第56話 カティマは……

 レイナを抱きかかえながら崖の上にある屋敷の前に着地した俺を、カティマは呆れた様に見ていた。


「なあアラタ、カティマは今とても困惑してる」

「え? なんで?」

「男女の営みはもっと慎ましいものだと教えられたが、お前たちは慎ましくないからだ」


 慎ましいとはまた古風な言い方だなと思いつつ、俺は現状を客観的に見てみる。


 このアールヴの村にどれくらいの人間がいるのかはわからないが、多数の視線は感じていた。

 そんな中でレイナをお姫様抱っこし、そのまま抱き寄せるような仕草をしたのは、たしかに慎ましいとは言えないかもしれない。


「あ、あのアラタ……もういいから、下ろしてくれない?」

「あ、ごめん」


 改めて、かなり大胆なことをしてしまったと思っていると、レイナの恥ずかしそうな小声が聞こえてきた。


 正直ちょっと名残惜しい気持ちが強いが、しかしいつまでもこうしているわけにもいかないだろう。

 

「まったくレイナ、お前もお前だ。いいか、女は簡単に隙を見せちゃ駄目だ」

「あ、そうね……うん」

「自分のことは自分で守る。男はみんなオオカミだから、隙を見せたら食べられるって長老も言ってたぞ」

「……はい」


 なんかレイナが説教されてるけど、ちょっと待って欲しい。


 とりあえず男がオオカミだって言うことに関しては、まああえて否定はしないでおこう。

 ただしカティマ、君は自分の格好を見直してみて欲しい。


 布切れで上半身と下半身、具体的には胸と腰こそ隠しているが、彼女の格好はそれだけ。

 鍛え上げられた腹筋やおへそは丸出しだし、後ろを向けは背中はほぼオープン。


 腰巻をしているからお尻のラインは隠されているが、しかし太ももあたりも曝け出されている。

 現代日本の言葉で言えば、布で出来たビキニにパレオを纏っているだけの格好で、正直言って普通に露出が多いのだ。


 だからこそ怒られているレイナも微妙に納得しづらいのがあるのか、困惑していた。


「なんだアラタその目は。なにか言いたいことがあるのか?」

「えーと……」

「いいぞ。カティマは優秀だからな。相手の意見を聞き入れて、それを己の糧に出来る子だ」


 ならとりあえず、言ってもいいか。


「カティマの格好は、ちょっとエロいよ?」

「……」

「……」

 

 時が止まる。そう表現してもいいくらい、カティマの動きがピタっと止まった。

 その後、ギギギと錆びた時計のように鈍い動きをしながらレイナの方を向く。


「なあレイナ……カティマの言った通り男はみんなオオカミだ。どうやらアラタはカティマの格好を見て欲情しているらしい」

「えっとねカティマ。とりあえず世間一般的に言うと、その恰好はちょっとエッチだと私も思うわ」

「っ――⁉」


 カティマが信じられない、という風に驚いた顔をする。


「カ、カティマはエッチなんかじゃないぞ!」

「えっと……」


 とうしよう、という風にレイナがこちらを見てくるが、男の俺が本気で指摘するのはあまり良くない気がする。


 というわけでレイナに後は頼んだと視線でお願いすると、彼女は少し困った顔をしながら頷いた。


 男の俺は少し離れて、女性二人で話し込む。


「……でね」

「う、でもこの格好は長老が……」

「でもそれだとカティマの言う通り、男がオオカミに――」

「あ、う、ぅぅ……」


 この身体は全体的に感覚が鋭いので、ところどころ聞こえてきてしまうが極力聞かないようにする。


 そうしてしばらくすると、レイナたちが俺の方にやってきた。

 カティマが困ったような顔で涙目になっている。


「アラタ……カティマはエッチだ」

「うん、その宣言はちょっと対応に困るかな」


 とりあえず環境が違うんだということを説明して、別にカティマが悪いわけではないことを伝えておいた。




 しばらく凹んでいたカティマが立ち直り、俺たちは彼女に案内されて屋敷の中に入る。


 神獣族の里でもそうだったが、やはり長の家は大きい。他の住民たちは崖の隙間をぬって家を建てているのに対して、長の家だけは崖の一番上に、大きく広がっていた。


「ところで、他のアールヴはいないの?」

「ん、アールヴはよそ者があんまり好きじゃないから警戒している」

「呼ばれたのに警戒されてるんだ」

「まあ長老はそんなことを気にしないから、アラタもあまり気にしなくていいと思う」


 そう言いながら屋敷を進んでいき、ひと際広い部屋に通される。


 そこにはカティマと同じく褐色の肌に、白銀色の髪をしたお爺さんが座っていた。


「長老、連れてきたぞ」

「……」


 ただそこにいるだけでも感じる圧。ヴィーさんやスザクさんほどではないにしても、エルガたち神獣族並の力を感じる。

 それはレイナもわかったのか、少し緊張している様子だ。


「長老?」

「……」


 胡坐をかいて、ただじっと身動ぎせずにいる。

 まるで修行僧の瞑想のようだ。しかしここまでピクリとも動かないのは凄いと思っていると――。


「寝てる」

「……」

「……これは、突っ込み待ちかしら?」


 とりあえず緊張していた力を抜いて、俺たちは呆れた顔をせざるを得なかった。


「長老、長老! おい客人をカティマが連れてきたぞ! 起きろ! おーきーろー!」

「ふぁ――⁉」

「あ、起きたぞ」

「ふあ……ふぅ……」

「……また寝た」


 どうしよう、と困ったようにこちらを見るカティマ。

 そんな顔で見られても、俺も困る。


 とりあえずレイナを見る。カティマもつられてレイナを見る。


「ちょっとアナタたち、困ったからって二人揃ってこっち見るの止めなさい! ず、ずるいわよその顔!」

「「だって……」」

「だってじゃない!」


 この島で困ったことが合ったらレイナに頼めばだいたいなんとかしてくれる。

 実はそれが俺の認識になっていることを、彼女はまだ知らなかった。



 



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