第58話 少女救出
絶壁に家が建てられているというのは、日本ではほとんど見たことがなかった。
しかし世界を見渡せば、そういう民族も普通にいたのだろう。
「しかし、改めて見ると本当に凄いな……」
カティマの婆ちゃんことサリアさんのセクハラから逃げ出した俺は、この光景に圧倒される。
長老宅は崖の上にあるので上から見下ろす形になるのだが、下から見た景色とはまた違う凄さがあった。
基本的には赤茶色の岩壁なのだが、そこに自分たちが住む場所は分かりやすくするためか白く塗られている。こういうのは、生活の知恵なのだろう。
空には少し小さめのドラゴンが獲物を求めてさまようように旋回している。
もしかしたらアールヴを狙っているのかもしれない。
「そういえば、ここ来たときからずっといるなぁ」
甲高い鳴き声は岩壁にぶつかりよく響く。バハムートであるティルテュに比べれば全然弱いと思うのだが、実際にどれくらいの強さがあるのか、実はよくわからないのだ。
たとえばエルガたち神獣族が強いのは分かる。スザクさんやヴィーさんたちがもっと強いのもわかる。
しかし、たとえば住んでいる森に生息している魔物たちのどれが強い方かなどは一切わからない。どれも同じくらい『弱く』思えるのだ。
そう言う意味では、頭上を飛んでいるドラゴンたちもみんな『弱く』感じる。だが一般的な獣人たちより弱いかは、わからない。
「うーん……こういうのって、あんまり良くない気がするなぁ」
というのも、例えばレイナ。彼女は人間の中では当然強いわけだが、どのレベルの魔物までなら戦えるかがわからないのだ。
それがわからないと、いつかとんでもないことになってしまう気がする。
「ん?」
不意に、上空を旋回していたドラゴンが勢いよくこちらに降りてくる。まさか俺を獲物としてみているのか? と思っていると、ドラゴンはスルーしてそのまま崖の下まで行き――。
「あっ⁉」
『た、たすけ――!』
次に空に上がってきた時、小さな女の子がそのドラゴンの足のツメに挟まれていた。
「ちょ――!」
手を伸ばすが届かず、そのまま上空まで一気に駆け上がってしまう。
どうやらずっと旋回していたのは、やはり獲物を捉えることが目的だったらしい。
アールヴの女の子は必死に手を伸ばして暴れているが、そもそもの体格も力も全然違う。このままではドラゴンの餌となってしまうだろう。
下を見れば彼女の両親であろう二人が、涙を流しながら見上げている。
「助けないと!」
急いで俺は浮遊魔法を使い、ドラゴンに迫る。
まさか空の王である自分たちに襲い掛かる者がいるとは思わなかったのか、驚いたように速度を上げた。
「逃がさない!」
他のドラゴンたちが火を噴くが、俺はそれを無視して突き進む。炎の中から無傷で飛び出した俺にぎょっとした顔をするが、正直言ってこいつらは敵ではない。
「その子を、返せー!」
一気に速度を上げて、アールヴの子どもを掴んだドラゴンに迫った俺は、そのまま頭を殴り飛ばす。
その衝撃でポロっと爪から少女が落ちるので、俺は急いでキャッチ。
「きゃっ⁉」
「大丈夫?」
「あ、あ……」
どうやら恐怖でなにも言葉が出ない状況らしい。
カティマやサリアさんと同じく褐色の肌に銀色の髪。アールヴの特徴を持った少女は、ただただ言葉に詰まっていた。
「ギャァ!」
「ひっ」
ドラゴンたちが獲物を取り返そうと俺に向かって叫ぶ。しかし、近づいては来ない。
「どうやら、力の差は分かってるみたいだね」
「ぎゃ……ぎゃぁ……ぎゃぁ……」
力ない雄叫び。俺が少し近づくと、ドラゴンたちは少し離れる。完全にビビっているのに逃げ出さないのは、ドラゴンとしてのプライドか。
「まあ、だからって関係ないけどね」
意識的にプレッシャーをかけるべく、睨みつける。
その瞬間、まるで蜘蛛の子を散らすようにドラゴンたちは逃げて行った。
「うわぁ……グランドワイバーンたちがあんな風に逃げるの、初めて見たぁ……」
「……ワイバーンだったんだ」
普通にドラゴンと思っていたら、もっと弱いやつだったらしい。
言われてみればたしかに、これまで見てきたドラゴンと違って、縦に長くてゲームとかで見たワイバーンに感じに近い感じだった。
とりあえず少女を怖がらせない程度に速度を落としながら、ゆっくりとアールヴの村に戻る。
地上には泣き崩れた両親と、それを慰めるアールヴたち。
俺は近くに降りると、少女を地面に降ろしてあげる。
「パパ! ママ!」
「あ、ああああ!」
そうして感激した様に抱きしめ合う親子。その様子を見ながら、偶然とはいえたまたま外に出ていて本当に良かったと思う。
「……助けるのが間に合って良かった」
周囲のアールヴたちも、そんな親子を見ながら涙ぐんでいる。
そしてしばらくして、まだ年若い……といってもサリアさんのことを考えたら年齢はわからないものだが、一人の青年が近づいてきた。
「我らの仲間を助けてくれてありがとう。君、たしかカティマが連れてきた人だよね?」
「はい」
「そうか。アールヴはたとえ血が繋がらなくても仲間はみんな家族だ。だから、家族を助けてくれたこと、本当に感謝する」
青年がそう言った瞬間、周囲にいた他のアールヴたちも一斉に頭を下げた。
「あ、いや……頭を上げてください!」
「しかし……我々は君たちが外から来たからと、様子を伺い顔も出さなかった。そんな失礼なことをしたにも関わらず……」
「そりゃいきなり外部の人間を受け入れられないですよ」
実際、神獣族の里でも最初は受け入れられていない人たちもいた。
それも神獣ベヒモスを祖とするガイアスと相撲を取ったあたりから一変したが、最初から肩を組んで笑い合える相手など、早々いるものではない。
「だから、俺は気にしてません。もちろん、相方のレイナも同じ考えです」
「お、おお……カティマが連れて来るからどんな無礼な人が来るのかと思ったが……」
カティマ。この人たちが最初に隠れていたのはどうやら君のせいらしいよ。
この村でどんな生活を送ってるんだい君はさ?
「お兄ちゃん」
「ん?」
そんな他愛もないことを考えていると、少女が近づいてきて満面の笑みを浮かべる。
「助けてくれて、ありがとう!」
「うん、どういたしまして。無事でよかったよ」
少女の背の高さに合わせるように膝をつき、彼女の頭を撫でる。
それが気持ちいいのか、少し照れながらも素直に受け入れてくれた。
そして――俺が再び長老宅に戻ると……。
「アラタ、長老が起きた」
「え……?」
その言葉とカティマの表情から、少し厄介ごとが起きたのかもしれないと思うのであった。
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