第65話 大精霊たちの理由

 ゆっくりと終わりのない深海へと落ちていく感覚。

 闇の牢獄の中は昏い闇で覆われていながらも、普通に辺りを見渡せるという不思議な場所だった。


「さて、と」


 辺りを見渡したがなにも見つからない。ただ、遠く離れたところで強い力を持った者同士がぶつかり合っているのはわかった。


 意識をそちらに向けると、ゆっくり身体が動く。

 浮遊魔法とは異なる感覚に少し慣れが必要だったが、次第に動き方を理解出来るようになってきた。


「この力が、火と土の大精霊様なのかな?」


 闇の中をフラフラと進んでいると、大きな力へ近づいているのが分かった。

 スザクさんやヴィーさんに近しい力は、俺の背中をちょっとピリピリさせる。


「あ……」


 遠くに魔力を纏った存在たちが見えた。それと同時に力の持ち主たちは俺の存在に気付いたらしく、殺気が向けられる。


「戦う気とかはないんだけど」


 とりあえず両手を上げて敵意はないアピールをしてみると、向こうも殺気を消してくれた。

 そのことにホッとしていると、突然巨大な炎と隕石が闇の中から飛んでくる。


「ちょ――!」


 それぞれがティルテュの破壊光線くらいの威力を持っていて焦ったが、なんとか打ち砕くことに成功。

 魔術が飛んできた方向に視線を向けると、大精霊らしき二人が驚いた顔でこちらを見ている。


「なんか、あの感じも久しぶりかも」


 最近はアラタだから、と一言で納得されることが多いが……実はあれちょっと凹むんだよなぁ。

 

 大精霊様たちはすぐに次の攻撃に入ろうとするが、それより早く俺が一気に近づいた。


「ストップストップ! こっちに敵意はないから落ち着いてください!」

「「なっ――」」

「俺の名前はアラタ! シェリル様にいきなりここへ放り込まれただけの一般人です!」


 この状況は二人にとってもイレギュラーだろうし、下手なことをするよりも一気に事情を説明するのが吉。

 そう思い、俺は自分のことを話し始めると、それが功を制したのか二人も攻撃する気配を止めてくれた。


 しばらくして火の大精霊――グエン様がライオンのような炎の髪を揺らしながら口を開く。


「……つまりお前さんはワシらを止めるためにやってきたわけじゃな?」

 

 身体が大きいせいか、それともその身に宿った力のせいか、ただそこに立っているだけなのにまるで太陽が傍にあるよう存在感。

 人の身体を持っていながら炎の化身である矛盾を抱えていて、目の前に立つと余計に不思議な感覚がする。

 炎の纏った着流しと腰に差した刀は、まるで昔の任侠者のような雰囲気があって、正直男として憧れるくらい恰好良かった。


『ヒトをここにイレルなど、シェリルはいったいナニを考えてイル……?』


 グエン様の隣で立っていた土の大精霊――ジアース様。


 ――精霊っていうより、どう見てもロボットなんだけど……。


 まるで未来のロボット兵器のようだ出で立ち。

 金属で覆われていながらも、すらっとした体躯にクールな雰囲気はどこか男のロマンが詰まっていて、なんか腕からドリルとか飛ばしてきそう。


 ロボットに憧れない男はおらず、ジアース様を見た俺もちょっとテンション上がってきている状態だ。


「まあこいつを人って括りにしていいかはともかく、同感だ」

「いや、俺は人ですけど」

「人はワシらの攻撃を受けて生きてられねぇんだよ」


 まだ初対面なのにちょっと酷くないですか? 


『ソレで、キサマは我々がなぜここにイルのか、聞いてイルのか?』

「え、いや実は全然。なんか二人を説得してこいって言われただけで事情とか知らないです」

「お前、よくそれで闇の牢獄の中に入って来たな」


 自分の意思で入ったわけじゃないんですけど……。

 と言っても仕方ないのでちょっと曖昧に笑っておく。


「だからお二人の事情を知らないんで、教えてください」

「……」

『……』

「あれ?」


 なぜか急に黙り込む二人。

 そういえばシェリル様もなんかしょうもない理由、とか言ってた気がするが……。


「もしかして、ただの喧嘩とか?」

「そんなわけあるか。ただ――」

『我々には、退けぬトキがあるというダケだ』

「えーと……」


 それはつまり、お互い譲れないものがあって戦っていたってことでいいのだろうか?

 とはいえ、シェリル様の命令は二人を説得してこいというもの。


 この闇の牢獄自体は力づくで破ることが出来るのは証明しているので自力で脱出は出来るが……。


 ――さすがに次やったら今度こそ本気で殺されそうだし。


 なんか、シェリル様って強さ以上に怒らせると怖い雰囲気があるんだよなぁ。


 レイナの怖いはなんか母親に怒られる怖さがあるが、シェリル様の怖さはクラスの女帝が睨みを利かせる感じの怖さ。

 どっちにしても、頭が上がりそうにない。


「俺もシェリル様に言われてて、退けないんですが」

「……あー」

『……ウム』


 俺の言葉に二人とも若干気まずそうな顔。

 もしかしたらグエン様もジアース様もシェリル様に怒られるのは怖いのかもしれない。


「仕方ねぇか」

『……』


 頭をかきながら、グエン様が諦めたようにその場に胡坐をかく。

 ジアース様も座り込み、どうやら話してくれるつもりらしい。


 二人は一瞬目配せをして、それから真剣な表情で俺を見る。

 どうやら、シェリル様が言っていたしょうもない理由、というのは違いそうだ。


『説明シヨう』

「はい」


 俺も二人の雰囲気に合わせて、真剣に聞こうと正面に座り込む。


「簡単に言えば、ワシとジアース、勝った方が次に生まれてくる大精霊の『じいじ』になるって話だ」

「……」

『ワレはじいと呼バレたい』

「……」

「……」

『……』


 俺の言葉を待っているのか、二人は黙り込む。

 だが待って欲しい。とりあえず、俺は今なにを聞かされたのかもう一度考えたい。


 ――次に生まれてくる大精霊の『じいじ』になる。

 ――じいと呼ばれたい。


「そうですか」


 うん、そしたら邪魔したら駄目だな。

 だって二人は真剣なんだから。

 あとなんか、このままここにいたらとんでもないくらい面倒なことになる気がしてきた。


「じゃあ俺は帰りますね。どうやって帰ったらいいのか分かりませんけど」


 二人の返事を聞くより早く立ち上がり、彼らに背を向ける。

 そこには白いシンプルなワンピースを着た白銀の髪の少女がこちらを見上げていた。


「……」

「……」


 俺と少女が見つめ合う。

 それがとても嫌な予感がして――。


「パパ!」


 少女は笑顔で俺を指さしながら、とんでもない爆弾を放ってくるのであった。

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