第48話 自由な生活
島の開拓というのは俺が思っていたよりもずっと大変だった。
道を切り開くだけなら魔法で簡単だし、体力的な部分においても大丈夫。
ただ、単純に遠い。
俺やエルガが走って三十分かかる距離というのは、普通に前世でいうところの高速道路を作るような作業だった。
「これで十分の一くらいかな」
「ふぅ……木を切り開くだけでこれか。先は長いわねぇ」
俺が大雑把に魔法で切り開いていき、細かい部分はレイナに任せていく。とりあえず地面の舗装は後回しにして、まずは道を切り開くことを優先した。
その結果が今の状態なのだが、すでに三日かけているが想像以上に時間がかかりそうだ。
「そりゃそうだよなぁ。前世だって機械と人を大量に投入したって、道なんて簡単に出来るもんじゃないし……」
「機械?」
「勝手に動いてくれる道具、みたいなもの」
「ふぅん……魔道具とかアーティファクトみたいなものかしら?」
中々浪漫溢れる単語が出てきた。正直ちょっと気になるが、今は開拓を優先させたい。
「ゼロスさんとマーリンさんは……」
「もうとっくに魔力切れてダウンしてるわよ。正直、私ももうきついかも」
「そっか……それじゃあ今日はこの辺で終わろう」
ぱっと森を見ると、まだまだ生い茂っていて先に進むのも大変だ。無理に進めば、俺はともかく他のメンバーは体力魔力共に厳しいものがあるだろう。
逆に、すでに開拓を終えた部分に関しては、レイナたちのおかげでだいぶ歩きやすくなっていた。
この後はデコボコとなってる道を整えていく作業に入るのだが、これまでの様子を考えるとしばらくは無理そうだ。
「だいぶ汚れちゃったし、お風呂に入りたいわね」
「そうだね。汗もかいたでしょ? 俺はお風呂の準備するから、入る用意しておいてよ」
「そう? それじゃあお言葉に甘えようかしら」
まだ日が高いが、たまにはこういう日があってもいい。
別に毎日決まった仕事をしなければいけない世界ではないのだ。
毎日自由に起きて、自由に遊んで、自由に働いて、自由に寝る。それが出来るのが、この世界なのだから。
本音を言えば、この開拓も俺一人でやれば多分もっとハイペースで出来る。
多分俺の魔力には限界というものがないし、疲れるような身体でもない。とりあえず道を全部ぶっ飛ばしてやれば、相当早いはずだ。
だがそれをしないのは、単純に自分一人でそれをやっても面白くないから。
レイナと一緒になにかをする。ゼロスやマーリンさんたちと交流を深める。そんな何気ない日常を、俺は楽しみたい。
「せっかく転生したんだ。ちょっとくらい、我儘になったっていいよね」
前を歩く美しい少女の背中を見つめながら、俺はそっと呟いた。
「お兄ちゃん! 来たよー」
レイナがお風呂に入っている間、手持ち無沙汰になっていたところをルナたちが遊びにやって来た。
「やあルナ、それに……」
「クルル!」
「がるる!」
ブラッディウルフのクルルとガルルが楽しそうに俺の足元でクルクル回っている。
まだまだ遊びたい盛りのこの子たちは、俺のことを自分よりも上位者だと思っているのでよく懐いてくれた。
「二匹ともいらっしゃい」
俺が片方を抱っこしてやると、もう片方が自分もと足元をガリガリと爪で削ってくる。仕方ないので両方抱っこすると、今度はルナがこちらを見上げてきた。
「仕方ないなぁ」
「わっ!」
俺がルナと二匹を纏めて抱き上げると、きゃっきゃと楽しそうに笑ってくれて、気持ちがほっこりする。
ルナたちはもう完全に家族だと言わんばかりに仲が良い。
俺はそんな彼女たちを抱えたまま、一気に森の木々に向かってジャンプした。
「おおー! クルル、ガルル、高いねぇー!」
「クルルー!」
「がるるー!」
最初のころは力加減が良く分からず、とんでもないことを良くしていたが、最近はかなり制御も出来るようになっていた。
木々と木々を飛び移り、ジェットコースターのようにたまに速度を上げたり、一気に上空に向かって飛んだりしていると、腕の中で歓声が上がる。
勢い的には相当なはずだが、怖いというどころか、かなりご満悦のようだ。
「もっとスピード上げようか?」
「うん!」
さすがは子どもとはいえ神獣族。かなりのスピードを出しているにも関わらず、全然怯んだ様子がない。クルルとガルルもまだまだ平気そうだ。
それなら俺も遠慮はいらないと、一気に速度を上げた。
「ひゃー! たーのーしー!」
「クルルー!」
「がるるー!」
そうして俺はルナたちを抱えつつ、島のあちこちを回る。
時々魔物たちが俺を見てギョッと驚いているが、今日は狩りをするつもりはないから安心して欲しい。
「よーし、それじゃあ最後に川まで行くから振り落とされないようになー!」
「うん!」
いつも汲んでいる川の水は、島のミネラルがふんだんに含まれているのかとても綺麗で美味しい。
川に辿りついた俺たちは、仲良く並んで水を飲んでお互い笑顔を見せる。
「ひんやりしてて美味しー!」
「うん、相変わらずここの水は美味しいね」
この身体になってからは疲れとは無縁だが、それでもあちこち駆け巡るとやはりなんとなく喉が渇く気がする。だからこうした美味しい水を飲むとつい笑顔になる。
「この後レイナがご飯用意するけど、ルナたちはどうする?」
「食べる!」
「元気でいいね。エルガたちにはちゃんと言ってきた?」
「……あ」
どうやらまた勝手に出てきたらしい。まあ最近は彼らも、ルナたちが家にいなかったら俺たちのところに来ているだろうと予想しているので、あまり気にしていないが。
「でもリビアさんがご飯用意してたら困るから、これからはちゃんと連絡するんだよ」
「うん……」
ルナは少し反省した様子を見せる。こうして素直に自分が悪いことをしてしまったと思えるのは、彼女の美点だ。
「よし、それじゃあレイナに頼んで、持ち帰り分も用意してもらおっか」
「持ち帰り分?」
「ルナとエルガとリビアさんの分。そしたら、夜は三人で食べられるでしょ?」
「クルル―」
「ああ、ごめんごめん、クルルとガルルの分も用意してもらうね」
二匹はなら良し、と言わんばかりに川の周りではしゃぎ始める。そんな子犬たちを見ているとほっこりするものだ。
「いいの?」
「うん。最近またいろんな食材が手に入ってきたし、レイナにはお願いしないといけないけどね」
まあでも、彼女も料理を作るのは好きだから多分大丈夫だろう。特に二人分くらいを作るならもっと大人数分を作った方が楽しいし楽だって前言ってたし。
「その代わり、今度また神獣族の美味しい物をこっちにもおすそわけしてね」
「うん! リビアお姉ちゃんのご飯もとっても美味しいから、持ってくるね」
「あはは」
そこで自分が作ると言わないところはルナらしいなと思いつつ、俺はみんなを引き連れて家に戻ろうとしたところで――。
「お兄ちゃん、なにか流れて来るよー」
「うん?」
ルナの声に釣られて川の上流を見ると、プカプカとこちらに流れてくる見覚えのある褐色肌の少女が目に入った。
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