第60話 大精霊に会うために……

 アールヴの村から更に北。

 そこには断崖絶壁とも言える大きな崖が広がっていた。


「ここに大精霊様がいるの?」

「……」

「カティマ?」

「あ! う、うん。普段はここに大地の大精霊様がいるんだけど……」


 俺は周囲を見渡すが、残念ながらそこには誰もいない。どうやら外れだったらしい。

 とはいえ、大精霊様だってどこかに行きたい日はあるだろう。ということで今日はここでテントを張って、帰りを待つことにしてみる。


 この島にやってきてからアウトドア的なものはだいぶ得意になった。

 それに最近は使っていなかったレイナの軍用テントはどんな場所でも広げられるように工夫をされているので、すぐに準備も整う。


 テントの中で生活しやすいように家具などを取り出していると、不安そうにカティマが声かけてくる。


「なあアラタ……今更なんだが、なんでカティマも一緒なんだ?」

「え? だって道案内人が必要だし」

「それで大精霊様に怒られたらどうするんだ。カティマは、嫌われたくないぞ……」

「うーん……」


 どうやらカティマにとって、大精霊様の住む場所にやってくるというのは相当な罰当たり的な行為らしい。

 しかしこれは怒られることなのだろうか?


 これくらいで怒るような狭い心の持ち主が、この最強種族の集まる島で縄張りのリーダーを張れるとは思えないんだよなぁ……。


「大丈夫じゃない?」

「アラタは楽観的過ぎる……」


 普段から俺たちの住む家で楽観的なカティマに言われるとちょっとショックな気持ちが湧いてくる。


 とはいえ、状況が変われば色々と変わるものだ。

 カティマが緊張してしまうくらい、彼女たちアールヴという種族にとって大精霊という存在は大きい物なのだろう。


「まあとりあえず今日はもう日も暮れるし、先に寝ちゃおうか」

「ああ……ところで、カティマはどこで寝たらいい?」

「え? 普通にテントの中だけど」


 レイナから預かっているこの軍用テントはかなり大きい。

 それこそ今の家を作る前は、元々二人でずっと寝泊まりをしていたものだ。二人で寝るには十分過ぎるし、いったい何を困惑しているのだろうか?


「うーん……これはレイナに悪い気が……だけどアイツも別に意識してる感じはなかったしなぁ……」

「カティマ?」

「うん、とりあえずアラタは後でレイナに謝っておけよ」

「なんで急に⁉」


 いったい彼女の中でどういう流れが出来上がったのだろうか?

 そもそも、家に遊びに来てた間だって普通に寝てたのに……。


「アラタは多分、その内刺されると思う」

「だからなんで⁉ というか誰に⁉」


 そんなやり取りをしながらとりあえず寝たのだが、次の日も、その次の日も大精霊様が戻ってくる気配はなかった。


「どうしよっか?」

「とりあえず大地の大精霊様が戻ってきてないのは確定だから、次に行こう」


 そうしてカティマはさらに北、断崖絶壁の上を超えた先に向かおうとする。

 浮遊魔法でさっと上ると、草木一本生えていない不毛の大地が広がっていた。


 その先には巨大な活火山。


「火の大精霊様があそこにいるはずなんだ」

「なるほどね……」


 これは、一筋縄ではいかないかもしれないと思った。

 火山を拠点にしているのか、火山の上空では火竜が飛び交い、大地には岩っぽい蜥蜴型の魔物たちがそこら中を歩いていた。


 別にあれらにやられることはないが、しかし片っ端から叩き潰していくわけにもいかないだろう。


 魔物たちにだって生きるための権利はあるし、なにより俺たちは生態系を乱しに来たわけではないのだから。


「どうするの?」

「とりあえず真っすぐ進んで、邪魔する魔物は吹き飛ばす」

「……えぇー」


 愛用している武器を軽く振り、気合十分のカティマだがやり方はとても乱暴だ。

 それこそ大精霊様に怒られそうな行為だが、いいのだろうか?


 そう思いながらもとりあえず彼女の背を追いかけるように付いて行くと、岩っぽい蜥蜴の魔物が気付いて襲い掛かってきた。


「ふん!」


 しかしそれはカティマが振り回した石斧の一撃で遥か空に飛び、空中を優雅に飛んでいた火竜にぶつかってそのまま落下させる。


「さあ、次はどいつだ?」


 カティマがギロリと睨むと、蜥蜴たちは慌てたように逃げ出した。どうやら生物の格の違いを見せられて、本能が逃走を選んだらしい。

 それは上空にいた火竜も一緒のようで、気付けば辺りに魔物はいなくなる。


「……カティマってさ」

「うん?」


 ――なんかいきなり魔物たちの中に現れた、生態系を乱す系大型獣みたいだよね。


 そう言おうと思ったが、やめた。なぜなら盛大にブーメランが返ってきそうだったから。


「なんでもない。とりあえず進もうか」

「うん」


 そうして先ほどから何度も何度も噴火している火山に向かって歩きながら、ふと思った。


 俺は、溶岩に飲み込まれても大丈夫なのだろうか?


 なんとなく、ティルテュの炎を浴びても火傷一つなかったし大丈夫だと思うのだが、しかしやはり溶岩は特別な気もする。

 だいたい強い敵は溶岩に落とす、というのが漫画とかでも定番な気がするのだ。


「ああでも、だいたい溶岩に落とされた敵って復活するか」


 そう考えたらやっぱり大丈夫なのかもしれない。


 そんな生産性も何もないことを考えていると、カティマがどんどん魔物を空へと吹き飛ばしていくので、俺はただ悠々と火山に向かって散歩をするような状態だった。

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