閑話 聖女と勇者と破滅の魔女
アラタを召喚した聖女セレスは今、追い詰められていた。
「教会から認められた聖女でありながら、悪魔を召喚するとは何事だ⁉ もはや貴様は聖女にあらず! 悪魔に魅入られた……大罪の魔女め!」
「そ、そんな⁉」
聖堂教会。大陸にもっとも影響力のある組織で、単一神を崇める宗教である。
セレスは元々ただの村娘であったが、神の啓示を受けた娘として聖堂教会から聖女を任命された。
人一倍敬虔な信徒であった彼女にとって聖女という肩書は重いものであったが、友人である『勇者』アークと、その才能は遠く離れた地で猛威を振るっている最強の魔法使い集団『七天大魔導』にも匹敵すると言われる『破滅の魔女』エリー。
三人で協力しながら、災厄と呼ばれる大魔獣の脅威から、人々を守るために戦い続けてきた。
しかし、終末のドラゴン『ワルプルギス』との戦いを終えた彼女たちを待っていたのは、賛美の声ではなく、厳しい視線。
そして、教会内部でとある噂が流れていたのだ。
――聖女は悪魔に魂を売り渡した。
教会本部に集められた三人は、こうして断罪の言葉を受けることになる。
「セレスが悪魔に魂を売っただと⁉ そんなことをするわけがないだろ! 誰よりも神を信じ、民を守り続けてきたんだぞ!」
「黙れ黙れ黙れ! 大罪の魔女に選ばれた貴様も勇者などではない! 破滅の魔女も同罪よ! 貴様らの命、ここまでと知れ!」
「なっ⁉」
そうして集まる聖騎士。その一人一人が一騎当千と謳われる、教会最強の断罪者たちだ。
一対一であればアークたちの方が強いかもしれない。しかし彼らは集団戦闘のエキスパートであり、対人戦闘のプロだった。
「はははは! お前たちに、逃げ場などないぞ⁉」
「う、うぅぅ……神様、アラタ様……」
「くそぉ……」
動揺して泣き崩れている聖女セレス。突然の事態に困惑しながらも、どうすればいいのか迷う勇者アーク。
二人とも自分の行動をどこまでも信じていた。だからこそ辛い旅であっても笑いながら人々を救ってきたのだ。
その最期がこのようなことになるなど、想像もしていなかった。
「ちっ……嵌められたわね」
そんな中、ただ一人事情を正確に把握したのは、破滅の魔女エリーだ。
聖女セレスの存在は教会にとって圧倒的なまでの『善』だ。
しかしその光が強すぎれば、同時に闇もまた濃く、そして深くなる。
教会内部のおける派閥争いにおいて、彼女ほどの光は邪魔でしかなかったのだ。
「……せっかく命拾いしたってのに、ついてないわ」
噂の巡りが早すぎる。間違いなくこれは計画的な行動だとエリーは理解した。
それゆえに、もう自分たちに打つ手はないのだと理解する。
「だからって、簡単に諦めてやるつもりもないけどね」
その力から、あらゆる人に嫌われた破滅の森の奥に住む『破滅の魔女』。
そんな自分に、このお人好し二人は手を差し伸べて、外の世界に連れてきてくれた。だからこそ、彼女たちを守るのは自分の役目だとずっと思ってきた。
「アーク、セレスを連れて逃げなさい」
「っ――⁉ エリー、君は⁉」
「ここで一人でも多く道ずれにしてやるわよ。この悪党どもをね」
そうしてエリーは前に出て、泣き崩れるセレスを守るように立ち塞がる。
「行きなさい。あんたたちは私と違って神様に愛されてるから、きっと助けてもらえるわ」
「エリー!」
「早く!」
聖騎士たちがそうはさせまいと迫ってくる。その圧力は歴戦の魔女である彼女をしても、脅威だ。
だが不思議と、大丈夫だと思う自分がいるのもわかった。
「『破滅』の本当の力、見せてあげるわ」
世界を破滅させる力とまで言われた自分が、誰かを守るためにこの力を使う。それはきっと、とても凄いことなのだから。
「エリー! その力を使ったら君の命は!」
「いいのよ。だって、友達を守るために使うんだもの。きっとお母様も許してくれるわ」
そうして、禍々しい魔力が辺り一帯を覆い始める。それはエリーの命と引き換えに、たった一度だけ使える『破滅の魔法』。
「……だめ」
そんなエリーに対してセレスは涙を浮かべながら顔を上げる。
「セレス?」
「そんなの、絶対に駄目ぇぇぇぇ!」
同時に、白い魔力が一気に膨れ上がり、エリーからあふれ出した黒い魔力を塗りつぶす。
「そんな⁉ 破滅の魔力が⁉」
「誰かが傷付くのは、絶対に駄目ぇぇぇぇ!」
白と黒が混ざりあい、聖堂教会内部に異常ともいえる魔力の渦が生まれ始める。
その圧倒的とも言える魔力は、まるで神の力そのもの。それをエリーとアークは知っていた。
「こ、これはあの時の⁉ セレス⁉」
「お願いします! 神様! 私はどうなっても構いません! だから、この争いを止めてください! お願いします!」
終末のドラゴン『ワルプルギス』との戦い。
そこで現人神であるアラタを召喚したときと、同等の魔力。
セレスが天に向かって叫ぶたびに、強烈な魔力が聖騎士たちを遠ざける。
「ぐ、なにをしておる! さっさとあの大罪の魔女を殺せ!」
慌てた様子で枢機卿の一人が声を上げる。今この瞬間の異常事態に、焦りを隠せない。
「お願いします! お願いします! お願いします‼ 私はどうなっても構いませんから! だから……だから!」
――その願い、私が聞き入れよう。
「……え?」
そして、時が止まる。
そう錯覚するほど、突然の静寂。
「ふふふ、久しぶりに神のやつの力を感じたと思えば、なんとも面白いことになっているではないか」
そして、その事態の中心に立つのは、ただそこにいるだけだというのに圧倒的な存在感を示す夜を体現したような少女。
金色の髪にまるで血のような深紅の瞳。年齢は十歳そこそこにも見えるが、この場にいる誰もがこの少女が見た目通りの存在ではないことを理解していた。
「え……あ……」
「さてさて、まさかあの島から出ることがあるとは思わなかったが、なるほどな。貴様がアラタとの縁を結んだからか」
「アラタ……様? あの方が貴方様をここに送ってくださったのですか?」
「うん? まあ、そんなところだな」
そう言いながら、周囲を軽く見渡す。
「な、なんだ貴様は⁉」
枢機卿の男が恐怖に顔を引き攣らせながら、金色の少女を見る。彼にもわかっているのだ。この少女が、あまりにも『規格外な存在』であることを。
「私か? 聞かれたのなら名乗っておこうか。我が名はヴィルヘルミナ・ヴァーミリオン・ヴォーハイム!」
「ヴィ、ヴィルヘルミナだと⁉ その名は一万年以上昔の神話に出てくる……だがこの魔力、まさか……まさか本物なのか⁉」
「そうだな、お前たち風に言うならあえてこう名乗ろうか」
――神殺しの魔王、とな。
そうして、蹂躙が始まる。
全てが終わったとき、ヴィルヘルミナ以外に立っていたのはセレスとアーク、そしてエリーの三人だけだった。
周囲には死屍累々となった聖騎士と教会関係者。そして倒れている枢機卿を踏みながら笑うヴィルヘルミナ。
「……あの」
「うん? ああ、お前の願い通り、だれも傷つけていないぞ?」
「あ、ありがとうございます! ところで、どうして貴方様は……」
「ははは、ただの暇つぶしさ。神の魔力と、それにアラタの力の残滓が少し残ってたみたいだからな」
「……アラタ様」
やっぱり貴方様が遣わしてくださったのですね、そう呟く聖女を見たヴィルヘルミナは、おかしそうに笑う。
「そうだとも。どうにもアラタはお前が気になって仕方がないらしくてな、こうして私を派遣したのだ」
「ああ、なんと慈悲深き御方なのでしょう……」
感動するセレス。そしてその隣で興奮気味の勇者アークと、ちょっと疑いの眼差しのエリー。
この三人は、面白いとヴィルヘルミナの直感が言っていた。
「さて、そろそろ召喚の魔力も切れそうだから、私は帰るとしよう」
「え⁉ そんな、まだお礼もなにも出来てないのに……」
「なぁに、すでに縁は結ばれた。もしお前たちが本当にアラタに会いたいと思えば、きっと私たちのところにもやって来れるさ」
「……縁?」
不思議そうに首を傾げるセレスに、ヴィルベルミナは神妙な表情で頷く。
「ああ。そうだな、もし私に礼をしたいというなら、次に会ったとき、私を楽しませてくれたらそれでいいさ」
「わ、わかりました! 必ず、貴方様たちがいる場所に行かせて頂きます!」
「くくく、楽しみにしているぞ。強い想いがあれば、お前たちならきっと辿り着ける……神が住む島、アルカディアにな!」
そして、黄金の召喚陣が現れると同時にヴィルヘルミナの姿が消える。
「必ず、お会いに行きます。アラタ様、ヴィルヘルミナ様……」
最後まで彼女たちを信じているセレスは、神に祈るように目を閉じる。
「行こうセレス。これ以上ここにいるのはまずい」
「そうね。ここから先、私たちは一生お尋ね者よ。まあ、別に嫌われ者は今に始まったことじゃないからいいんけど」
そうしてセレスたちは教会を後にして、旅に出ることになる。
「私たちには神様が、そして現人神アラタ様が付いています。だからきっと大丈夫」
「そうだな。二度も奇跡を見たんだ。俺も信じるよ」
「まあ、どうせあなたたちと一緒以外に行くとこもないし、ついて行くわ。どこまでもね」
教会最大の反逆者という汚名を背負いながら、しかし彼女たちの歩みは決して暗いものではなかった。
目指す先は神が住む島アルカディア。
聖女と勇者と破滅の魔女。この三人の旅は続く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます