第74話 お別れ。そして……

 アールヴの村から宴から一夜明け、俺はカティマや長老の前にいた。


「改めて大精霊様の件、礼を言うぞ」

「ああいや、実際なにかしたわけじゃないので……」

「いやアラタ。お前それはないだろ」


 カティマの視線が俺の少し下。

 膝の上にすっぽり嵌ってご機嫌な様子のスノウに向けられる。


「大精霊様の親代わりを任せられるとか、あり得ないことだぞ」

「そんなこと言われても」


 実際、俺がなにかをしたわけじゃないのだ。

 ただ大精霊様の住処に行って、話を聞きに行ったらいつの間にかこの子に懐かれてしまっただけなのだから。


「まあ、アラタはアラタだからなぁ」

「なんにせよ、カティマも良い凄い縁を結んだのぉ。この縁、大事にするんじゃぞ」

「ん、分かった……」


 俺たちの家では自由奔放だったカティマも、以外とこの村に帰ってからは常識的な姿が見られる。

 今までとは異なる彼女の一面を知れて、今回の旅行は来てよかったなと思った。


「ぱぱー」

「ん?」

「ままのところ行ってきていい?」

「いいけど、場所わかる?」

「うん。ままの魔力、あったかいから間違えないもん」


 厨房でサリアさんと一緒にいるのでちょっと離れているはずだが、大精霊としての感覚かなにかで把握ができるのだろう。


 ピョンっと俺の膝から立ち上がったスノウは、そのまま小走りで出ていき――襖のところで一瞬振り返る。


「行ってきます!」

「うん、気を付けてね」

「はーい」

 

 笑いながら出ていくスノウを見送ると、長老が穏やかな笑みを浮かべていた。


「愛らしいのぉ。それにしても、新しい大精霊様の誕生など久しぶりじゃ」

「久しぶりというか、普通は見られないと思うぞ長老」

「なぁに、カティマも長生きしておれば、何度か経験するものじゃよ」

「千年に一回くらいって話なんだけどなぁ」


 アールヴってそんなに長生きなんだろうか?

 カティマの様子だと、長老が特別なだけの気もするけど。


「グエン様もジアース様も、生まれたての頃はそれはそれは可愛らしかったものでな」

「……あの二人が?」

「うむ。シェリル様はワシが生まれたときにはもう存在されておって、二人のことはそれぞれ大層可愛がっておったよ」


 ライオンのような炎のたてがみを靡かせた、大柄のグエン様。

 全身ロボットみたいな見た目のジアース様。

 そしてそんな二人を育てるシェリル様。


 先日見た彼らの力関係を見れば納得できるのだが、優しく子育てをするシェリル様はあまり想像できなかった。


 ――というかそもそも、ジアース様って成長するのだろうか?


 あと何気に、あの三人だとシェリル様が一番年上なのか。

 千年に一度くらいで生まれるって話だから……少なくともシェリル様が生まれたのは四千年以上前……。


 一瞬、背中がぞわっとした。

 まるで地獄の底に存在する影が俺の背中をそっと撫でるような、不吉な予感。


 ――これ以上考えるのは止めておこう。


「ところで、大精霊様を育てるにあたって気を付けないといけないことってあるんですかね?」

「大精霊様は自然そのもの。スノウ様がお主を選んだのもそれが一番自然であると認めたのだから、お主はなにも気にしなくてもよい」

「そういうものですか?」

「うむ」


 前世でも今世でも、子どもを育てるなんてことはしたことがない。

 だから色々と不安なことも多いけど――。


「スノウはもう家族ですから、そのつもりでこれからも接しますよ」


 俺がそう答えると、長老は再び優しく微笑んだ。


「スノウはカティマのことも気に入ってるみたいだし、これからも遊び相手になってくれる?」

「う、も、もちろんだ。大精霊様の遊び相手なんて光栄なことだからな……そう、とても光栄な、ことだだから……」


 ちょっと視線をそらしているのは多分、スノウによって散々振り回されたからだろう。

 ただスノウはカティマがお気に入りらしいので、今後も頑張って遊んでもらわないと。


「ん?」


 ふと長老を見ると、こっくり、こっくりと頭を揺らしている。

 元々長い眉毛のせいで瞼が見えないのだが、これは――。


「……ぐぅ」

「ああ、長老が寝てしまった」

「昨日はだいぶはしゃいでたもんね」


 この長老、身体はとても小さいし普段はこうしてほとんど身動きしない好々爺こうこうやなのに、宴のときはとても機敏に動き回っていた。


 特にダンスをしている若者たちに色々と教えている姿は、料理中のレイナのような気迫で近づけなかったほどだ。


「それじゃあ、そろそろお暇しようかな」

「うん、そうだな」


 そうして俺たちは一緒に厨房に行くと、サリアさんがアールヴの料理をレイナに教えているところだった。


「あ、アラタ」

「ぱぱ!」


 三人ともエプロン姿で、なんというか家庭的で男としてちょっと嬉しいシチュエーションだ。

 特にレイナとスノウがその姿で嬉しそうに近寄ってくれるのは、なんとも言えない心のくすぐったさがあった。


「そろそろ出ようと思うんだけど」

「そう、こっちも丁度色々と教えてもらい終わったから、いいタイミングだわ」


 後ろの鍋から香ばしい匂いが漂ってきて、これは多分今日の晩ご飯だなと思い少しテンションがあがった。


「ぱぱ! スノウもお手伝いした!」

「そっか、偉いね」

「ん!」


 頭を撫でると、目を細めて嬉しそうにする。

 そのまま抱っこをしてあげると、コアラのようにぎゅっと抱き着いてきて、ひんやり気持ちがいい。


「おいカティマ」

「なんだよ婆ちゃん」

「お前よりレイナの方が教えがいがあるから、こっちを私の孫にするわ」

「……なあアラタ、このババア酷くないか?」


 サリアさんに言われたことが傷付いたのか、ちょっと涙目になるカティマがおかしくて少し笑いそうになる。


 しかし本人は結構本気みたいなので、我慢しているとサリアさんが優し気にカティマの肩を叩いた。


「カティマ、冗談だよ冗談」

「なーんだ、冗談か」

「だが、私のことをババア呼びしたのは許さん」

「っ――⁉」


 脱兎のごとく逃げ出そうとするカティマだが、すでに肩を掴まれた状態で逃げられない。

 

 そのまま厨房の外の廊下に投げられ、さらに追い打ちをかけるようにその背中に乗ってエビ反りにする。


「ば、婆ちゃん! 無理! それ以上はもう、無理! 背中はそんな風に曲がらな――ぁ」


 最期に小さな吐息を吐いた瞬間、カティマの身体から力が抜けた。

 サリアさんが立ち上がり、パンパンと手を払ってやり切った顔をした後こっちにやってくる。


「さて、こんなバカ孫だけど、まあこれからも仲良くしてやってくれ」

「あ、はい……」


 チラッとカティマを見ると、ピクピクと地上に打ち上げられた魚のようになっていた。

 まあなんだかんだ、頑丈だから大丈夫か。




 元々アールヴの村にやってきた目的は、カティマの故郷で交流を深めること。

 それがまさか大精霊様に会ったり、新しい家族が出来るとは想像もしてなかったけど、それでも楽しい旅だった。


「それじゃあアラタ、カティマはまた遊びに行くからな」

「うん、カティマだけじゃなくて、誰でも歓迎するからね」


 アールヴの村の入り口に出ると、最初は家に籠っていた村人たちが見送りに出てくれていた。

 彼らはみな、親しみを込めて俺たちに笑顔を向けてくれている。


「お兄ちゃん!

「ん?」


 見れば、最初にグランドワイバーンから助けた少女が近づいて来る。

 彼女はスノウとも年が近く、先の宴でも一緒になって遊んでくれていた子だ。


「また遊びに来てね! スノウちゃんも!」

「ありがとう。もちろん、また来るよ」

「ぱぱ、降りる」

「ん?」


 抱っこされていたスノウを降ろすと、氷で出来た二人の女の子の彫像。

 それはスノウと少女を模したもので、とても可愛らしい。


「これあげる!」

「わぁ! ありがとう!」


 そんな微笑ましい光景を大人たちはほっこりした気持ちで見ていると、少し焦った様子のカティマが近づいていく。


「か、カティマの分はないのですか?」

「カティマも欲しいの?」

「は、はい!」

「じゃああげる!」


 そうしてカティマとスノウを模した氷の彫像を生み出すとカティマは感激した様子だ。

 やっぱり彼女たちにとって、大精霊というのは本当に偉大な存在なんだなと実感する光景。


「それじゃあ、行くね」

「皆さん、ありがとうございました」

「ばいばーい!」


 そうして俺たちは、アールヴの人々に手を振られながら村を後にする。

 行きのときは俺とレイナだけが住んでいた家。

 そしてこれからはスノウも一緒の、三人の家だ。


 来たときと同じように山を下り、川沿いを歩き、そうして家に戻ってきた俺たちを待っていたのは――。


「よう、待ってたぜお前ら」


 珍しく困った顔をしている神獣族の長――不死鳥のスザクさん。


 ――これは、またなにかトラブルの予感がするなぁ。

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