第51話 追いかけっこ
逃げ出したティルテュを追いかけるように走るのだが、距離が縮まらない。
これまでのように森の獣道であればもう少しこちらに分があると思うのだが、舗装された道のおかげかいつも以上の速度で駆けていく。
「ティルテュ―! 誤解、誤解だから!」
「ご、誤解なものか! ちゃんと我、この耳で聞いたんだからな! ドラゴン食べたいって! 我を指さしながら!」
「指さしたの俺じゃないし!」
やはり最強種、その中でも特に祖に近い力を持つだけあって、俺も全力で走っているのに追い付けない状態が続く。
とはいえ、まだ舗装された道も途中。このままいけば深い森に入るので、そうなれば感覚を鋭くさせれば俺から隠れることも出来ず、逃げることは出来ないだろう。
そう思っていたのだが……。
「とうっ!」
「あ――⁉」
突然ティルテュが光ったかと思うと、黒いドラゴン形態になってそのまま飛んでいこうとする。
まるで飛行機場の滑走路のような動きに俺は思わず一瞬呆然としてしまったが、このまま逃げられたらあの子は一人で凹んで泣いてしまうだろう。
俺はこの島に来て、いろんな人に優しくしてもらった。そこにはもちろん、ティルテュだって含まれている。だからこそ、彼女をこのまま見送るわけにはいかない。
「ど、どうだ! これなら追いかけられないだろう! 旦那様ももう諦めろ!」
巨大な翼を何度も羽ばたかせ、深い森の木々を揺らしながら飛んでいくティルテュは、こちらを見ながら少し寂しそうに声を上げる。
「おりゃ!」
「……え?」
俺が空を飛んで追いかけたからか、ティルテュが呆気に取られたような声を上げる。
「な、なんで旦那様が空を飛んで――⁉」
「前にヴィーさんが飛んでるの見て覚えた!」
「そ、そんな簡単に覚えられるやつじゃないだろそれ! だから旦那様はこれだからアラタは、とか言われるのだぞー!」
それは言わないで欲しい。レイナにしても、他の人も最近俺のことを人間じゃないアラタとかいう種族扱いしてくるのだが、結構言われると悲しいのだ。
とりあえず、地上の追いかけっこが空の追いかけっこに変わったわけだが……。
「く、やっぱり慣れないなこれ」
実は前に一度練習したことがあるのだが、この浮遊魔法は相当難易度が高いものだ。空中でバランスを取るのが大変で、今も必死に落ちないようにしていた。
ひそかに練習して、レイナたちを驚かせてやろうと思っていたのだが、そのせいで練習量が足りていないのが原因だろう。
「こんなことなら、サプライズとか考えないで堂々と練習しておけば良かった」
空を翔るティルテュの動きは、その巨体からは考えられないほど速い。
全力を出して必死に追いかけているが、追いつくどころか引き離されていく始末。
「ティ、ティルテュー!」
「……」
俺が叫んで名前を呼ぶと、なんかちょっとスピードが落ちたような気がした。
そしてこっちがちゃんと付いてきているかを確認するように、チラチラと何度も振り返ってくる。
「……心配してくれてるのかな?」
たしかに慣れない浮遊魔法。ちょっとでも制御を失敗すれば地面まで真っ逆さまだろう。
とはいえ、それで怪我をするならとっくに死んでいるとは思うし、それはティルテュもよくわかっているはずなんだけど……。
「いや、あれはもしかして……構って欲しいだけか?」
時々こっちを見るのは、そういうことかもしれない。何だかんだで、あの子は寂しがり屋だ。
感情に任せて一人で飛び出してしまったはいいが、このまま誰も付いてきてくれなかったらまた一人で膝を抱えて泣いていたに違いない。
「おーい! そろそろ許してよー」
「ふ、ふん! 我はまだ怒っているんだからなー!」
その声に怒りの様子は感じられない。どうやらこうして追いかけっこをしている間に、怒りは収まったらしい。
とりあえず俺もホッとした。
やはり仲違いするよりも、みんなでワイワイする方がずっと楽しい。
「最初は一人でいられればそれで良かったんだけどなぁ……」
ふと、この島に転生させて貰うときのことを思い出した。あの時は本当に、誰とも関わらない余生のような人生を歩みたいと思っていた。
それが今、一人でいるよりもたくさんの中で楽しくやりたいと思うようになるなんて、変われば変わるものだと思う。
「さて、とりあえず今はティルテュを捕まえないと」
おそらく、ティルテュが本気を出せば、慣れない浮遊魔法を使っている俺は追い付けない。
だというのに距離が離れないというのは、彼女が追い付けるギリギリの速度で飛んでいるからだろう。
「それなら……」
俺は以前レイナが使っていた、風の魔法を思い出す。浮遊魔法で飛びながら、風魔法でブーストをかければ、きっと追いつける。
「ハァ!」
背中を向いて、両手を前にやり、俺は一気に魔力を解き放つ。その瞬間、強烈な風が発生し、俺の予想通り凄まじい勢いでティルテュに追い付き――。
「……あ」
「え――?」
そのまま追い抜いていった。
「だ、旦那様ー! ちょっ、どこに行くのだー!」
「と、止まり方考えてなかったー!」
ティルテュとの距離がどんどんと離れていく。そして俺が手加減なしに放った風魔法の勢いは、慣れない浮遊魔法では抵抗できない。
周囲の雲を突き抜けながら、遠くで必死にこっちを追いかけてくるティルテュが見える。さっきとは全く逆の立場になってしまった。
「と、とりあえず反対方向に風魔法を使えば……」
そう思って体の向きを再び返ると、そこには巨大な紅いドラゴンが口を開けて待っていた。
「ええぇ⁉」
驚いた俺は思わず風魔法を解き放ってしまい、その顔面を吹き飛ばしてしまった。
断末魔を上げることも出来ずに死んだドラゴンはそのままゆっくりと地面に落ちていく
俺はというと、丁度上手いこと調整出来たらしく動きを止めることが出来た。
「ふぅ……」
とりあえず勿体ないので落ちていくドラゴンの翼を掴む。ズシンと中々の重さであるが、それでもこの身体なら問題なく支えられる程度だ。
「だ、旦那さまー!」
「あ、ティルテュ」
「あ、ティルテュ、じゃない! な、なんで我を追い越しちゃうんだ! お、おおお、おかしいだろぉ!」
ドラゴンの形態でバサバサと必死に羽ばたいてきたのか、彼女の息はだいぶ荒い。羽ばたくたびに突風が吹き荒れ、手に持った紅いドラゴンがブラブラと揺れる。
「ごめんごめん。ちょっと細かい制御がまだ得意じゃなくってさ」
「……はぁ。これだから旦那様は」
呆れた様子でため息を吐きながら、ティルテュはいつものように人間形態になる。普段と違うのは、背中にドラゴンの羽根を残して飛んでいることだろう。
「あ、そんなことも出来るんだね」
「ふん。翼は残さないと飛べないからな」
「へぇ……」
思わず、感嘆の声がこぼれる。
黒い羽根が生えている美少女が空に浮かぶというのは、どこか一枚絵のような美しさがあったからだ。
そして俺は思わず、自分の持っているドラゴンを見下ろす。
巨大なそれは首から上が無くなっていて、血がドバドバと地上に向けて垂れ流し状態になっている。
風に流れて細かい水滴となっているが、量が量なので雨のように降っているところだろう。
「ところで旦那様」
「うん?」
「そのドラゴン、食べるのか?」
ジーと見つめるこの視線の意味はどちらだろう。
同族を食べるなんて! という意味か、美味しそうだな、という意味か。
ここで選択を間違えるとまたさっきのやり取りの繰り返しになりそうだ。
とりあえず安全策として、食べないと言っておいて様子を伺おう――。
「……じゅるり」
「うん、あとでレイナに頼んで料理してもらおうね」
明らかに食べたそうに涎を出しているこの子を見て、俺の答えはすぐに決まる。
コクコクと、とても嬉しそうに頷く彼女を見て、正解だったのは言うまでもないだろう。
「それじゃあ、帰ろっか」
「うむ!」
こうして、とりあえずティルテュの勘違いから始まった追いかけっこは、終わりを告げるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます