第59話 歓迎

 カティマに呼ばれて再び長老宅に戻ると、なんだか顔の紅いレイナとにやにや笑っているサリアさん。

 そして先ほどまでゆっくり寝ていたはずの長老が目を開いていた。


「アラタ、あそこ座って」

「あ、うん」


 そうしてカティマに指さされたレイナの横に正座をすると、長老が一瞬だけ身じろぐ。


「……」

「……」


 それからしばらく、長老はなにも言わない。無言の中で響く緊張感。


「……」

「……ぐぅ」


 カティマ、もしかして長老また寝てないかな? なんかすっごく小さいけど寝息っぽいの聞こえるんだけど……。


 そう思っていると彼女が立ち上がり、長老の耳元に顔を近づけて――。


「長老! さてはまた寝てるな! おーきーろー!」

「ふぁっ⁉」


 耳元で大声で呼ばれた長老は大きく目を見開いて声を上げる。

 びっくりしたのか身体も一瞬起き上がらせて、その後キョロキョロと周囲を見渡した。


「おお、カティマ。驚くではないか」

「なんでさっき起きたばっかなのにもう一回寝てるんだよ」

「なぁに、危険は去った。ならばワシが起きておる必要もなかろうて……」


 長老は穏やかそうに笑う。元々ゆっくりした雰囲気をもっているからか、笑うとさらに朗らかな雰囲気だ。


「それはそれとして、よく来たの客人たちよ」

「ちなみにさっき、アラタがいないときも同じこと言ったぞ」

「おお、そうじゃったか?」

「……はぁ」


 どうやら俺がいない間にも起きていたらしいが、あまり覚えていないらしい。

 しかし先ほどのレイナの表情といい、サリアさんの悪そうな顔といい、ちょっと離れただけなのになにがあったんだろう?


「で、なんか危険があるから呼んで来いって言ったの長老だけど……」

「だから危険は去ったと言っておろう」

「えぇー」


 困惑するカティマ。先ほどから時間はそう経っていない。なのに危険があるから呼んで来い、呼んで来たら危険は去ったなどと言われたらたしかに困惑するかもしれない。


 二人の掛け合いを見ていると、長老がゆっくりと俺の方を見て笑った。


「……あ、もしかしてさっきのワイバーンですか?」

「お主が我が子たちを助けてくれたのであったな。お礼を言うぞ」

「いやいや、あんなのを目の前で見たら助けるのは当然ですよ」

「ん? 何の話だ?」


 どうやら先ほどの光景をカティマは見ていなかったらしい。

 なので説明してあげると、喜んだ様子を見せる。


「なるほど。だからアラタはあんなに囲まれてたんだな」

「うん……」


 そんな会話をしていると、隣から視線を感じる。見るとレイナが、またトラブル引っ張ってきたのね、みたいな目で見てた。

 

 違うんだ。別になにか悪いことをしたわけじゃないし、俺がトラブルを持ってきたわけじゃないんだ。


 そう目で訴えるが、残念ながら彼女はまるで信じてくれなかった。


「おいおい、こんな他のやつがいる間に見つめあっちゃって、なぁ」

「レイナとアラタは仲良しだからな。だいたいいつもこうして見つめ合ってる」

「ちょっ! カティマ⁉」


 銀髪二人の少し弄りの入った言葉にレイナが焦ったような顔をする。

 

 たしかに俺も今のは少し恥ずかしい。というか、いつもそんな風に見られてたのかな俺たちって。


「まあこんな感じだから、婆ちゃんも諦めてよ」

「ああん? 別に男は独占しなきゃいけないわけじゃねんだから、ちゃっちゃとお前もくっつかないかい」

「……長老、婆ちゃんが怖い」

「ほっほっほ、サリアは早く孫がみたいんじゃろ。ワシも、見たいなぁ」

「長老の場合は、この島にいるのが全員孫みたいなもんじゃん」


 普段は淡々と、しかしちょっと天然の入ったカティマだが、今は少し子どもっぽい態度を取る。

 やっぱり自分の家だと落ち着くものなのだろう。


「まあそれはそれとして、客人や。まずは礼を言わせてもらおう。カティマを助けてくれたこと、そして先ほどのワイバーンの件も含めてな」

「あ、はい。とはいえ当然のことをしたまでですが……」


 深々と頭を下げる長老に対して俺も頭を下げる。この辺りはなんとなく日本人として、癖になってしまった仕草だ。


「なんにせよ、せっかくの客人だ。盛大にもてなさせてもらおうか」


 そうしてしばらくカティマたちと軽い談笑をしていると、料理が運ばれてくる。


 川魚に動物の肉など、この周辺で取れる素材をしっかり味付けされたそれらはとても美味しく、さらに用意された酒はまた味わいが深かった。


 サリアさんは話し上手で色々とこの村についても語ってくれる。ただ時々話を盛りたがる癖があるらしく、何度かカティマが訂正をする場面もあった。


 というか、普段はどちらかというと天然でボケをして突っ込まれる側なのに、この里に帰ってきてからは大体突っ込み役に回ってる感じだ。


 それが普段とは違って少し新鮮で、新たなカティマの一面を見れたと思った。


「そういえば、最近は大精霊様を見ないんだ」

「そうなの」

「うん。いつもなら時々この村の周りにやってきて、見守ってくれてるんだけど……」


 アールヴは火と土と闇の大精霊を信仰する一族。彼女たちの生活は、そんな大精霊たちに見守られているからこそ安息の日々を過ごせているのだという。


「今日ワイバーンが襲ってきたのも、多分それが影響しているんだと思う」

「普段はあんな風に近づいてこないの?」

「たまに群れから逸れたのは来るけど、それくらいだな。ここに手を出したらどうなるかわかってるから、あんな風に集団で来ることはほとんどないはずなんだけど……」


 たしかに、空を見上げたとき異様にワイバーンが多いなとは思った。

 それに普段からあんな風に狙われているなら、アールヴの人たちも普段の生活を常に脅かされているような状況になってしまうだろう。


「もしかしたら、大精霊様になにかあったのかもしれない」


 不安そうなカティマは初めて見た。


「それなら、一回見に行ってみない?」

「え?」

「その大精霊様たちのところ、様子を見に行ってみようよ」


 そうすればなにかがわかるだろう。

 もし何事もなければそれでいいし、何かあったときは助けられるかもしれない。


 そう思っての提案だったのだが、カティマは首を横に振る


「ア、アールヴが大精霊様の住処に行くなんてそんな恐れ多いこと……出来ない」

「そっか」


 アールヴにとって大精霊は神のような存在。そんなところに向かうのは、とても罰当たりな行為なのかもしれない。


「だったら、俺が行ってくるよ」

「えっ⁉」

「間違って入っちゃいましたみたいな形で行くから大丈夫……ですよね?」


 近くで話を聞いていた長老とサリアさんに振って見ると、彼らは少し考えたあとに首を横に振った。


「大精霊様の住む場所はとても危険じゃ……」

「そうだねぇ。いくらなんでもそう気軽に頼めるもんじゃないし、それで大精霊様が怒ってアンタを殺しちまったらさすがに寝覚めが悪い」

「大丈夫ですよ」


 俺はにっこりと笑いながら、少しだけ力を放出する。


「多分俺、大精霊様に攻撃されても死なないくらい頑丈ですから」

「「っ――⁉」


 伊達にこの島で最強クラスのスザクさんやヴィーさんに『化物』扱いはされていない。


「たしかにお主なら……それなら、スマンが頼む。大精霊様たちの様子を見てきてくれ」


 俺の力を受けた長老たちは驚いた顔をした後、そう頭を下げてくるのであった。

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