第49話 川に流されて
流れてくる見覚えのある褐色の少女――アールヴのカティマと目が合う。
どうやらこの間みたいに溺れていたわけではなく、丸太に掴まって流されて来たらしい。
――アラタ……助けて……
そんな懇願する瞳でこちらを見てくるので、俺はとりあえず近くにあった木を引っこ抜いてカティマに近づける。すると彼女は伸ばした木に手を乗り移ったので、そのまま引っ張り上げてやった。
「ありがとうアラタ」
「うん……ところで、なんで流されて――」
そこまで言ったところで、彼女の格好がかなり際どい状況になっていることに気が付いた。
元々自然を信仰する種族であることもあり、普段から身に纏う服も最小限な部分でへそなどは見えている状態。
それでいて今は水に濡れたせいで、上半身を覆っている服がずれこみ、彼女の控えめな胸が見えかけている。
「どうしたアラタ?」
「いや……とりあえずこれ着て」
俺は目を逸らして、自分の服を彼女に渡す。
「ん? 別に寒くはないぞ?」
「いいから」
彼女自身にはあまり羞恥心はあまりないのか、気にした様子は見受けられなかった。
エルガやリビアを見ていると別に男女間のあれこれが全くないわけではないと思うのだが、この辺りは種族差があるのかもしれない。
とりあえず俺の言うことを素直に聞いて上着を着てくれたので、ようやく彼女の方を向けた。
ちなみに、ルナとクルルたちは水に濡れるのを嫌がったのか、だいぶ遠くからこっちの様子を伺っている。
「どうしてまた川に流されてたの?」
「実は……アラタに用事があって」
「俺に?」
いや、そもそも俺に用事があるのと川に流されるのと、関係性があるとは思えないのだが。
「カティマは賢いから気付いたんだ。意外とカティマの住む山とアラタの家は遠い。だけど川を下れば早いし楽なんじゃないかって」
「……つまり?」
「川を下ってたら足攣って岸に上がれなくなった」
「うん、とりあえずカティマは水辺に近づかない方がいいね」
賢い子は一度目で色々と学んで欲しいところだ。
「しかし途中でアラタがいたのは凄い偶然……いや、これは大精霊様の導きだと思う」
ちょっとだけ感動している風だが、本当にただの偶然なのでなんとも言い難い。そもそもそんな導きなくても、普通に会いに来れるよねとしか思わなかった。
「ところで俺に用事があるって言ったけど」
「ああ、そうだった。アールヴは一度受けた恩は忘れない。だから、アラタたちをカティマの住む村で歓迎しようと思う」
それは、俺の島での生活が新しい場面を迎えるという話だった。
とりあえずレイナと相談しなければと思い、カティマを連れて家に戻る。
すでに昼食の用意を終えた彼女は、カティマを見て、俺を見て、そして一言。
「アラタ、怒らないから正直に言いなさい。今度はなにをしたの?」
「待って欲しい。このまず疑うところから始まるのはあんまり良くないと思うんだ俺」
「だって……」
たしかに俺は基本的にトラブルを持ってくる。しかしだ、今回はトラブルじゃない……はず!
たとえこの後にアールヴの里でなにかトラブルを起こしたとしても、それは俺のせいじゃない……はず!
「美味しそー!」
「クルルー!」
「ガルルー!」
「ああ、そうだ昼食の準備が出来てるんだった。とりあえず今日はピザだし、一人くらい増えても大丈夫だからカティマも……」
そこまで言って、レイナは黙り込む。おそらく、以前カティマが食べた勢いを思い出しているのだろう。
「カティマも食べていいのか?」
「……ええ。それに、貴方たちは先に食べてていいわよ。私は、新しくピザ焼くから」
すでに自分の分は残らないと予想したのだろう。レイナが少し諦めた様にピザを譲ると、ルナたちから歓声が上がった。
「手伝うよ」
「そうね。ありがとう」
大したことは出来ないと思うが、それでも一緒にやることに意味があると思う。
神獣族ともだいぶ交換したためエンペラーボアの肉はそろそろなくなりそうだ。
しかしまだルナが前に狩ったシャンタク鳥の肉や、ティルテュと一緒に倒した獲物が残っている。しばらくは食材で困ることはないだろう。
「ところで、結局カティマはなにしに来たのかしら?」
「ああ、なんか俺たちをアールヴの村に招待しようとしてるみたい。歓迎会をしてくれるらしいよ」
「へぇ……エルフ、じゃなくてアールヴの生活ってどんなのかは気になるわね。大陸だと森に引き籠ってほとんど会えない種族だったし」
元々アールヴとエルフは同じ種族で、そこから信仰する大精霊が異なることで分かれた、というのは前にエルガから聞いた。
そもそも大陸には大精霊がいないため、エルフしかおらず、アールヴという存在はいなかったらしい。
そう言う意味でも、レイナからすればどちらも一緒なのかもしれない。
「まあとりあえず、私としても問題はないわよ。ただ、神獣族の里までの道づくりもあるし……」
「あ、そっか」
カティマが言うにはアールヴの村はここから半日ほど歩いた先にある山の中だという。今日向かえば付くのは夜中になるだろう。
「そしたらとりあえず、カティマには地図でも書いてもらって、あとで向かうようにする?」
「でも私たちの歓迎会をしようとしてくれてるなら、準備とかもあるだろうし」
「あー……」
となると、道づくりを後回しにするか……しかしそれもなんか中途半端で嫌だなぁ。
「それなら心配いらない」
「カティマ?」
口元にチーズの残りカスを付けたカティマが、ピザを作っている俺たちを見ながら――いや、これは間違いなく新しいピザを狙いに来たな。目線が完全にピザに向いてるし。
「アラタたちの準備があるだろうから、準備が出来たらカティマが連絡をすることになってる。だからいつまで待ってても大丈夫だぞ」
「そうなんだ。とはいえ、いつまでも待たすってもの……」
「アールヴは結構気が長い方だから、多分五十年くらいは来なくても許してくれると思う」
「……そっか」
それなら心配いらないな。
この島に来てからこういう人の感覚とはズレた部分が多々あるが、これらを気にしないことがこの島で生きるコツだと思う。
すでにレイナあたりは適応しているというか、ほとんど気にしていない。今など、自分の食べるピザが足りるかどうが考えているくらいだ。
「って、そしたらカティマはどうするの?」
「うん? アラタたちの家に住むつもりだが?」
なにか問題でもあるか? と自然に尋ねてくるので、俺の方がちょっとおかしいのかなと思ってしまう。
まあ別に問題もないのでレイナを見ると、彼女も特に不満などはなさそうだ。
「カティマは優秀だからな。なんでも手伝うぞ」
「うん、そうだね」
優秀なら二回も川で流されないよと思いながら、とりあえず新しい同居人を俺たちは歓迎するのであった。
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