第66話 不思議な少女と大精霊

 正面には俺のことをパパと呼ぶ、不思議な雰囲気を纏った少女。

 そして背後には、恐ろしい気配を漂わせている大精霊二人。


「……」

「ぱぱー」


 五歳くらいの少女は、俺を見て嬉しそうにパパと呼ぶ。

 背後の二人は、その一言で更に濃厚なプレッシャーを与えてきた。


「よし」


 俺はとりあえず後ろは無視して、正面の少女と向き合うためにしゃがみ込んで目線を合わせる。


「えーと、とりあえず名前を教えてくれる?」

「私? まだ名前ないよ?」

「……そっか。じゃあなんで俺のことをパパって呼ぶの?」


 そう尋ねると、少女は不思議そうに首をかしげる。

 うん、正直首を傾げたいのは俺の方なんだ実は。


「パパはパパじゃないの?」

「そうだね。多分、俺は君のパパじゃないかも……」


 そう言いかけた瞬間、少女の瞳からうっすら涙が浮かび始める。


「なんてこともないかもね! もしかしたら俺はパパだったのかもしれない!」


 慌てて少女に笑顔を向けて先ほどまでの言葉をひっくり返すと、少女は再びにぱーと笑った。

 

「パパー!」

「おっと……」


 少女が抱き着いて来たので受け止めると、少しひんやりとした。

 と同時に、カランと小さく音が鳴る。

 

 音の方を見ると、丸い水晶みたいな物が地面に転がっていた。

 なんだろうと思い少女を抱きしめながら拾うと、どうやら丸い氷だとわかる。


「これは……ん?」

「すぅ……」


 ぎゅーと抱き着いて来る少女の力が急に抜けた。

 どうやら寝てしまったらしい。


「自由だなぁ……」


 この島で出会った人たちはみんな自由だが、ここまで幼く自由な子は初めてだ。

 とはいえ、子どもらしいしこのくらいの年齢なら当然だろう。


「さて……」


 まさかこのまま地面に寝転がすわけにもいかないので、抱っこをしながら振り返る。


 そこには炎を天まで伸ばしたグエン様と、どこから取り出したのかドリルになった両腕をギュインギュインと回すジアース様の姿。


「おうおうおう……アラタっつったよなぁお前」

『キサマ……まさか最初からソノ立場を狙っていたトハ、油断シタ』

「誤解です」


 いやほんと、誤解だからなんか殺気立つの止めてください。


「まずは話し合いましょう」

「『無理』」


 めちゃくちゃ沸点低いじゃんこの二人。誰だよこの島の人たちはみんな寛容だとか言ったの。

 俺だ俺。


「話し合いより先に、ワシらにはやらないといけねぇことがある」

『その通リ』

「嘘でしょ? 話し合いより先にすることなんて絶対ないって絶対」


 二人の魔力がどんどんと高まっていく。

 正直、この島に来て一番の魔力の高まりだ。

 おそらくスザクさんやヴィーさんも本気を出せばこのくらいは出来るのだろうけど……あの二人は意外とおおらかというか、本気で怒るという感情が薄い気がする。


「ん……?」

「あ……」


 俺の腕の中で寝ていたはずの少女が、煩そうに身動ぎをする。

 と同時に、凄まじい『吹雪』が大精霊二人に向かって襲い掛かる。


「お、おおおおおお⁉」

『ヌ、ヌォォォォォ⁉』


 一気に氷漬けになった二人は、そのまま闇の牢獄の遥か遠くまで吹き飛んでいった。


「ん」


 静かになったことで満足した少女は、再び俺に抱き着いてそのまま寝てしまう。

 そうして一人ぽつんと残された俺。


「どうしよう……」


 とりあえず、闇の牢獄から脱出手段が力づくしかないので、一端落ち着こう。

 きっとあの二人もしばらくすれば冷静になるだろうし、そのあと色々と話を聞けばいい。


 そう思って、少女が落ちないように抱きしめながらその場に座り込み、二人が帰ってくるのを待つのであった。




「まったく、とんでもない目にあったぜ」

『困ったモノだ……』


 しばらくして無傷で帰ってきた二人は、さすがに冷静になったのか魔力を飛ばすことも睨み付けることのなかった。


「お帰りなさい。それで、とりあえず本当に事情がわからないので色々と教えて貰ってもいいですか?」

「……そうだな」

『ウム……』


 そうして男三人(多分ジアース様も男)で胡坐で座りこみ、色々と事情を聞くことに。


 ことの発端は、新しい大精霊が生まれる兆しがあったというもの。


 今この島にいる大精霊は六人――火、水、風、土、闇、光――だが、元々世界には多くの大精霊がいたらしい。

 千年単位レベルの話だが、新しい大精霊が生まれたり、消えたりするのも当たり前の話だったそうだ。


 そうして今、新しい大精霊が生まれた。

 属性としては、氷の大精霊だというが……。


「大精霊って言っても、生まれたばかりは赤ん坊とそう変わらねぇ。だからこうして新しい大精霊が生まれそうになったら、今いる大精霊が面倒を見るんだが……」

『だいたい、その場にイル中で一番力が強い大精霊が選ばれるノダガ……』

「……」


 俺はじっーと見てくる二人からそっと視線を外す。


 つまり、この小さな大精霊に選ばれた俺の力は目の前の二人よりも強いらしい。


 この子が生まれる前にどっちがおじいちゃんになるかを決めるつもりだった二人から見れば、いきなり現れた訳の分からないやつにすべてを持っていかれた形で納得が出来ないのだろう。


「で、テメェは結局何者なんだ?」

「人間です」

『ウソを吐くな』


 嘘じゃないんです。

 最近種族アラタとか言われてるけど、俺は人間のつもりなんです。

 というか、大精霊からも人間扱いされない俺って、もしかして本当に人間じゃないのかと不安になって来る。


「えーと、とりあえず神様に会ってなんか力貰っちゃって」

「ああ、なるほど。まあそれなら」

『神のヤルことは気まぐれダカラな」


 そう言った瞬間、二人はちょっとだけ納得した風になる。

 ついポロっと言ってしまったが、もしかしてこの島の人たちにとって神様って当たり前だったりするんだろうか?


「まあしかし、それとこれとは話は別だ」

『ソノ通り。ワレはじいと呼ばれたい』


 ちょっとお二人のその願望、強すぎませんかね?


 俺としては、いい加減この状況をなんとかしたい気持ちもあって――。


「あ、そうだ」


 俺は名案を思い付いた。


「とりあえず、この子が次起きたらグエン様のことを『じいじ』、ジアース様のことを『じい』と呼ぶように言ってみますね」

「おいアラタ! 今日からお前はワシの息子だ!」

『ワレのことは父と呼ぶがイイ息子ヨ!』

「お二人とも単純すぎませんかねぇ⁉」


 まあでも、とりあえず納得してくれたようでなによりである。

 仲良くできるに越したことはないのだ。


「あとの問題は……」


 このコアラの赤ちゃんのように抱き着いて離れない少女をどうしたものかな、ということであるが……。


「まあ、なんとかなるか」


 だいたいいつも、なんとかなってきたし。

 とりあえず、満面の笑顔をこちらに向けてくる二人とは仲良くなれそうで良かった良かった。

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