第68話 帰宅
「それじゃあ俺たちはアールヴの村に戻りますね」
「ええ。このアホどもが反省したら、そっち送るから」
そうして俺とカティマは、シェリル様の神殿を背に歩き出す。
腕の中にはまだ眠っている、名前も決まっていない白銀の少女。
「……あのままで、いいのかな?」
カティマが神殿の方を振り返ろうとして、俺はそれを止める。
「カティマ、駄目だよ」
「でも……」
「ここで振り返ったら、もう戻れなくなる」
「……うん、そうだな」
ほんの気持ち程度、歩く速度を上げる。
するとカティマもそれに合わせるように速度を上げた。
「おおおおおおおいいいいいいい! ワシを助けろぉぉぉぉ!!」
『ワレも、ついてイクぞォォォォ! だから、ココから出せ――』
「アンタたちは反省しなさい!」
「おっふ!」
『オホゥ⁉』
背後から大地を震わすほどの衝撃が走ろうが、強大な魔力が吹き荒れようが俺たちは振り返らない。
なぜなら、今の状態のグエン様とジアース様を連れて帰れば、絶対に面倒なことになるから。
「大精霊様たちがあんな変な声を上げて……い、いったい闇の大精霊様はなにをしているんだ⁉」
「だから駄目だってカティマ! 気にしないで前だけ見て!」
「う、うぅぅぅ……気になる……気になる……」
ときおり変な声を上げる二人が、シェリル様になにをされているのかわからない。
わかるのは、あまり見ても優しくない光景が広がっているだけだ。
「ああ、なんだか無性にレイナに会いたくなってきた……」
「カティマも、長老や婆ちゃんに……」
再び聞こえてきた二人の変な声を無視して、俺たちは駆け足で大精霊の神殿をあとにするのであった。
火山帯に険しい山道。大量に現れる蜥蜴のような魔物たち。
それをカティマがまた薙ぎ倒していき、来たときと同じ道を戻っていくと、アールヴの村に辿り着く。
「戻って……来れた! カティマは今、アールヴの村に帰ってきた!」
「なんか、すごく久しぶりに戻ってきた気がする」
行きは大精霊様たちを探すために何日か滞在したりしていたが、真っすぐ帰ってくるとそう時間はかからない距離。
それでも久しぶりと感じたのは、大精霊様たちとの邂逅が濃密だったからだろう。
帰ってきただけで感動しているカティマを横目に、俺は周囲を見渡す。
赤茶色の絶壁に並ぶ白い家々。
最初に来たときも思ったが、やはりこの光景は凄いと思う。
「ん、ぱぱ?」
「あ、起きた」
腕の中でずっと気持ちよく寝ていた少女と目が合う。
クリっとした蒼眼がパチパチと瞬き、きょろきょろと頭を動かして辺りの景色を見渡している。
どうやら完全に目を覚ましてしまったらしい。
「降りる?」
「……」
首に回した手に力が入る。どうやら降りる気はないらしい。
「そっか」
仕方ないのでそのまま抱っこを続けると、子ども特有の温かさを感じた。
それと同時にちょっとだけひんやりとした冷たさも同居していて、不思議な感覚だ。
顔は見えないが、彼女があちこち見ているのはなんとなくわかる。
「ぉぉー……」
小さく、耳元で驚いている声が聞こえてくる。
どうやらこのアールヴの村を見て感動しているらしい。
その挙動が少しおかしく、つい笑ってしまった。
「面白い?」
「うん! すごい!」
大精霊とはいえ、生まれたばかりの子ども。
見るものすべてが新鮮で興味深いのだろう。
「とりあえず、長老のところに行くぞ」
カティマはそう言うと、いそいそと壁に張り付いて登りだす。
このままだとまた彼女の下半身を覗き込む形になるため、俺も慌てて浮遊魔法で追いかけた。
「おおー!」
空を飛ぶと腕の中の少女が楽しそうに笑う。
「落ちないようにしっかり捕まっててね」
「わーい! すごいすごいー!」
ここまで無邪気に喜ばれると俺としてもちょっと楽しくなってしまう。
せっかくだからとスピードをあげたり旋回して遊んであげると、きゃっきゃと笑うので、さらに勢いを――。
「アラター! あんまり調子に乗ってそんなことばっかりしてたら、レイナに怒られるぞー!」
「……あ」
たしかに、気分が良くなってちょっと調子に乗ってしまっていた気がする。
この光景をレイナに見られたら多分、また変な目で見られてしまいそうだ。
「もうおしまい?」
「先に一回帰らないとだからね……」
「うー、そっかぁ……」
少女が少し物足りなさそうな顔をで見てくる。
まるで遊園地から帰るのを嫌がる子どものようで、気持ちは少しわかった。
「あとでまた遊ぼっか」
「うん!」
前世で子どもはいなかったが、もしいたらこんな感じだったのだろうか?
そんなことを思いながら、先に崖を登り切ったカティマが少し呆れた顔でこちらを見ている。
「アラタは駄目な父親になりそうだな」
「えぇ……ちゃんと一緒になって遊んだりするよ?」
「大きな子どもが増えただけになって、レイナが大変だ」
いや、たしかにレイナには迷惑かけてる自信はあるけどさ。
それでも子ども扱いは酷くないかなぁ?
「ぱぱ、まだ子どもなの?」
「そんなことないよ。俺はもう大人だし」
「おおー、ぱぱすごい」
「ほら」
「なにが「ほら」なのか、カティマにはわからないが、とりあえず行くぞ」
自信満々でそう言うと、カティマがちょっと面倒そうな顔になる。
そんなやり取りをしつつカティマの家に入ろうとしたら、丁度レイナが出てくるところだった。
「あ、レイナ。ただいま」
「今帰ったぞ」
「お帰りなさいアラタ、それにカティマと……」
レイナは柔らかく微笑み、少しして固まる。
彼女の視線の先には、俺に抱き着いている小さな少女。
「……カティマは先に中に入っているからな」
「待とうカティマ。せっかくここまで一緒に行動してきたんだから、最後まで――」
「嫌だ。巻き込まれたくない」
捕まえようとするとするっと逃げられる。
しかし俺が本気になればいくらカティマでも――。
「ねえアラタ? ちょっと聞きたいことがあるんだけど?」
「……違うんだ」
「そう……ところで私、まだなにも言ってないわよね?」
助けて、そうカティマに目を向けると、彼女は諦めろという意思を視線で返してきた。
なんて役に立たないアイコンタクトなんだ!
「アラタ?」
「誤解なんだ……」
レイナの意味深な視線が怖い。
ここは最強種たちがたくさん住む島だけど、やっぱり俺にとって一番最強なのは彼女な気がする。
「この子はどこの――」
「……まま!」
「……え?」
俺に抱き着いていた少女は急いで俺から降りると、そのままレイナの足にぎゅっと抱き着く。
「ままー! ままー!」
「え? え? え?」
困惑するレイナ。
そしてものすごく喜びながらママを連発する少女。
正直状況はよくわからないが……。
――頑張れ! レイナが怒る気がなくなるように、頑張るんだ!
俺は全力で少女を応援するのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます