第50話 修羅場
カティマがやってきてから一週間。
その期間で、森の開拓はだいぶ進んだと思う。
「どうだ、カティマは凄いだろ」
「ええ……本当にね」
「むふー」
レイナの同意を得て、無表情ながらも嬉しそうに笑う。
「本当に、凄いな」
俺の視線の先では、まるで超巨大台風が局地的に通ったかのような、凄まじい有様。
どこから持ってきたのか、カティマが巨大な石で出来た斧を持ち、次から次へと木々を薙ぎ払っていった結果だ。
小さな身体から嵐のように吹き飛ばしていくその姿は圧巻と言う他なかった。
「カティマは一人でエンペラーボアだって狩れるぞ!」
「本当に、この島の住民は……」
レイナが呆れたように空を見上げる。つられて俺も空を見た。
この辺りの木々はかなり背が高いせいか、本来なら太陽の光も入り辛いはずだが、今はカティマのおかげですっきりしたものだ。
今までは俺が木を薙ぎ払いながら回収も兼ねていたのだが、二つの作業を行うというのは意外と面倒臭い。その点をカティマがフォローしてくれるで、開拓は一気に捗るようになった。
「そしたら俺は落ちてる大木を拾っていくから、レイナは道を綺麗にしていって貰っても良いかな?」
「そうね」
「カティマはどうすればいい?」
「とりあえず……先に進んでいこうか」
「わかった!」
まるで野球のバットを振るように、巨大な石斧をブン、ブン、と素振りする。
小さな身体からは考えられないパワーだが、そもそもこの島の住民たちはだいたいとんでもない力を持ってるので、今更だと思う。
「レイナも疲れたら言ってね」
「ええ。とはいえ、これくらいならまだまだいけるわ。というか一人だけ簡単に音を上げたら七天大魔導の名折れだもの」
「まあ、他の二人はもうギブアップしてるけどね」
「……あの二人はほら、色々と仕方ないわ」
この開拓はゼロスとマーリンさんも協力してくれているのだが、彼らは火と水のスペシャリスト。
今回必要な土属性の魔法は不得手のため、結構早い段階でリタイアしている状況だった。
「おーい! 早く来ないと置いていくぞー!」
「とりあえず、カティマに負けないように頑張ろっか」
「……途中でリタイアすると思うからあとはよろしく」
「もちろん」
普通の人間であるレイナがここまで付いて来れているのが凄いことなのだ。そう思いつつ、どんどん先に進むカティマを追うように俺たちは道を開拓していくのであった。
労働の後はご飯の時間だ。
だがしかし――。
「どうしようアラタ……ご飯が、ない」
「そうだね」
絶望的な表情をするカティマに、俺はただ神妙に頷く。
もちろん、材料が無くなったというわけではない。なにせ俺の収納魔法の中には最初にレイナが持ってきた分をはるかに超える素材が大量に詰め込まれているのだから。
だがしかし、料理というのは材料があれば勝手にできるものではない。そう、必要なのは圧倒的な技術を持つ、料理人。
「私がもっと……しっかりしていれば」
「レイナのせいじゃないから。だから無理せず家で寝てなよ」
「うぅ……ごめんなさい」
俺はレイナを家のベッドに寝かして、再び外で待っているカティマのところに向かう。
「さて、カティマも知っての通り、レイナは魔力が足りなくてダウンした」
「うん」
「つまり、残ったのは俺たちだけだ」
現在この周辺にいるのはレイナを除けば俺とカティマ、そしてゼロスとマーリンさん。だがしかし、後者二人に関しても、すでに魔力の使い過ぎでダウンしている状態。
普段のレイナならきちんと自分の限界を見極めているところだが、今日はカティマがやたらと張り切って開拓を進めていたため、ペースが乱れてしまったらしい。
「大丈夫。カティマはやればできる子だと長老たちにもよく言われる」
「うん」
多分それは普段あんまりやらないから、やらせようとしてるだけだと思うが、今はやる気になってるし否定はしない。
「いちおう俺も、レイナが料理を作る姿を横でよく見てる」
「おお、それなら完璧だな」
キラキラと、期待した眼差しでカティマが見てくる。この期待に応えたいところであるが、残念ながら料理中のレイナは基本的にこちらに大事なことを任せてくれない。
そのため、本当に俺は見ていただけなのだ。つまり、まともな料理など出来るはずがなかった。
残念ながら、俺の持ってるコピーチートは料理には反映されないらしい。
「ここで俺たちには選択肢が二つある」
「うん」
「一つは、焼く」
「なるほど」
「もう一つは、煮る」
「……なにが違うんだ?」
なにがと言われると、言葉にするのは意外と難しい。いや、感覚というかイメージではもちろんわかるのだが、カティマに上手く説明できる自信がなかった。
「とりあえず、俺たちに残された選択肢はこの二つだけだ。選ぶのはカティマに任せる」
「どっちがと言われても……」
カティマは困惑した様子。だがしかし、仕方がないのだ。俺はこの島に来てからずっと、レイナに料理をしてもらってきた。つまり、まともな料理経験はない。
「もし俺、レイナに出会わずに一人で森を彷徨ってたら餓死してたんじゃ……」
元々誰も人のいない島に転生させて欲しいと願ったが、今思うととんでもないことを願っていたのかもしれない。改めてレイナには頭が上がらない。あと、神様にも。
「決めたぞアラタ! カティマは焼くを選ぶ!」
「よし、それじゃあ焼こっか」
俺はとりあえず収納魔法で肉を取り出す。そろそろエンペラーボアの肉は無くなりそうだ。
「なあアラタ。カティマは鶏肉がいいんだが」
「あれはルナのだから勝手には使えないよ。あ、そうだ」
そういえば、聞くのを忘れていた。
「ねえカティマ。ドラゴンの肉って美味しいの?」
「ドラゴンの? ああ、それなら極上だぞ。強いドラゴンは本当に強いからな。そのステーキはカティマたちでも中々食べられないくらいだ」
「そうなんだ……勿体ないことしたなぁ」
あの災厄のドラゴンとかいうの、やっぱり持って帰ってくれば良かった。ティルテュにはさり気なく聞いて、駄目そうだったらこっそり食べれば良かっただけだし。
「そういえば、ここには強いドラゴンの気配が残ってるな」
「あれ? わかるの?」
「カティマは優秀だからな。あと、アールヴは基本的に強いやつには逆らわないから、そういうのをかぎ分ける本能があるんだ」
「なるほど」
「あ、でも大精霊様のためなら強いのとも戦うぞ!」
カティマが慌てた様子で言うので、俺はつい苦笑してしまう。
そういえば、エルガも神獣族とアールヴが仲良くないって言ってたし、争ったこともあるって言っていた。
「前に強いドラゴンを食べようかなって思ったときがあってさ。それで結局止めたんだけど、勿体なかったなぁって思ってさ」
「なるほど……それなら、あのドラゴンなんかは強い力を持ってるし、丁度いいんじゃないか?」
「うん?」
カティマの指さす方には、すでに人型になった状態のティルテュが涙目でこちらを見ているところだった。
「あ……」
「わ、我……旦那様に食べられてしまうのか? そ、そんな目で我を見ていたのか?」
どうやら先ほどの会話を聞いていたらしい。
そして完全に勘違いをしてるティルテュに、俺はどう答えようかと思っていると……。
「ち、ちが――」
「旦那様の……バカァァァァァ!」
一気に森の中に走り去ってしまう。
「あ、ティルテュ!」
「カティマは知ってるぞ。これはいわゆる修羅場というやつだ」
とりあえずそんなことを言うカティマは無視して、俺は急いでティルテュを追いかけて森の中に向かうのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます