第63話 闇の大精霊
ルナやエルガ、ティルテュ。それにスザクさんにヴィーさん。
他にもこの島で色んな種族の人と出会ってきたが、彼らはみんな好意的に接してきてくれた。
だから正直楽観視していたというか、まあ大抵のことは許してくれるだろうと思っていたのだ。
闇の大精霊の住処である崖の中を歩いて行くと、その先に大きく広がった場所。
とても崖の中にあるとは思えないような豪奢な神殿が建てられており、入り口には黒いドレスを着た若い女性が立っていた。
「あ、あれはまさか……」
闇のように黒い髪を緩やかに伸ばした女性が、腕を組んで苛立ちを隠さない様子でこちらを睨んでいる。
最初からこうして敵対心を隠さずに睨んでくる相手と出会ったのは、この島では初めての経験だ。
「闇の大精――っ⁉」
カティマが言葉を言いきるより早く、俺たちの頭上に闇の槍が無数に浮かぶ。
その切っ先は完全に俺たちをターゲットにしており、少しでも動けば一瞬で串刺しになる未来が見えた。
「あああ……だ、だからカティマは言ったんだ! アラタには期待してないって!」
「酷くない?」
「酷くない! というか、闇の大精霊様怒ってるから早く謝るんだ!」
「謝るにしても、もう少し近づかないと……」
俺たちの立っているところと神殿はまだ距離がある。
ここから大声で叫べば聞こえるだろうが、なんとなくそれは悪手な気もした。
「よしアラタ。まずは着ている物を全部抜いで抵抗しないことを示すんだ」
「この場で全裸になれと……? いやそれはそれで喧嘩を売ってる気がするんだけど」
相手も俺の裸とか見たくないだろうし、変質者として串刺しにされる未来しか見えない。
『それで……わざわざ張っていた結界をぶち抜いてまでやってきた理由はなにかしら?』
「っ――⁉」
距離があるというのに、脳に直接響くような声が聞こえてきた。
隣でカティマが驚いているから、彼女の方にも同じように声が届いているのだろう。
『喧嘩を売りきたって言うなら買うけど……こっちも今アホどもの相手で忙しいから、すぐに終わらせるわよ』
ヒュン、と風を切る音とともに黒い槍が三本俺に目掛けて飛んでくる。
それを取ろうとしてすぐ、当たらない軌道だと気付いたから動かずにいると、足元にトトト、と突き刺さった。
『見えていたの?』
「えと……はい」
『そう――』
また槍が飛んでくる。今度は俺の隣に立つカティマに向かっていて、しかも当たる軌道だったので掴んだ。
「……え?」
目の前に突然槍が現れたように見えたからか、カティマが呆然とした顔をする。
彼女はアールヴとして強い種族ではあるが、それでもこの島に住む最強種の面々と比べるとさすがに見劣りするのだろう。
「今の俺が止めなかったらカティマに当たってたんですけど?」
『そうね。けどアンタが止めたからいいでしょう?』
「よくないですね」
その瞬間、宙に浮く黒い槍が一斉に降り注ぐ。
まるで雨だと思いながら拳を握って一つ一つ叩き潰していくと、鈍い音が辺りに反響した。
そうして粉々になった黒い槍は地面に落ちていき、土の大地は黒く浸食されていくのは、どこか不気味なものだ。
「とりあえず、喧嘩を売りに来たわけじゃないんです。だから……」
地面に魔力を感じ、なにかされる前に思い切り足を踏み込む。
大地が揺れ、魔力は霧散し、そして遠く離れたところで火山が噴火したような音が聞こえてきた。
……俺のせいじゃない、よな?
「アラタ……」
「違う。違うよ多分」
「カティマはもう、アラタの言葉は信じないと心に決めた」
なぜかここにやってくる道のりで、カティマの信頼度がどんどん下がっていく。
『……それで、そっちはアールヴの子だとしてアンタは?』
「あ、話を聞いてくれるんですか?」
俺の視界が一瞬ぶれた、と思った時には目の前に闇の大精霊様がいた。
隣にはカティマ。そして先ほどよりもずっと近くなった神殿。
「これ以上は時間の無駄だと思ったからよ。さっさと要件を言いなさい」
どうやら一瞬で目の前に転移させられたらしい。
以前レイナに、転移魔法は神の領域だから人間には不可能だと聞いたことがあったが、さすがはこの島の最強の一角だと感心してしまう。
「あ、あの大精霊様! カティマはカティマと言います!」
「そう……で?」
「ここ最近、いつも見守ってくれていた大精霊様たちの姿がなく、それで心配になって……」
「様子を見に来たんです」
険しい顔をしている闇の大精霊に委縮してしまっているカティマに代わり、俺が続きを話していく。
普段から見守ってくれていた二柱の大精霊たちが姿を見せなくなったこと。
それによって、周辺の魔物たちがアールヴを狙い始めたこと。
大精霊様でも解決できないトラブルに見舞われているのではないかと心配したこと。
闇の大精霊は聞く姿勢は見せてくれているので、ゆっくり事情を話すと、険しかった表情を徐々に崩し始めた。
どうやら敵ではないということを理解してくれたらしい。
「とりあえずアンタらの事情はわかったわ。で、火と土のだけど……あいつらならここにいるわ」
「っ――⁉ 本当ですか⁉」
闇の大精霊様の言葉にカティマがホッとしたように声を上げる。
俺としてもこれ以上あちこち探す手間がなくなって良かったのだが、どうにも闇の大精霊様の表情を見ていると、厄介ごとがありそうな気が――。
「ええ……ただどうしたものかしらね」
「なにか問題でも?」
「まあ言うより見た方が早いわね。ついて来なさい」
そうしてこちらの返事を待たずに彼女は中に入っていく。
「厄介ごとの気配がするなぁ」
「でもアラタ、大精霊様がついてこいって言ってるんだから行くしかないぞ」
「まあ、そうなんだけどね」
仕方がないと自分に言い聞かせ、俺たちは闇の大精霊様の神殿に足を踏み入れるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます