第72話 アールヴたちの宴

 太陽が沈み、絶壁に囲まれたアールヴの村は本来闇に包まれているはずの時間。

 空からゆっくりと落ちてくる粉雪が松明の灯りで幻想的な光を纏い、神秘的で美しい光景を生み出す。


 本来なら静寂が辺りを包むはずだが、今は人々が精力的に動き回り、騒がしい夜となっていた。


「大精霊様! こちら山で採れた新鮮なキノコです!」

「大精霊様! こちら山で採れた新鮮なたらの芽です!」


 宴の主役は新しく生まれた大精霊のスノウ。

 アールヴたちにとって神に等しい存在の誕生は、普段は大人しい彼らであっても興奮を隠せない様子で盛り上がっていた。


 上座に用意された席に座っていると、アールヴたちが次から次へと山菜を持ってくる。

 それも全て、この新しく生まれた氷の大精霊スノウを一目見るためだ。


「ぱぱぁ……」

「大丈夫だからね」


 そのせいでスノウが少し怯えてしまい、俺の後ろに隠れてしまった。

 アールヴの人たちも悪気はないのだろうが、しかしやはり幼い子どもにとって迫って来る大人は怖いものだ。


「というか、生野菜をそのまま持って来られても結構困るんだけど……」

「まあアールヴは山と共存する種族だからな。採れた野菜はだいたいそのまま食べる」

「うーん……」


 郷に入っては郷に従え、という言葉があるし、俺自身は多分なにを食べても大丈夫なんだろうけど……。


 ――レイナもちょっと困ってるなぁ。


 実際、彼女も持って来られた『そのままの山菜』を見て、どうしたものかと悩んでいる様子。

 スノウに至っては、持って来られた物がどんどん山積みになっていくだけで、手に取ろうともしない。


 新鮮な山菜だ。カティマの言う通り、そのままでも食べられるのだろう。

 だがしかし、その風習がなければいきなり手に取るのはちょっと躊躇う光景でもある。


「別に無理して食べなくてもいいと思うぞ」

「でもそしたら食べる物無くなっちゃうよ」

「むっ……たしかに」


 いくらなんでも、この宴のど真ん中で出された食べ物を無視して収納魔法から取り出すのは失礼過ぎるしなぁ。

 とはいえ、スノウもお腹空くだろうし……。


「そしたらレイナ、これ使ってなんか出来ないのか?」

「え?」

「いつも美味しいもの作ってるだろ? どうせ他のアールヴたちも自分たちで好き勝手騒いでるし、やりたいようにしたらいいと思うぞ」


 手拍子と歌に合わせてリンボーダンスをする人や、口から炎を出して盛り上がっている人。

 中には松明持ちながらブレイクダンスをしている人もいて、だいぶ自由に盛り上がっている。


 たしかにカティマの言葉の通り、村人たちも踊って騒いで好きに楽しんでいる様子だけど……。


「別に気にするな。カティマは気にしない、というよりレイナの作る料理が気になる」

「そりゃカティマは気にしないだろうけど」

「そうねぇ……」


 いくらなんでも俺たちのために用意してくれた宴でいきなり料理をするのはちょっと、と思っていると背中にくっついてたスノウが回り込んでくる。


「ままのご飯?」

「ん?」

「ままのご飯、スノウも食べたい!」


 キラキラと瞳を輝かせてレイナを見る。

 あまりにも期待に満ちたそれを否定する力は、俺たちにはなかった。




 くつくつと、大きい丸鍋に注ぎ込まれた油が熱によって跳ねる。

 その横に用意されたのは、白い衣に包まれた山菜の数々。


「おー……」


 スノウが興味深々で料理をするレイナを見ていると、それに気づいた彼女が軽く微笑む。


「ほら、油が跳ねたら大変だから離れてて」

「えー。もっとままのこと見てたい」


 気づけばアールヴたちもレイナの料理が気になって、集まって来る。

 

「カティマ、みんな気にしないんじゃなかったの?」

「気にしないやつらもいるぞ」


 カティマの指さす方には、先ほどまで囲まれていたアールヴが一人でリンボーダンスをしていた。

 他にブレイクダンスをしている人も、ときおりチラチラをこちらを見ながら悔しそうにしている。


「いやあれ、めっちゃ対抗意識もってやってるじゃん」


 リンボーダンスしてるのは一人で拍手し始め、ブレイクダンスをしている人はなんか大技みたいなの決め始めた。

 必死に自分の観客を取り返そうとしているようにしか見えない。


 しかし他のアールヴたちは全然そっちを見ず、料理をしているレイナとその近くをうろついているスノウを見るばかり。


 完全に観客を奪う形になっちゃって、かわいそうだった。


「いいかアラタ。この世は弱肉強食」

「うん、それ今言うことじゃないよね」


 とりあえずレイナの足元にいるスノウを抱きかかえ、そのまま肩車をしてあげる。


「わわ。高いー!」

「ここなら油も飛んでこないから、見てていいよ」

「わーい」


 頭の上で嬉しそうに笑うスノウを見てレイナも少し微笑む。


「アラタったら、すっかりパパね」

「それ言ったらレイナも……」


 ママだよ、って言うのが恥ずかしくて言葉を止めてしまったが、俺が言いたいことがわかってしまったのか彼女も少し顔を赤らめる。

 

「……」

「……」


 ちょっと甘酸っぱい雰囲気の中、グツグツと油と炎の音だけが周囲に流れ――。


「カティマは、これだけ囲まれてる中でそこまでイチャイチャできる二人を尊敬する」

「え?」

「あ……」 

「ぱぱとまま、仲良しー」


 改めて周囲を見渡すと、アールヴたちがなんとも言えない顔をしていた。

 大人たちはどこか自分たちの青春を思い出すように優し気で、子どもたちは目を輝かせて続きを期待するように。

 そして離れたところではダンスをしている人たちは、さらに注目を奪いやがってと悔しそうに。


「っ――⁉」

「そ、そろそろ油も良い感じよね! ほら、危ないからアラタも離れて」

「アラタに危ないことなんてないだろ」

「カティマもそんなツッコミしてないで! ほら離れた離れた!」


 慌てたレイナが白い衣のついた山菜を鍋の中に入れる。

 その瞬間、ジュワっという音とともに香ばしい匂いが漂ってきた。


 ――ああ、これは……。


 絶対に美味しいやつだ。


「美味しそうー」


 先ほどまでの甘い視線から一転させたアールヴたちは今、涎を必死に拭いながらレイナを見て、完全に食欲に支配されていた。


 それは俺も、そして頭の上のスノウもそうだろう。

 違うのは未だに踊っているアールヴたちだけ。だがそんな彼らも、踊りながら涎を垂らしている。


「やっぱりレイナの料理は最強だな」


 たとえ種族が違っても、こうして心は一つになった。


 すなわち、早く食べさせてくれ、と。

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