第55話 アールヴの村
村、と聞いていたからか、もっと簡素な場所をイメージしていた俺にとって、これは想像の埒外だ。
「っていうか、アールヴの人たちってどうやって生活してるの?」
見た感じ、崖の突起を上手く利用して家が建てられているが、通路らしい通路はほとんどない。
単純に低い位置にある家ならともかく、崖の上層にあるのはどういう意図があるのだろうか?
「アールヴは火と土と闇の精霊を信仰している種族だからな。山と一体になることでより一層身近に感じることが出来るんだ」
「なるほど」
とりあえず俺の質問に対する答えにはなっていないが、まあいいかと思う。
いつか色んな種族の人たちと一緒に騒がしい日々を過ごすことを目標にした。
だったら、それぞれの在り方を尊重するべきだし、その考え方を理解する努力をするべきだろう。
「とりあえず村長たちのところに行くか」
「そうね。ところで……どこかしら?」
「あそこ」
カティマが指さした先は、崖の一番上。遥か上空にあるせいか小さく見えるが、一番立派で大きな屋敷がそこにはあった。
そこまでの道のりはとても険しい。
「……私、普通の人間だから落ちたら死ぬわ」
「なんで俺を見ながらそんなこと言うの?」
「いえ、アラタは多分落ちても死なないんだろうなぁって思っただけよ」
「自然に自分を人外扱いするのは本当にやめてくれない? これでも俺、自分のことを人間と思ってるんだからさ」
そんなことを言うと、そっと視線を逸らされる。
ほんと最近、レイナにしても他の面々にしても俺のことを何だと思ってるんだ。
「アラタはあの辺から落ちたら死ぬのか?」
「……死なないんじゃないかなぁ」
ほれ見たことか、とレイナが無言でこちらを見てくる。いやだって、多分この身体、何しても傷付かないし。
「ちなみにカティマは、あの辺りから落ちた時には怪我したぞ? 子どもの頃だけど」
「そっか、じゃあカティマも多分もう怪我しないから、仲間だね」
「……なんかそれはちょっと嫌だな」
「なんで⁉」
そんな風に騒いでいると、崖にある家々から視線を感じた。周囲を見渡せば、カティマのように褐色で銀色の髪をした人たちが恐る恐るといった様子でこちらの様子を窺っている。
「アールヴは大人しい性格をしてるから、みんな興味はあるけど降りては来ないな」
「大人しい性格の種族だったんだ」
「ちょっと言ってる意味を理解するのに時間がかかったわ」
「……なんでアラタたちはそんな目でカティマを見るんだ?」
大人しい種族だったら、川に流されてこないからだよ。
とはいえ、大人しい種族というのが本当か嘘かはともかく、たしかに周りで様子を伺うだけで近づいてはこない様子。
とりあえずカティマの言うように、俺たちを招待してくれた長老たちに会うのが良さそうだ。
「じゃあカティマは先に行くから」
「え?」
「よっと」
さっと崖に向かうと、カティマはそのままロッククライミングの要領でどんどん登っていく。
そのスピードはとんでもなく、普通に道を歩いているよりもずっと早い。
「えぇ……」
「なんというか、結構シュールな光景ね」
言い方は悪いが、ちょっと虫みたいだと思ってしまった。と、そんなことを考えながらカティマを見上げていると、突風が吹き、彼女のスカートの中身が――。
「アラタ!」
「っ――ごめんなさい!」
慌てて視線を下にするのだが、今のはさすがに不可抗力だと思う。
そもそもカティマの布を巻いただけの服装は元々露出が多く、あんな動きをしたら風が吹こうと関係なく見えてしまうだろう。
とはいえ、今はレイナの視線が怖い。多分顔を上げたらまた怒られる。
「素直に謝ったのは偉いけど、あとでカティマに謝るようにね」
「うん……まあ、あの子は気にしないんだろうけど」
以前川から流されてきた彼女は、羞恥心らしいものはほとんどなかったことを思い出す。そもそも気にするなら、あんな格好はしないだろうし。
多分種族的なものだろう。大人しいとはいったいどういうことなのか。
「……カティマも登り切ったみたいだし、もういいわよ」
「ふう……」
改めて見上げると、凄い崖だ。これを一切止まらずに駆け上がったんだとしたら、凄すぎる。山の民と自称するだけのことはあるなと思った。
「ところで、レイナ登れる?」
「……多分」
ちょっと自信なさげなのは、落ちた時のリスクを考えたからだろう。俺も多分普通に登れるが、たまに掴むところを間違えて落ちそうだ。
「そしたらレイナは俺が連れて行くね」
「え? きゃっ⁉」
彼女の膝下にそっと手を入れると、そのまま抱き上げる。俗にいう、お姫様抱っこだ。
「ちょ、アラタ! 何で急に⁉」
「だってこれが確実だし」
「か、確実かもしれないけど……別におんぶでもいいじゃない!」
「おんぶ駄目」
「なんで⁉」
だって彼女の意外と大きな胸が背中にダイレクトアタックしてくるから。
さすがに理由は言えないが、これ以外だと正面から抱き締めるような形になる。そっちの方が安定はすると思うが、しかし俺の心臓が持ちそうにないのでこれが最適解だろう。
しばらく腕の中でもぞもぞと動くが、どうやら恥ずかしいだけで嫌だという雰囲気ではない。
そのことにホッとしつつ、俺は彼女をより安定させるために少し力を入れた。
「ひゃ――⁉」
「ほらレイナ。出来れば腕を首の後ろに回して欲しいな」
「う、うん……」
ぎゅっと抱きしめてくるレイナの息遣いが聞こえてくる。
なんというか、そんなに密着しなくても……というかこれだとおんぶを止めた理由が……。
それに暖かいし、髪の毛からはめちゃくちゃいい匂いする。
「あの、あんまり黙り込まれたら恥ずかしいんだけど……」
「ご、ごめん。それじゃあ、行こっか」
「……うん」
そうして俺は軽く地面から飛ぶと、ゆっくり魔法で上昇し始めた。
もちろん、一気に駆け上がればすぐに目的地にも着いただろう。
だが間違ってレイナを振り落とさないようにしないといけないので、俺はあまり速度を出せない。
だから、決してこれはやましい理由じゃないのだ。
そう自分に言い聞かせながら、彼女の息遣いと温かさを感じつつ、俺はゆっくりと浮遊し続けるのであった。
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