第69話 話し合い

 俺は今、地面に正座をしていた。


「……」

「……」


 そんな俺を見下ろすように立つレイナと、その足くっついている少女。

 一緒に帰ってきたカティマはというと、触らぬ神に祟りなし、と言わんばかりに少し離れたところに避難していた。


「それじゃあ、事情を聞きましょうか?」

「その前に、まず色々と誤解があるだろうこの構図をどうにかしたいんだけど」

「誤解、あるの?」

「……」


 そう言われると、そもそもなにが誤解と言えるのだろうか?

 

 ことの発端はそもそも、このアールヴの村に大精霊様たちが現れなくなったことで彼らに危険が増えたこと。

 その理由を聞くために大精霊様たちに会いにいって、ちゃんと出会って話をして、事情も聞いた。


 新しい大精霊が生まれ、その子を守る存在になろうとしていたわけだが、その役目は俺が請け負うことになったので問題も解決。


 今はシェリル様に折檻されているから帰ってこれないが、それも時間の問題だろう。


「ねえアラタ……誤解ってなんのことかしら?」

「誤解なんてありませんでした」


 ただ怒られる理由もない気がするんだけど……。


「まま、ぱぱ悪いことしたの?」

「いいえ。ただパパは正座が好きだから、こうしてるだけよ」

「ちょっ――⁉」


 少女が「本当?」という風にジーと俺を見ている。


「うん、実はね……あ、ははは」

「そっかぁ!」


 曖昧に笑うと、少女は納得したらしい。

 困ったことだが、今この状況を説明しろと言われた方が言葉に困るので仕方がない。


「今から私はアラタ、ぱぱと話があるから、ちょっとだけ向こうで遊んでてもらってもいい?」

「……うー」


 レイナがカティマを指してそう言うと、少女はちょっと不満そうだ。

 そしてカティマは「巻き込まれた!」と言いたげな表情で驚いていた。


「いい子にしてたら、あとで遊んであげる」

「本当?」

「ええ」

 

 その小さな頭を撫でるレイナの姿は本物の母親のように優し気な雰囲気があった。


「じゃあ、向こうで遊んでくる」


 少女は素直にそう言って、カティマの方へと向かって行く。

 カティマは空を見上げながら、敬愛する大精霊様の遊び相手をするという栄誉と、自分の命の危険が迫っていることに対して複雑な表情をしていた。


「さて……」

「ごめんなさい」

「まだなにも言ってないし、謝るようなことしたのかしら?」


 少女の方から俺に顔を向けたレイナは、両手を腰に当てて呆れた表情をする。


「そもそも、別に怒ってないんだから正座だって必要ないわよ」

「本当に?」

「もう大きいんだから、あの子みたいな聞き方しないでよ」

「うっ……」


 たしかに今のは子どもっぽかったかもしれない。

 いい年した大人がこれは駄目だと思うのだが、レイナに対してはついこんな感じになってしまう。


 とりあえず怒っていないらしいので立ち上がり、カティマと少女の方を見る。


「それじゃあ、一から説明してくれる?」

「うん……」


 闇の大精霊の神殿に辿り着き、そこであったことを説明するとレイナはやっぱり、という顔をする。


「まあそんな感じで、あの生まれたての大精霊様の面倒を見ることになったんだ。ってレイナ、その顔なに?」

「いえ、アラタはどこに行ってもアラタだなって思っただけよ」


 それはどういう意味だろうと思ったが、聞いても俺にとって嬉しい返事が返ってこないことだけはわかるのでやめておいた。

 

「だけど大精霊か……文献とか伝承では知ってたけど、自分の前に現れることがあるとは思わなかったわ」

「そんなに凄いの?」

「アラタに言っても伝わらないくらい凄いことね。大精霊に会ったなんて本気で言ったら、嘘吐き扱いされるくらいには」

「……」


 微妙に言葉に棘がある気がするんだけど、気のせいだよな?


「大精霊って聞いても、レイナはあんまり驚かなくなったね」

「そりゃあまあ、さすがに私もこの島にだいぶ慣れてきたもの」


 神獣族、古代龍族、真祖の吸血鬼……。

 たしかに出会う人出会う人、レイナの常識的にあり得ない超常の存在なのだから、いい加減慣れるか。


「むしろママって呼ばれたことの方が驚いたって言うか……嫌じゃなかったけど……」


 少し恥ずかしそうに、小さな声で呟く。

 本人は聞こえてないつもりかもしれないが、俺って耳もいいから聞こえちゃうんだよなぁ……。


「とにかく、あの子の面倒を見るってのはわかったわ」

「なにも相談しなくてごめんね」

「別にいいわよ。アラタに懐いてるのも見たし、あのまま引き離すのも可哀そうだもの」


 見れば少女がカティマのモサモサな髪の毛を引っ張って笑っていた。

 あとついでに足元あたりが微妙に凍っていて、足元が不安定に……あ、カティマ滑ってこけた。

 ちょっと涙目になっているが、それがおかしかったのか少女がまた笑いながら髪を引っ張っている。


 どうやら無事に遊び相手になってくれているらしい。


「それで、あの子の名前は?」

「え?」

「え?」


 俺たちの間で沈黙が流れる。

 そういえば、名前聞いてなかったというか、あの場で生まれてから誰も名前について話さなかったっけ。


「名前ってとっても大事だと思うの」


 ニッコリと、頬を引き攣らせている姿。

 ああまずい。これってレイナが一番怒ってるときの顔だ……。


「あの場に五人いたのよね?」

「う、うん……」


 俺、カティマ、シェリル様、グエン様、ジアース様。

 大精霊みたいな悠久を生きる存在たちにとって、そこまで気にすることじゃなかったのかもしれない。

 だがしかし、俺とカティマくらいはたしかに気にするべきだった。


「別に名前、付けちゃ駄目なわけじゃないんでしょ?」

「そうだね。いちおう、俺が育てるって話になったから、いいんだと思うけど……」


 二人でカティマと少女を見る。

 凍った地面をうつ伏せのカティマがソリみたいに引っ張られていた。

 もはや彼女はされるがままというか、諦めの境地に至った仙人のような表情をしていて、少女は逆にとても楽しそうだ。


「……それじゃあ長老の家に入りましょうか。そこであの子が気に入る名前を付けてあげましょ」

「そうだね」


 さすがにそろそろカティマの心がやばい。

 名前が付けられていなかったことに怒っていたレイナですら、その怒りが吹き飛ぶほどに。


 俺たちは凍った地面を踏みしめながら、自由奔放に振り回されているカティマの救出に向かうのであった。

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