

 

「そういやお前、気配感じられるんだよな? だったらすれ違う心配とかないだろ」

「うーん……マーリンさんくらいだと、ちょっとこの森の魔物たちの気配に消されちゃうので……」

「だったら一緒にいるバハムートのガキの方を探せばいいじゃねえか?」

「あ……たしかに」


 ティルテュほど大きな力を持っている者は、この島でもそこまで多くない。

 まして一般的な魔物であればティルテュの気配を感じたら逃げてしまうので空白地帯が出来るはず――。


「ってあれ? ティルテュの気配がわからない?」

「ってことはわざと隠してんだなそれ」

「なんで……あ、マーリンさんの修行のためか」


 この島の生態系トップに君臨するティルテュが近くにいるとわかれば、魔物たちはいなくなる。

 それではマーリンさんの修行にならないため、わざと気配を消しているらしい。


「なんつーか、古代龍族が誰かのために動くってのも不思議なもんだぜ」

「そうなんですか?」

「おう。あいつら実力主義だからよ。自分より強いやつに従うことはあるが、その逆は絶対にねぇ。だからなんつーか……」


 ――時代は変わったなぁ。


 少しだけ寂しそうにそう呟く姿を見ると、若々しい姿とは裏腹に老練な雰囲気も感じられた。


「俺からすれば、成長したなぁって感じですけどね」

「ま、お前らからすればそうかもな」


 前まではそんな器用なことは得意じゃなかったのに、レイナとかマーリンさんたちのために覚えたことだろう。

 そう考えるとスザクさんの言う通り、変わったのかもしれない。だけどそれは、良い変化だと思う。


「あ、いましたね」


 森を抜けた先にある川では、目的の人物であるマーリンさんとティルテュが一緒にいた。

 

 その正面にはそんな彼女たちを狙っている足の生えた巨大な蛇の魔物。

 見たことのない魔物だが、エンペラーボアとかよりは弱そうだ。


「バジリスクか」

「なんか聞き覚えがあるけど、危ない魔物ですか?」

「まあ大して強くないが……結構強力な魔眼持ちの魔物でな。見た相手を動けなくしちまうんだ」


 そうだ、見た相手を石化させるとか、そんな感じで出てくる魔物だ。


「……それって、めちゃくちゃ強くありません?」

「俺様とか神獣族のやつらには、そもそも魔眼が効かないからな。とはいえ、あのレベルの人間じゃ……」


 マーリンさんとバジリスクが睨み合って動かないでいた。

 もしかしたらもう魔眼を受けて動けないのかもしれない――。


「あっ――!」


 そんなことを考えていると、バジリスクが勢いよくマーリンさんに飛び掛かった。


 もし魔眼を受けているとしたら大変だ!


 そう思って足元の石を拾って投げようとしたところで、スザクさんに腕を掴まれる。


「スザクさん⁉」

「落ち着けって。もし本当にヤバかったらバハムートのガキがなんとかするさ」

「あ……」


 たしかに、マーリンさんのすぐ近くにはティルテュがいる。

 神獣族の面々に魔眼が効かないのであれば、当然彼女だって無効化出来るはずだ。


「いい加減、こっちにも七天大魔導のプライドってもんがあるのよ!」


 そんな彼女の叫び声とともに、マーリンさんが腕を振るう。

 同時に凄まじく細い水の線がバジリスクの身体を切り裂いた。


「おお!」

「へぇ、なかなか面白い魔法使いやがるじゃねえか」

「前はあのレベルの魔物には勝てなかったのに……」


 この島にきて、マーリンさんも強くなったのかもしれない。

 そういえばレイナも、最初の頃は勝てなかった魔物とかもたまにルナとかと狩ってくるときあるし、みんな成長してるようだ。


「ん?」


 上下二つに分かれたバジリスクは、ウネウネとまだ動いている。

 その内の上半身部分が、少しずつ背中を向けたマーリンさんに近づいていき――。


「危ない!」


 とても真っ二つにされたとは思えないほど凄まじい勢いでマーリンさんに襲い掛かる。

 彼女も気付くが、そのときにはもう大きく開いたバジリスクの歯が彼女に突き刺さろうとしていた。


「甘い! いつ死ぬかわからない島にいて、対策の一つもしてないわけないでしょ!」


 バジリスクの歯が刺さる。

 そう思ったが、彼女の身体が蒼い水が覆われており、その歯が受け止められていた。


「ったく、真っ二つになっても動くなんて、本当にこの島の魔物は化け物ばかりね……だけど、これで終わり!」


 マーリンさんを覆った水がそのままバジリスクの身体に纏わりつき、そのまま球体となって閉じ込められる。

 必死に逃げだそうと暴れるが、そもそも上半身しかない状態では力を発揮できないからか上手く動けないでいた。


 そうしてしばらくして、バジリスクの口から大きな泡が噴き出ると、そのまま力を失ったように動きを止める。

 どうやら完全に窒息死したらしい。


「ふん、ざっとこんなもんね」

「おおー」


 髪をかき上げる仕草をして決めポーズをとるマーリンさんは、出来る女って感じがして格好良かった。


 その姿に思わず拍手をしながら近づくと、彼女は少し照れた顔をしている。

 そしてすぐに俺の横を歩くスザクさんを見て、顔を青ざめさせた。


 ――どうやらまだ、本物の最強種は彼女にとって恐怖の対象だったらしい。

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