第57話 婆ちゃん

 結局アールヴの長老が起きないので、俺たちはカティマの部屋に案内されることになるのだが――。


「え? それじゃあカティマってこの村の長老の孫なの?」

「うん。だから結構偉いんだぞ」


 ムフー、とあまり表情が変わらないながらもちょっと自慢げに胸を張るカティマ。

 そういえばこの村に来る途中でもハイエルフの話になったとき、自分が偉いことを強調してたが、意外とこういうことを大事にするのかもしれない。


「まあカティマは拾われっ子だから、血は繋がってないんだけどな」

「……」


 突然の発言にレイナが少し気まずそうな顔をするが、当の本人はまるで気にした様子がない。

 そして俺は彼女の気持ちが少し理解出来た。


 俺もこの島に来ることで、ある日突然天涯孤独になった。


 だがレイナと出会い、ルナたち神獣族、ティルテュ、ヴィーさんと出会い、そうして続く騒がしい日々は、ある意味血の繋がらない家族が出来たみたいで、まったく寂しいと思うことはなかった。


「長老は大切な家族?」

「うん。いつもカティマに優しいしな。まあ、婆ちゃんはちょっと怖いけど」

「そっか」


 怖い、と言いながらもそこに嫌悪感などがないのは、家族だからだろう。

 つい子どもみたいなことを言うカティマに、笑いがこみ上げてきてしまう。


「まあ長老も夜には起きるだろうから、それまでゆっくりして――」

「カーティーマー?」

「……それじゃあ二人とも、カティマはちょっと散歩でもしてくる!」


 突然、凄まじいスピードで走り出したカティマ。それを追う小さな影。


「逃がしやしないよ!」

「ば、婆ちゃんやめ――⁉」


 カティマが外に出た瞬間、小さな影はその背中に飛び乗り、そのまま彼女を倒してしまう。そして背中に馬乗りになったよう状態で、カティマが動けないように拘束し始めた。


「まったくアンタは! 勝手にほっつき歩いて全然帰ってこないしなにやってんだい!」

「ちょ、婆ちゃん待って背中はそんなに曲がらないっ――ぁ!」


 背中に乗った小さな存在が、カティマの両足を思いっきり上げて海老反り状態にする。そのせいでカティマの声が籠ったようになり、途中から呼吸がこぼれるようなうめき声に変わっていった。


「ぁ……ぁ……ぁ……」

「なんだい情けない」


 そうしてカティマに限界が来たところで、婆ちゃんと呼ばれた少女は手をパンパンと叩きながら背中から降りる。


「さて、アンタらがカティマの言っていた客人かい?」


 カティマと同じく銀髪の髪をポニーテールにした褐色の少女は、ニカっと白い歯を見せて笑いかけてきた。




 再び長老が寝ている応接間に案内された俺とレイナは、なんとなく婆ちゃんと呼ばれた少女の気迫に押されて正座をしていた。


 未だにピクピクと身体を震わせているカティマは、少女によって足を引っ張られ、倒れたまま引きずられている。


「それじゃあ自己紹介をしようか。アタシはサリア。こんなナリをしてるけど、アンタらよりもちょっと年上だよ」

「ちょっとどころか……婆じゃ……ふぐっ――」


 思い切りサリアさんに背中を踏まれるカティマ。

 

「なんか言ったかい?」

「なんでも……ないです」

「素直でよろしい」


 にっこりとカティマを見下す少女は、パッと見たところカティマと同年代にしか見えなかった。

 しかしこれまでの話と彼女たちの対応を見る限り、婆ちゃんと呼ばれている彼女はそれこそ下手をしたら自分たちの数倍の時を生きているのかもしれない。


「不思議そうな顔してるけど、アールヴだとこれが普通だよ」

「じゃあ、そっちの長老は……」

「ああ、長老は特に長生きだからね」

「長老は……もう千年以上生きている……から」


 息も絶え絶えなカティマの言葉を聞きながら、長生きの定義が多分俺と違ってると思った。


「まあそんなんだから寝たら中々起きないしね。代わりに話はあたしがしてやるよ」

「あ、はい」

「まあ、そんなに畏まらなくてもいいさ。もっと気楽におし」


 そう言われても、彼女の足元でぐったりしているカティマを見ると、中々難しいものだ。

 それに、彼女から感じる力はレイナもわかっているのか、かなり緊張しているようにも思える。


「まあいきなり気楽にしろって言っても無理か。それにしても――」


 突然、ジロジロと俺とレイナを交互に見る。


「そっちのは人間にしてはやるけど、それよりアンタ」

「俺?」

「今まで見たことないけど、どこ縄張りにしてるんだい?」

「どこって言われると、神獣族の里の近く、なんだけど……」


 改めて言われると、住所もないのでどこに住んでるかと聞かれるとちょっと困る。


「神獣族の方ぅ? ちっ、あいつらか」


 どうやら以前聞いた通り、アールヴと神獣族はあまり仲が良くないらしい。名前を聞いただけで、苦虫を噛み潰したような表情になる。


 せっかくの美人が台無しだなぁ、なんて心の中で思っていると、いきなり睨まれる。しかも、かなりのプレッシャーだ。


「……」

「な、なんですか?」

「……まあ、カティマの命の恩人だしね」


 それだけ言うと視線を逸らしてレイナを見る。


「え? なに?」

「こいつはお前の女かい?」

「ちょ――⁉」

「えーと、家族みたいなものかな?」


 動揺するレイナだが、こういう人に動揺するとあとあと色々と突っ込まれてしまうから冷静に返すのが一番だ。

 そのせいかサリアさんは俺を見て詰まらなさそうな顔をしている。


 狙い通り。そう思っているとどうやら彼女はターゲットを俺から変えて、レイナ、ではなく尻に敷いているカティマに移した。


「おいカティマ」

「な、なんだ?」


 怯えた様子のカティマに対して、サリアさんは真面目な表情で一言――。


「お前、こいつの番になれ」

「っ――⁉ 婆ちゃんなに言ってるんだよ⁉」

「こいつは極上の男だよ。女だったら、ちゃちゃっとやることやっちまえ。そしてさっさと曾孫を見せな」


 そして俺たちを置いてきぼりにしながら、似た見た目の二人は姉妹のように喧嘩をしていた。


「アラタにはレイナがいるんだぞ!」

「ちょ――⁉」

「そんなの関係ないね! 一人前の女なら極上の男は無理やりでも手籠めにしちまう覚悟が必要なのさ! こんなおっぱいに負けてんじゃないからね!」

「え? きゃっ⁉」


 サリアさんがいきなりレイナの背後に回ると、一気にその胸を押し上げる。

 そして元々かなり主張の激しい彼女の双丘を揉み始めた。


「……でかいじゃないかい」

「ちょっ、あ、やめ……」

「ふぅん……へぇ……」

「ぁん」


 思わず顔を背けるが、それでも声が聞こえてくるせいで意識をせざるを得ない状況に俺は――。


「あ、おいどこに行くんだい!?」

「終わった頃にまた戻ってきますから!」


 とりあえず戦略的撤退をすることにした。

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