第62話 闇の牢獄
崖の上から見たときはどこまでも続いているかのように見えた闇は、実際にどこまでも続いていたらしい。
真っ暗闇で視界は悪く、上下左右の感覚はほとんどなくなっていた。
「カティマ、大丈夫?」
「だ、大丈夫だけど、これいつまで落ち続けるんだ⁉」
「うーん……」
空からスカイダイビングをしたというよりは、海の中に飛び込んだよな感覚。
終わりが見えないというより、終わりがないのではないかと思う。
「どうしよう……多分これ、なんか魔法的なのだよね」
さすがに恐怖心とかを置き去りにした俺でも、この状況が不味いのはわかった。
明確な敵がいるならともかく、攻撃ですら魔法に対しては抵抗出来る手段がないのだ。
「……アラタ、もうダメだ。カティマはこれと同じ魔法を聞いたことがある」
「え?」
「闇の大精霊様が悪いことをしたやつに使う最強の封印魔法『闇の牢獄』。この魔法から逃れられたのは、たった一人しかないって言われてる」
そう言うカティマの声は、諦め一色だった。
とはいえ、俺からすれば過去に一人でも脱出出来たことがあるというなら、チャンスはあると思った。
「その一人はどうやってこの『闇の牢獄』から逃れたの?」
「元々そいつは闇の力を持っていたというのが一つ。もう一つは、力づくで無理やり……」
「なるほど」
それはシンプルでわかりやすい。
闇の力があれば力づくで破ることが出来るのなら、俺でも大丈夫だろう。
「カティマ、ちょっと落ちないように抱き着いてて」
「え?」
「ちょっと全力出してみるから」
俺は足場もなくゆっくりと落ち続ける闇に身を任せるように、一度力を抜く。
「ぜ、全力? なんだかカティマはその言葉に恐怖を感じてしまうのだが……」
「今まで全力って出したことないから、実は俺もちょっと怖くなってきた」
「……っ」
カティマは戸惑った様子のまま俺に抱き着いてくる。
その様子は怯える子どものようで、やっぱり暗闇は怖いよなぁと思う。
俺も昔は暗闇が怖かった。
何気なく部屋に飾ってあった気球の絵が、こちらを殺そうとしている殺人ピエロのように見えたり、体が固まって幽霊に乗られているんじゃなかという錯覚を覚えたり……。
「よぉし、やるか」
俺の一言でカティマがさらに力強く抱きしめてくる。
今までなんだかんだで生き物が相手だったから、ほぼ無意識に手加減していた自分の力を、あえて意識的に発揮しようと心に決める。
するとほんの少しだけ、俺の身体が白く光り始めた。
この闇の世界の中では魔法が使えない、とカティマは言っていたが、どうやらそれは大げさだったらしい。
「吹き飛べぇ!!」
俺が全力で拳を突き出す。すると身体に溜まっていた白い光が光線のように闇の切り裂いていき――。
『は? はあぁぁぁぁ⁉ 私の闇の牢獄が吹き飛ばされ――』
聞き覚えのない女性の声が辺り一帯に響き渡るのであった。
闇が吹き飛ぶと、俺の足元は地面の上に立っていた。
どうやら最初からずっと地面の上だったらしい。
「カティマ、着いたよ」
「お、おおお……おおおおお?」
「カティマ?」
グワングワンと目を回しながらカティマはふらふらしている。
このまま地面に下ろしたら不味いかと思って抱っこをしながら空を見上げると、崖の上から太陽が見えた。
両サイドには崖が広がっていて、どうやら大地の割れ目のような場所らしい。
とはいえ、その割れ目も広く、人どころかドラゴンでも入ってこられそうだが……。
「こんな風になってたんだ……」
崖ははるか上まで広がっていて、俺たちが飛び降りた場所は見えなかった。おそらく一キロ以上は降りてきている。
「こ、ここが……闇の、大精霊様の住処か……」
「あ、カティマ。もう大丈夫そう?」
「……うん。大丈夫か大丈夫じゃないかと言われると、色んな意味で大丈夫じゃないけど、とりあえず立てる……」
地面に降ろしてあげると、彼女は相変わらず頭をフラフラさせながらも辺りを見渡す。
そういえば、カティマも闇の大精霊様の住処には来たことがなかったと言っていたが、やはりもの珍しく思ってしまうのだろうか?
「ついに来てしまった。大精霊様の中で一番恐ろしいと言われている闇の大精霊様のところに……」
「そうなの?」
「火の大精霊様と土の大精霊様は比較的カティマたちアールヴと交流をしてくれることもあるらしいけど、闇の大精霊様だけはほとんど近づいて来ないんだ。だから実はカティマもあんまり知らないけど、怒らせるとどの大精霊様よりも怖いらしい」
「へぇ……」
それは困った。とりあえず俺はあんまり空気を読まないから気を付けてってレイナにも言われてるし、注意しないと。
「よし、じゃあ怒らせないようにしないとね」
「うん、正直アラタにはなにも期待してないけど、その志だけは重要だと思う」
「……酷くない?」
「酷くない」
そっか……。
どうやら今までの行動からカティマの信頼をだいぶ失わせてしまったらしい。とはいえ、失ったものは取り戻せばいい。
俺は名誉挽回のために、闇の大精霊様が出てきたらしっかりと対応することを心に決める。
「ところで、ここからどうしよっか?」
「どうするもなにも、とりあえず進むしかないと思う」
そうしてカティマは西を見る。
崖穴は東西に真っすぐ伸びており、どちらかを選ぶしかないわけだが、彼女の目には迷いなどなかった。
「そっちなの?」
「多分。あっちの方から精霊の力がするから」
「……本当だ。なんか魔法とは違う不思議な感覚があるね」
今まで精霊という存在にあったことはないが、感覚を鋭くさせると不思議な力が湧いているのが分かった。
それに、この島に来てから最高レベルで強い力も。おそらくこれが大精霊様だろう。
「いいかアラタ! もう一度だけ言っておくが、闇の大精霊様に失礼な態度を取るんじゃないぞ!」
「大丈夫! 任せて!」
「……カティマはこんな自信満々で怖い答えは初めてだ」
「酷くない?」
「酷くない」
カティマがなんか冷たい。
まあでも、今のところ大精霊様になにかをしたってわけでもないし、これまで出会ってきた最強種の人たちもみんな意外と寛大だったから大丈夫だろう。
そんな楽観的な考えのまま、俺はカティマとともに闇の大精霊様がいるであろう場所に向かって行った。
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