第64話 シェリル様
闇の大精霊――シェリル様。
大精霊が三柱もいるとややこしいから名前で呼べと言われたので、今後はそう呼ぶことになった。
シェリル様に案内された神殿の中は、その名とは裏腹に柱も壁も白を基調とした美しい内装だ。
灯された蝋燭が雰囲気を出しており、なんとなくゲームのラストダンジョンのようだと思ってしまう。
「おぉ……」
時折見られる年季の入ったまるでガーゴイルをモチーフにした銅像や、ファンタジーっぽいエンブレム。それに途中で両分けされたされた階段など、男の厨二心をくすぐるものばかり。
それにちらっと見えたのは宝箱だろうか?
なぜ神殿の中に宝箱がポツンと置かれているかなど追求しない。
なぜならきっと、これは形式美というやつなのだから……。
そんな風に内心でテンションが上がっていると、シェリル様が振り返って呆れたように見てきた。
「人の家をジロジロと……そんなに珍しいものかしら?」
「そうですね。俺のいたところだと滅多に見られないので」
少なくとも日本では神殿をモチーフにした式場などはあっても、こんな風にダンジョンのように奥に長い場所は初めてだ。
俺のいたとき、小説などではVR世界が広がる未来というのはあったが、現実にゲームの中に入り込むような疑似体験は出来なかった。
「多分、この場所に入って興奮しない男はいませんよ」
「その言葉……最低ね。死ねば?」
「なんでですか⁉」
「いやアラタ……今の言葉はカティマも最低だと思う」
「だからなんで⁉」
テンション上がるじゃん! ここでなんか格好いい系のBGMとか流れたら絶対テンション上がるよね⁉
なんだかシェリル様とカティマの目が冷たくなって怖いんだが……助けてレイナ……。
「一つだけ言っておくぞアラタ」
「……うん」
「もしこの場にレイナがいたら、もっと冷たい目で見られてたと思う」
「そうなんだ……」
もう俺にはなにがなんだかわからないよ。
ただどうやら、俺はなにか失言をしてしまったらしい。
今後は気を付けないとと思いつつ、このいたたまれない空気をなんとかしなければと思い、話題を変える。
「ところで、火の大精霊様と土の大精霊様はなんでここに? 元々それぞれの場所があるんですよね?」
「そうね……とても、とてもしょうもない理由よ」
意味深に呟くだけでどうやら語る気はないらしく、そのままスタスタと前に歩いて行ってしまう。
そんなシェリル様の態度に俺とカティマは顔を見合わせ、首をかしげるのであった。
連れてこられた先には、まるで古代のコロシアムのような広い円形の空間。
あたりは観客席で囲まれており、その中心には黒い球体がゆらゆらと浮かんでいた。
球体に込められた魔力量はすさまじく、俺が『ちょっと怖い』と思うレベルだから相当だろう。
レイナ曰く、この島には強い魔物が多いらしいがそれでも俺が怖いと思うことはほとんどない。
大抵のことはこの身体がなんとかしてくれると楽観視しているのだが……稀にスザクさんやヴィーさんみたいな人たちを前にした時は背中がピリピリするときがあるのだ。
そしてそれは、この闇の大精霊シェリル様も当てはまるし、彼女が作り出したであろうあの球体からもそう感じる。
あと単純に、シェリル様ってなんか女王様みたいな雰囲気があって俺は怖いと思う。
「ここは……?」
「暇つぶしのコロシアムよ。普段ならその辺の魔物を捕まえてあそこで死ぬまで戦わせたりしてるんだけど……」
突然のカミングアウトに驚いた俺は、カティマの耳元で小さく囁く。
「ねえカティマ、この発言だけでこの人怖いんだけど」
「アラタ。それに対してカティマが怖いとでも言ったらどうかるか考えなかったのか? なあアラタ? カティマ、死んじゃうぞ?」
「ご、ごめん」
ハイライトの消えた瞳でこちらを見上げてくるカティマに反射的に謝る。
「そこ、聞こえてる」
「「っ――⁉」
ピンと背筋を伸ばしてシェリル様を見る俺たち。
なんというか、やはり最強種としての格みたいなものはあるのだが、それ以上に逆らってはいけない雰囲気がある。
「とにかく、さすがにあのアホどもをここで戦わせるわけにはいかないから、闇の牢獄に放り込んだのよ」
「あのアホども?」
「火と土の大精霊」
それを聞いた瞬間、俺はなるほどと思った。
俺の中にあるセンサーが反応したのだ。
「それじゃあ大精霊様たちの安否も分かったし、俺たちもそろそろ帰ろっか」
「アラタ……嫌なことがあっても立ち向かう勇気が必要だと思う」
「大丈夫、アールヴの村はしばらく俺が滞在して魔物たち追っ払うからさ」
多分だけど、これ以上ここにいてはいけない。
だってすでにシェリル様が肉食獣のような鋭い瞳で俺のこと見ているんだから。
「ところでアラタって言ったわね」
「それじゃあシェリル様、お疲れ様でした」
「アンタなんか普通じゃないみたいだし、ちょっとあの中に入れるからアホ二人を説得してきなさい」
その瞬間、俺の足場が急になくなる。そして下を見れば、いつの間にかコロシアムの中心上空にいて、このまま落ちれば球体の中に取り込まれるだろう。
だがしかし、実は俺は飛べる。前にヴィーさんが使った浮遊魔法を覚えているのだ。
「よし……」
『落ちなさい』
「え?」
その瞬間、まるで凄まじい重量物を背負わされたような衝撃とともに、一気に地面に加速していく俺の身体。
おそらくこれは重力魔法だろう。
そんなことをゲーム知識で推測しながら、やっぱりシェリル様はなんか怖いと思いつつ、球体の中に吸い込まれるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます