第73話 山菜の天ぷらとアルヴ岩塩
――美味い、美味いぞー!
――なんなのだこれは! 本当に我々が食べていた山菜なのかー!
そんな声があちこちから飛んでくる。
理由はレイナが作った山菜の天ぷら。
これまで生で食べていた彼らにとって、衣で揚げるという行為は今までない料理だったらしい。
「この島の人たち、みんな大げさ過ぎると思うの」
「まあ、それだけレイナのご飯が美味しいってことだからさ」
最近はルナたちも慣れてきたのか、空に向かって叫ぶというのも少なくなってきた。
こうして脇目も振らずに叫びながら食べる姿は久しぶりの光景だ。
「ままー」
「はいはい。ちょっと待ってね」
上座に戻った俺がその様子を見ていると、スノウがレイナに向かって雛鳥のように口を開ける。
お箸を器用に使い、小さく切って冷ました天ぷらを食べさせた。
「んー! んんんー! うんまぁー!」
片手をほっぺに、もう片手をブンブンと上下に振って美味しさをアピールするスノウ。
見ていてとても可愛らしいくてついほっこりしてしまう。
「ままー」
「もう、甘えん坊ね」
最初の分を食べ終えたら、すぐにまた口を開けて天ぷらをご所望の様子。
完全に甘え切った様子にレイナが苦笑しながら、再び口に入れてあげると、瞳をキラキラさせながら同じ動作を繰り返す。
どうやらよほど気に入ったらしい。
「そしたら俺も貰おうかな」
お皿の上にある天ぷらは、元々アールヴたちが持ってきた山菜だ。
たらの芽の天ぷらを口に入れると、本来あるはずの苦みはまったくなく、むしろねっとりとした甘さが広がってくる。
「うっまぁ……」
実はうどん屋なんかで食べる野菜の天ぷらの、カリカリとした部分が好きだった。
そしてこのたらの芽の天ぷらも例に漏れず、葉の部分がカリカリとして天ぷら独特の旨味が凝縮されていて、最高に美味しい。
それでいて根本の部分は柔らかい食感で、食べていて飽きない美味しさがある。
ウド、ふき、コシアブラ、こごみ……世界が違うからそのままではないんだろうけど、それに似た山菜の天ぷらは、どれもこれもが美味しすぎた。
「でもこれ、白飯が欲しくなるなぁ……」
見たところ、アールヴの村には白飯はないらしい。
こんなことなら神獣族から貰った米を収納魔法に入れておけば良かった。
「まあでも、やっぱりレイナの作るご飯は美味しいな」
もぐもぐと、次々天ぷらを口に入れていくカティマを見ると、初めて会ったときを思い出す。
あのときもこんな感じで、ルナと一緒になってアユの塩焼きを食べていた。
「天ぷらといったか……初めて食べるが、これは塩が合いそうだな……」
「ああ、そしたらレイナから貰ってこようか?」
「いや、大丈夫だ」
すっと立ち上がると、急いでどこかへ向かって行くカティマ。
少しして戻ってくると、綺麗な水晶みたいな石を持ってきた。
「これは?」
「アルヴ岩塩だ」
思った以上に直球の名前だな。
少し赤みがかったピンク色のそれは、俺が昔見たものよりもずっと美しい色合いをしていた。
「美味しそうだね」
「最高だぞ。過去には他種族たちとこれを巡って争いが起きたくらいだからな」
「へぇ……昔はそういうこともあったんだ」
「カティマが生まれるよりもずっと昔だ」
しかし、この島の種族たちが争うとなると、とんでもない規模になりそうだ。
もし今そうなったらレイナたちが大変なことになっちゃうし、俺が止めないと……。
「今は物々交換になってきてるけど、これは最高品質の岩塩だから他の種族たちも中々手に入らない逸品でな。みんな簡単には交換しない代物なんだぞ」
そう言いながらゴリゴリと岩塩を削り、自分の天ぷらにかけ始める。
一通りかけたらそのまま自分の腰巻の中に隠し、天ぷらを食べた。
「うっまぁ……最高だなこれ」
「……ねえカティマ」
「駄目だ」
「まだなにも言ってないよ」
「アルヴ岩塩は希少。カティマの分だってそんなにない」
「ふーん」
そっかぁ……。
「でも、美味しいんだよね?」
「最高だな」
「……」
俺は立ちあがり、一生懸命小さな口で天ぷらを頬張るスノウのところへ向かった。
「あ、ぱぱ!」
「スノウ、美味しい?」
「うん! ままのご飯、すごくおいしいよ!」
「どうしたのアラタ?」
いきなりやってきた俺に、レイナが訝し気な表情をする。
「なんかさ、カティマが凄く美味しい岩塩持ってるんだけど、分けてくれないんだよね」
「へぇ……」
その瞬間、レイナがカティマを見る。
それはまるで、狩人が得物を見つけたときの瞳だ。
「うっ! なんだその目は! この岩塩はカティマのだぞ!」
「多分あの塩があると、天ぷらがもっと美味しくなるんだよなぁ……」
「それはぜひとも欲しいわねぇ……」
「う、うぅ……」
一瞬怯んだ姿を見せるカティマだが、自分の物を守るべく立ち上がる。
どうやらこの場にいたら不味いと思ったのが、逃げ出そうとしているらしい。
「ぱぱ、お塩あるともっと美味しいの?」
「うん、さっきカティマが言ってたからね」
「そっかぁ……」
その瞬間、カティマが逃げ出そうとした進行方向にコの字型の氷壁が生まれる。
「っ――⁉ こ、これは」
「カティマー」
トテトテと、スノウがカティマのところまで歩いて行く。
「だ、大精霊様⁉ これはもしや貴方の仕業ですか⁉」
「スノウもそのお塩で食べてみたい!」
「そ、それは!」
「だめなの?」
スノウが丸いお椀に入った天ぷらをカティマに見せた瞬間、彼女は空を見上げる。
そこには丸い満月と満天の空が広がっているだけだった。
「うぅ……仕方ない、か」
諦めたようにスノウの天ぷらに岩塩を振りかけていくので、俺とレイナも自分の皿を持ってスノウの後ろに並ぶ。
「じゃあ俺も」
「私も」
「お前たちにはやらない!」
「ぱぱとままは駄目なの?」
「う! うぅぅ……」
悔しそうに俺たちを睨みながら、カティマはアルヴ岩塩を俺たちの天ぷらに振りかけていった。
そうして改めて山菜の天ぷらを食べると、口の中に先ほどまで無かった旨味が広がっていく。
「ああ、これは美味しいや」
「ええ、本当に。もっと貰えないかしら……」
「こ、これ以上は駄目だからな! 絶対に、駄目だからな!」
今度こそ岩塩を守るべく抱きかかえるカティマに、俺たちはさすがにこれ以上は止めておこうと思った。
もっとも、そんなことは子どもには関係ない話で――。
「カティマー」
「だ、大精霊様? なんでしょうか?」
「おかわり!」
「……はい」
シクシクと涙を流しながらスノウの天ぷらに塩をかけるカティマを見て、さすがにこれ以上は可哀そうだと思う俺たちだった。
「おいアラタ、レイナ! お前たちがいくら器を出しても、もうやらないからな!」
もっとも、俺の内心とは別に身体は勝手に塩を求めていたらしい。
仕方ないよね。
だって人間は、塩を求める生き物なのだからさ。
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