第61話 火山帯から更に北

 カティマに着いて行きながら火山地帯を歩いているのだが、思ったより熱い感じはしない。

 この辺り、神様特製ボディのありがたみを感じるところだ。


 そういえば、と隣の少女を見る。


「カティマは熱くないの?」

「アールヴは火と土と闇の大精霊様たちに愛されてるからな」


 それが誇りなんだ、と顔に書いてあるくらい自慢げだ。

 実際やせ我慢でないことは、汗一つかいていないカティマを見ればわかる。


 とはいえ、さすがに溶岩はダメらしく、時々地面を流れている赤い溶岩は避けていた。

 俺はというと、時々足に触れているが特に問題ないので、普通にまっすぐ進む。


「……」


 カティマが俺を見て、流れる溶岩を見て、また俺を見る。


「なにその視線は?」

「アラタは絶対におかしいと思うんだ」

「……そんなことないし」

「普通、溶岩に足を突っ込まない」


 いやそれはほら、子どもの頃って新しいレインブーツを買ってもらった時とか、雨が降ったら水たまりに足を突っ込むのと同じ感覚だよ。


 と、言いたいところだが言えない。

 だってこの例えは、現代日本で生きてきていない人たちには理解出来ないことだから。


「そういえば大精霊様たちも、溶岩でレースとかしてたけど……」

「へぇ、それは楽しそうだね」

「そこでその言葉が出る時点で、アラタ頭おかしいんじゃないか?」


 なんか最近カティマの言葉が辛らつだ。


「と、とりあえず先に進もう。土の大精霊様が住処にいなかったってことは、火の大精霊様か闇の大精霊様の住処にいる可能性が高いんでしょ?」

「うん……そこでなにかトラブルに巻き込まれてるんだと思う」


 大精霊といえば、この島で最強種にあたる存在たち。


 それこそヴィーさんやスザクさんたち同様の力を持っているし、千年以上もこの島で生きてる存在なんだから、大抵のトラブルくらいは自分たちで解決できるだろう。

 

 それでも戻ってこないということは、恐らく彼らにとっても予想外のトラブルが発生したということに他ならない。


「……力づくで解決できることだったらいいけど」

「大精霊様たちが解決できないことを力づくで解決しようとするあたり、やっぱりアラタは頭おかしいな」

「カティマ、そろそろ俺も傷付くから、もっと優しくしてほしいな」

「アラタがまともなことを言ったらな」


 カティマが酷い。


 そんな会話をしながら火山の麓にある火の精霊様の住処にやってくると、そこはもぬけの殻だった。


「……ここにもいない」

「ってことは、闇の大精霊様のところ?」

「かもしれない……場所は知ってるけど……」


 そうしてカティマは更に北を見る。


 俺たちはアールヴの村から北に歩きながらまっすぐ進み、土の大精霊様が住む絶壁まで来た。

 そして今回、更に北にあるこの活火山地帯。


 カティマが言うには、闇の大精霊様の住処は更に北にあるらしい。


「まあここまで来たら、行くしかないよね」

「うん……」


 とりあえず溶岩の影響が少なそうな場所にテントを張り、一夜を明かしたのだが……。

 

「土の大精霊様の住処と違って、噴火する火山の音がうるさくて中々寝付けなかった……」

「カティマは、正直寝てる間に溶岩に飲み込まれるんじゃないかって不安で仕方がなかった……」


 どうして俺たちはこんなところで寝ようなんて考えてしまったのだろうか?


 二人揃って寝不足のまま、真っすぐ北に向かって行く。

 火山を迂回するよりも、ある程度登りながら進んだ方が早そうだったのでそのルートを辿ると、意外と早く火山帯を抜けることが出来た。


 そうしてその先に広がるのは広大な荒野と、そして最奥に存在する断崖絶壁。

 来るときは登ったそれが、今度は下に続いている。


 まるで奈落へと続いているかのような深く昏い崖下の先は何も見えず、ただただ暗闇が広がっていた。


「良し、それじゃあ行こっか」


 そうして振り向くと、カティマは半泣きになりながら首を横に振っていた。


「どうしたのカティマ? こんなの普通に浮遊魔法で降りたらいいよね?」

「闇の大精霊様の住処では、魔法が使えないんだ」

「へぇ……そうなんだ」


 俺は再び崖の下を見る。ついでに近くにあったこぶし大の石を拾って落としてみると、いつまで経っても地面に落ちる音がしない。


「なるほど」


 俺は軽く準備体操をしてから、その崖を見下ろし――。


「それじゃあ、行こっか」

「……カティマは今、なんのためらいもなく笑顔で飛び降りようとしているアラタを見て恐怖している」

「え? でも降りないと大精霊様たちがいるかどうかもわからないよね?」

「普通に死ぬ高さだと分かって欲しい!」


 死ぬかなぁ? と思ってしまう。


 どうにもこの身体になってから、恐怖心というものが薄れてしまっているというか、感覚が狂っているのかもしれない。


「じゃあどうするの?」

「……ううぅ」

「長老にも、探してきて欲しいって頼まれたし……まあ俺一人で降りてみてもいいけど」


 カティマは俺を見て、崖の下の闇を見て、そしてまた俺を見る。


 ……なんかちょっとデジャブだなこれ。


 そうして何度も何度も視線を揺らし、そして覚悟を決めた様に喉を鳴らす。


「……カティマは責任感のあるアールヴだ」

「つまり?」

「飛び降りてやるって言ってるんだよ! ほらアラタはやく! カティマの覚悟がなくなる前に早く!」


 両手を出して、子どもが抱っこしろと言うようなポーズを取るカティマに、俺は言われるがままに行動する。


 彼女の太腿の下に手を入れると、そのままお姫様抱っこのように抱きかかえ――。


「それじゃあ、飛び降りるね」

「あ……ちょ……やっぱなし――っ」


 俺は躊躇うことなくそのまま闇の中へと飛び込むのであった。

 

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