第70話 名前を決めよう
カティマの家に入ると、やはり長老は眠った状態。
サリアさんは村人たちを守るため外出しているらしい。
「というわけで、俺たちだけでこの子の名前を決めたいと思います」
胡坐をかいて座っている俺にすっぽり嵌るように座っている少女が見上げてくる。
「わたしの名前?」
「ないと困るからね。気に入ったのがあったら言うんだよ」
「名前……うん!」
生まれたばかりと言っても、こうして言葉の意味はきちんと理解している。
普通に見た目相応くらいの知識はありそうだ。
「ん?」
ふとカティマを見ると、神妙な顔をしていた。
「カティマ、どうしたの?」
「いくらなんでも、カティマが大精霊様の名付け親になるなんて大それたこと……」
「ああ、なるほど……」
アールヴにとって大精霊様は神様みたいなもの。
信仰する属性が違えど、名前を付けるのはさすがにまずそうだ。
「カティマ、やなの?」
「う……」
腕の中の少女が少し悲しそうな顔をでカティマを見る。
どうやら先ほど遊んだことで、彼女に対する信頼が生まれたのだろう。
「カティマたちアールヴにとってその……大精霊様は偉大な存在で……」
「ぱぱとままと、一緒に考えてくれないの?」
「う、うぅぅ……」
カティマが困ったように俺とレイナを見る。
「いいじゃない、この子が一緒に考えて欲しいって言ってるんだから」
「そうだね。それにカティマが考えた名前って決まったわけじゃないし」
「……わかった。大精霊様、カティマも一緒に考えます」
「わーい!」
「おぐっ」
嬉しくなって万歳した少女の腕が俺のあごを直撃する。
ダメージらしいものはないが、あまりにも不意打ちだったので結構な衝撃を受けてびっくりした。
――ただこれ、レイナとか受けたらヤバいかも……。
「ぱぱ?」
「なんでもないよ」
この島の人たちはみんな強い力を持っているが、意外なことにコントロールも完璧に出来る。
そのためレイナやゼロスたちが傍にいるときは抑えてくれているし、本能的に制御されるらしい。
それを証明する出来事として、以前ティルテュがゼロスと一緒に狩りしたとき、何気なく彼の背中を叩いてしまったことがある。
その瞬間、とんでもない勢いでゼロスは吹き飛んでいったが、ちゃんと生きていたのだ。
普通なら死んでいてもおかしくない一撃だったのでティルテュも焦っていたが、生きていたことにほっとしつつも不思議に思っていた。
そのことをヴィーさんに聞いたところ、この島の結界のおかげだったらしい。
殺す気のない攻撃で相手は死ぬことはないとのことだ。
――つまり、俺が前にティルテュの炎を受けても無傷だったのは、結界のおかげだったんですね?
――それはお前が化け物なだけだ。
解せぬ。
「それじゃあ気を取り直して名前、みんなで考えようか」
「……この子、氷の大精霊なのよね?」
「そうだよね?」
「うん!」
俺が頭を撫でながら尋ねると、少女はそれを証明するためか急に魔力を放出する。
「「っ――⁉」」
急に低くなった室温。そして冷たくなった少女の身体。
見ればカティマとレイナが少し肌寒そうにしていた。
というか、これは寒くなったからというより強大な魔力のせいで――。
「ストップストップ! 二人が大変になっちゃうからこれ以上はダメだよ」
「え? ぁ……」
少女も二人の様子に気付き、すぐに魔力を霧散させる。
自分のせいだということも理解できているらしく、泣きそうな顔をしていた。
「うー……ごめんなさい」
「だ、大精霊様が悪いわけじゃないから……大丈夫、です」
「そ、そうよ。だから謝らなくてもいいの」
「でも……」
大精霊の力がどれほどのものか、俺からは判断がしづらい。
だが最近はレイナもこの島に慣れてきて、エルガたちが魔力を発しても魔力酔いを起こさなくなった。
それにカティマですら苦しそうだったことを考えると、やはり相当強い力なのだろう。
「ぱぱぁ……」
「そんな顔しなくていいよ。二人とも大丈夫って言ってるしね。でも君の力は強いから、出来るだけ気を付けよっか」
「うん……」
そうは言うものの、少女は涙目でしょんぼりしている。
どうしたものか、そう思っているとレイナが立ち上がり、こっちへやってきた。
「ほら、大丈夫だから」
俺の膝に座っている少女を抱きあげて、その背中を優しく叩く。
「まま?」
「誰もあなたのこと、怖がってなんてないからね」
「……うん」
そう言われた少女は、安心したようにぎゅっとレイナに抱き着く。
その姿は母親に甘える子どもそのもので、少女の顔もどこか晴れやかだ。
「おお……レイナは凄いな」
「うん、俺には真似できないや」
いちおう、神様からあらゆる魔法とかをコピー出来る力を持っているが……。
これはきっとそういうものじゃない、彼女自身の力なのだろうなと改めて尊敬してしまった。
「さて、それじゃあ今度こそ、この子の名前を考えようか」
「そうね」
すっかりレイナの腕の中がお気に入りになったらしく、俺の膝から離れてしまった。
少し寂しいが、それはそれ、これはこれ。
「名は体を表すって言うし、出来れば氷とかに関係する名前にしてあげた方がいいのかな?」
「あとはまあ、普通にこの子が喜ぶ名前にしてあげましょう」
わくわくとした少女を見ながら、どんな名前がいいだろうと考える。
氷、精霊……この世界に転生する前に読んだ漫画とか神話を思い出していると、不意にカティマが手を上げる。
「アールヴにとって大精霊様は強く気高く、至高の存在なんだ」
「うん」
「ゆえにカティマは考えた。やはりここはそれに見合った素晴らしい名前が必要だと」
そう言いながらカティマは立ち上がる。
どうやら彼女にとってよほど良い名前が思いついたらしく、その顔はどこか誇らしげだ。
「とある歴史書には、古代のアールヴたちによってとある魔法が伝えられていた。それはどんな存在でも一撃で倒してしまう……最強の氷魔法らしい」
「最強の氷魔法……」
レイナが興味深そうにカティマを見る。
しかし俺は彼女の言葉に対してどこか不安に駆られていた。
「そう。古代アールヴ族が使っていた最強の氷魔法。カティマは氷の大精霊様にこそその名を継ぐ資格があると思う。その魔法の名は『エターナルフォースブリザー』」
「やああああ!」
「ぬあぁぁぁ」
最後まで言葉を発する前に、少女から吹き荒れる白い粉雪のような魔力がカティマを吹き飛ばした。
襖の遥か先まで吹き飛ばされた彼女は、どうやら崖の下まで落ちていったらしい。
『ぁぁぁぁぁぁ……』
彼女の悲鳴がやまびこのように響き、しばらくして止まる。
「……」
「……」
「やなの!」
俺とレイナはどうしたものかと見合わせる。
そして少女はというと、ちょっと怒った顔をしていた。
どうやらカティマの付けようとした名前がよほど気に入らなかったらしい。
「もう、いきなりあんなことしちゃだめよ」
「まま……ごめんなさい」
「はい、謝ったから許してあげる。それで、そんなに嫌だった?」
「……もっと可愛い名前がいいの」
「そっか……女の子なのにあんな名前、嫌だもんね?」
「うん……」
そんな会話を母子でしており、俺も気を付けようと思っていたら襖の外からにゅっと手が飛び出す。
「ひ、ひどい目にあった……」
「あ、お帰りカティマ」
崖から這い上がって家に戻ってきたカティマは、少し髪の毛が荒れただけで無傷っぽかった。
この辺り、カティマもだいぶおかしいよなぁ。
「アラタ。お前は今とても自然にお帰りと言ったが、結構大変だったんだぞ」
「そうは言うけど、カティマって頑丈だし」
「お前にだけは絶対に言われたくない言葉だなそれ」
そんなこと言われても……。
なんて思っていると、少女がカティマのことを少し警戒した様子で見ていた。
先ほどまであんなに懐いていたのに、子どもは中々に残酷だ。
「だ、大精霊様……いったい今の名前のなにがお気に召さなかったのですか?」
「もっと可愛い名前がいいの!」
「アラタ! 今の名前は可愛くないのか⁉」
「まあ、全然可愛くないね」
ガーンと、ショックを受けている。
もしかして、カティマにとってあの名前は可愛い部類に入っていたのだろうか?
だとしたら、残念ながら彼女はこの名前を決めるメンバーから脱落してもらわなければならない。
「な、ならアラタとレイナが可愛い名前を決めたらいい!」
「うーん……」
「そうねぇ……」
うかつな名前を言ったらカティマみたいに吹き飛ばされるのだろうか?
まあ俺はいいとして、レイナはさすがに不味い。
「ぱぱ、まま、可愛い名前」
「プレッシャーかけてくるなぁ……」
改めて少女を見る。
美しい銀髪に蒼いサファイアのような瞳。
レイナに抱きかかえられた小さな身体は、まるで雪の妖精のように愛らしく……。
――雪か。
「「スノウ」」
なんとなく呟いた俺とレイナの声が一致する。
その瞬間、少女の姿が強く輝きだし――。
「スノウがいい! ぱぱとままが付けてくれた私、スノウ!」
小さな白い羽を生やした彼女は、満面の笑みでそう言うのであった。
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