第47話 開拓

 住めば都とはよく言ったもので、島での生活もある程度落ち着きをみせ、充実した日々となる。


 しかしそれと同時に人というのはそんな日々に慣れてくると、更なる快適さを求めてしまうものだった。


「というわけで、神獣族の里まで道を作ろうと思う」

「……なにがというわけなのかしら?」


 俺の突然の提案に、レイナが困惑した様子を見せる。


「いやさ、この間ルナを探して神獣族の里まで行ったときに思ったんだけど、ちょっと道が微妙なんだよね」

「まあ、元々人の手の入ってない森だものねここ」

「そうなんだよ。それでまあ、色々と物資を交換するために里まで行ってるわけだけど……」


 俺やレイナは収納魔法が使えるからそこまで困らないが、ゼロスとかマーリンさんたちはこの獣道を通って色々するには不便極まりないだろう。


 そのせいで実はまだ、あの二人はルナやエルガといった個人的な付き合いは始まっているが、神獣族の里に挨拶に行けていない状態だ。


 単純にタイミングが合わなかったというのが一番の原因になるのだが、それとは別にやはり行き辛い場所にあるというのも問題なのだと思う。


「だからもっと交通の便を良くして、これからも気軽にお互い交流出来るようになればいいなって思ってさ」

「ふぅん……まあいいんじゃない? 道が出来たら私ももっと楽に行けるようになるしね。でも、それっていいの?」

「うん? なにが?」

「だってこの辺りって、本来は神獣族の縄張りでしょ? そこを今は貸してもらってる感じなわけだけど、道を切り開くとかってあんまり歓迎されないんじゃない?」

「あ……」


 そういえば、そこまで考えていなかった。単純に里との道が広がれば、もっと交流が深められるという思いしかなかったのだ。


「どうしよう……」

「とりあえずスザクさんに聞いてみて、向こうもそれでいいって言うならやったらいいじゃない。駄目なら、またなにか考えましょ」


 そうして俺たちは二人で神獣族の里に来たのだが――。


「いない?」

「おう、なんかややこしいことになったって言って、数日前からヴィルヘルミナのところに出ていったっきりだ」


 スザクさんの屋敷に向かう途中、エルガがいたので事情を説明すると、スザクさんはどこかに行ってしまったという。


 普段は見せない焦った様子で出ていったらしく、あんなスザクさんを見たのはエルガも初めてだったらしい。


「大丈夫かな?」

「まあ、死んでも復活するやつだから心配とかはしてねぇけど、あの長老が慌てたってのは獣人たちの中だと結構気にしてる奴が多いからよ。まったく、参ったぜ……」


 普段から口は悪いが面倒見のいい彼のことだ。不安に思う獣人たちを相手に相談とかにも乗っていたのだろう。


 そのせいで普段と比べて疲れが出ているのか、どうにも覇気が弱い気がする。


「んで、お前らは長老になんの用だったんだ?」

「あ、実は……」


 そうしてエルガに先ほどの件を話してみる。

 物資の交換などもスムーズになるし、なにより神獣族との交流をもっと深められるようにしたいという思いがあった。


 そして実はレイナにも言っていないのだが、この島から少し離れてどこか遠くに召喚されて、そして戻ってきたときに思ったのだ。


 ――俺は、この島を生まれた故郷のように思っている。


 だからこそ、もっとこの島のことを知っていきたいと思うし、なにより住んでいるという色んな種族の人たちとも話してみたいと思うようになっていた。


 その一環として、まずは元々交流のある神獣族とのやりとりをもっとスムーズにしたいと思ったのだ。


「なんだそんなことか。俺らとしてもありがたい話だからよ、別に構わねえぜ」

「え? いいの?」

「おう。俺ら神獣族からすればあんな道も普通に通れるが、獣人たちにとっちゃいつ魔物が現れるかわかったもんじゃねえからな。アラタの匂いが染み付いた道には魔物どもも下手に近付けねぇだろうし、むしろ安全性が増して助かるくらいだぜ」


 むしろ手伝うぜ、と言ってくれるので大変ありがたい話だ。


「そしたら今日は色々と計画を立てて、明日から道を作っていこうかな」

「ところでアラタ、どうやって作る気?」

「え? そりゃあ魔法で木とかを切り落としていって、いつもみたいに土魔法で地面を平らにしていく感じだけど」


 川までの道と同じように作ればいいだろうと簡単に思っていたら、レイナが呆れたようにため息を吐く。


「あのね、魔力は無限じゃないのよ? この里までだって結構な距離あるし、そんなことしてたら魔力切れに……ところで、アラタって魔力切れ起こしたことあったっけ?」

「俺? 今のところないかな?」


 そう言った瞬間、彼女が信じられないものを見た様に驚愕する。


 ここ最近はアラタだから、の一言で済ます様になっていた彼女がこのような顔をするのは久しぶりに見た気がする。


「信じられない……もしかして本当に出来る? でもそれなら、アラタの魔力容量って……」

「あ、でも俺もわからないよ? 最後まで魔力使ったことないだけで、実は結構少ないかもしれないし」

「あれだけの収納魔法が使える時点で、それはないわ」


 そういえば、収納魔法は魔力容量に比例すると昔言っていた気がする。

 未だにそこが見えないこの収納魔法のことを考えれば、俺の魔力容量は相変わらず異常なのかもしれない。


「はぁ……まあいいわ。これ以上考えたら頭痛くなっちゃうし……それより、もう一つ問題があるのだけど」

「え?」

「切り落とした木、どうするつもり? アラタの収納魔法なら全部入ると思うけど……」

「あー……たしかに」


 収納魔法に入れればいい、という問題ではない。それだけの道を開拓しようと思えば、当然大量の伐採が必要になる。


 森の木々だって生きているのだ。


 この島の住人たちにとって、自然というのがどれくらい大切な物なのかはわからないが、手あたり次第自然破壊をする人間を信用など出来ないだろう。


「それならとりあえず、切った木は俺らに譲ってくれや。そしたら獣人たちがその木を使ってなにか別のもんに変えるからよ」

「でも、凄い量になると思うよ」

「あー……それなら加工所作るか。んでそこに置けるだけ置いといて、無理な分は悪いがしばらくアラタが収納魔法の中にいれといてくれ」


 出来る限り無駄にしない。という考え方だろう。

 たしかに収納魔法の中に入れておけば腐ったりもしないし、もし俺の限界以上の量だったら、そのときはまた考えよう。


「じゃあそれで行こっか。そしたら俺は数日かけて道作るところから始めるから、エルガは里で色々と事情説明をしておいてくれる?」

「おう。お前らが木を集めてくれるなら、こっちも別のことに人手が使えるから助かるぜ」

「木は渡すから、なんか頂戴ね」

「欲しいもんあれば言いな」


 この島にはお金の概念はないため、物々交換が基本だ。


 しかも前提としてこの島の人たちは大抵、交換を持ちかけた側が相手に有利な物を提供することが多い。


 そのおかげで、お互い気兼ねなく色々とお願いがしやすい環境が整っている思う。


「よーし、それじゃあ頑張ろうかな」

「私も手伝うわよ」


 そうして俺たちは家まで戻り、一日かけて準備をしてから、木を切り倒しながら進み始めていくのであった。

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