第46話 召喚 後編

「き、君⁉ どこに行くんだ! そっちは危ない!」

「駄目です! 早く逃げて⁉」

「アンタ! なにやってんのよ⁉」


 三人の慌てた声が聞こえてくる中、ワルプルギスと呼ばれたドラゴンの方に向かって行く。


『ギャッ⁉ ギャァァァァァ! ギャァァァァァァ!』


 何度も何度も威嚇してくるワルプルギス。だがしかし、こちらに手を出そうとは中々してこない。

 ひたすら叫ぶだけで、よく見るとジリジリ後ろに下がっていた。


 そんなドラゴンに向かって俺は一歩一歩近づいていく。

 後ろからは慌てた様子で叫ぶ勇者たち。


「うん、問題ないな」


 改めて見上げてみても、ヴィーさんたちのような『なにか』を感じることもない。


『グ、グ……グァァァァァァ!』


 ドラゴンがこれ以上近づくなと、そう言わんばかりに巨大な口から炎を吐き出した。

 そういえば昔、ティルテュと出会った時もこんな感じで炎を喰らった覚えがあるが、その時と一緒でほとんどなにも感じない


「あ……あぁぁ……私の、私のせいで」

「いや、助けに入れなかった俺の……」

「バカ、アンタたちが自分を責めても仕方ないでしょ! せめて仇を……って、え?」


 たしか破滅の魔女と呼ばれた少女が、困惑した声が聞こえてきた。

 どうやら炎が徐々に弱まり、俺が立っている姿が見え始めたのだろう


「ちょっと……アイツ、生きてない?」

「馬鹿な、なにを言ってるんだエリー。あの炎に込められた魔力を感じるだろう? あんなものを受けて生きていられるはずが……んん?」

「そうですよ。教会の歴史ではあの炎で数多の国が滅ぼされたと謳われる恐るべきほの……おえ?」


 ワルプルギスはブレスを吐き疲れたのか、炎は徐々に弱まっていく。

 そして俺はというと、当然の如く無傷だった。


『グァ⁉』

「「「……は?」」」


 驚く三人だが、まあこういう反応もだいぶ慣れてしまった。

 レイナに始まり、ゼロスやマーリンさんも似た反応だったのだが、最近はアラタだからで済まそうとしてくる。


「いちおう人間なんだけどなぁ……」


 種族、アラタとか呼ぶのは酷いと思うのだ。


 とりあえず、このワルプルギスは人類の敵っぽいのでエンペラーボアとかと一緒で魔物扱いでいいだろう。


 もしティルテュみたいに人になれたりするのであればちょっとと思うが……まあそれでも攻撃してきたのはあっちが先だったし……。


「今度はこっちの番でいいよね?」


 ワルプルギスが首をブンブンを横に振ってるようにも見えるが、こっちの言葉は多分通じてないから気のせいだろう。


 俺は少しだけ足に力を込めて、一歩前に踏み出した。同時に突き出した拳は、ドラゴンの腹部を一気に貫き、遥か上空まで吹き飛ばされる。


「「「……は?」」」


 そして数十秒後、凄まじい轟音と共にワルプルギスの巨体が地面に落下した。

 どうやらあの一撃で息絶えてしまったらしく、このドラゴンが動く気配はない。エンペラーボアはまだ生きてたのだが、耐久力はそんなになかったらしい。


「これでよし、かな?」


 俺が笑顔で振り向くと、信じられないと顔をあんぐりさせた三人がいた。

 三人が三人とも凄まじい美形だからこそ、その表情が少しおかしく笑ってしまう。


「とまあ、いちおう煩いドラゴンは倒したので、俺を元の場所に帰してくれますか?」

「え? あ……え?」


 とりあえず一番事情に詳しそうな聖女さんに尋ねてみると、まだ現実に帰ってこないらしく戸惑った様子のままだ。


 仕方ないので彼女が落ち着くまで待とうと思って、そういえばドラゴンって美味しいんだろうかと思った。


「……持って帰るか?」


 いちおう収納魔法があるので持って帰られるのだが……しかしもしかしたらティルテュあたりが嫌がるかもしれないから止めておくことにする。


 今度ドラゴンが美味しいか別の人に聞いてみようと決めていると、この場所にやってきたときみたいに足元が金色に光り始めた。


「お……?」

「あ、あの! 貴方は神様ですか⁉」


 魔法陣が出てきたからかだろうか。聖女さんが再起動したように慌てて尋ねてくる。

 

 実際に神様にあったことのある俺としては、自分が神様でないことはよく理解していた。だから首を横に振る。


「俺は(多分)人間だよ」


 聖女さんの後ろで立っている二人が嘘だという顔をしていたが、嘘じゃないから多分。


 最近自分でもちょっと疑うようになってきてしまったが、自分が信じないで誰が信じるというのかと己に言い聞かせる。


 そう思っていたら、足元の魔法陣がどんどん輝きを増していく。どうやら俺の役目は終わったからか、帰れと言ってるみたいだ。


「さて、それじゃあ帰れそうだから、俺は行くね」

「そんな……まだお礼も出来ていないのに!」

「良いよ別に。そんな大したことしたわけじゃないからさ」


 実際、島で狩りをした方が強くてすばしっこい魔物が多いと思う。隠れず、逃げずにいる魔物など、ただの獲物でしかないのだ。


「なら……せめてお名前を教えてください!」

「……アラタ」


 まあ名前くらいいいだろう。特に害がある訳でもないだろうし。


 そう思っていたら……聖女セレスさんが嬉しそうに微笑む。


「アラタ様……わかりました! この聖女セレスが、きっと貴方様の偉業を教会に伝え、はるか末代までその威光を伝え続けます!」

「え? いやちょ、それは――」


 そんな恥ずかしいことしないで欲しい!


 そう思って手を伸ばした瞬間、魔法陣の輝きは最高潮を迎える。


「任せてください! きっと、神の御使い……いえ、現人神であろうアラタ様のことは私が責任をもって広めてみせますから!」

「だから待って落ち着いて――⁉」

「……ありがとうございます。救世主アラタ様……」


 そうして、俺が止めようとした瞬間、景色が再び変わる。


 そこはすでに見慣れた森の中。いつの間にか時間が経っていたのか、周囲は暗い夜。


「……なんだったんだろう」


 多分、夢でも見たのだろう。

 そうじゃないと俺、どっかで救世主だの神の御使いだの現人神だの、とんでもないことにされてしまうらしい。


「……もう、レイナたちも落ち着いた頃かな?」


 とにかく、これからもこの島から出ることはないのだから、気にする必要もないだろう。


 そもそも、なんか勇者っぽい人たちが倒せなさそうなドラゴンを一撃で倒した人間の話なんて、信じる人がいるわけがない。


 そんなことを思いながら家に帰ると――。


「あ、アラタ……その、私……」


 俺を見るなり顔を真っ赤にしたレイナが、恥ずかしそうにしていた。

 どうやら、お昼の件はしっかり記憶があるらしい。


 そんな風な態度を取られると、俺も意識せざるを得ないのだが……。


「くくく、お帰りアラタ」

「ヴィーさんは楽しそうですねぇ」

「実際、楽しからな」


 俺の家でくつろいでいるヴィーさんは、ちゃんと約束を守ってくれていたらしい。それは良いが、このこっちを全力でからかってやろうという雰囲気は頂けない。


「旦那様ー! お・か・え・りー!」

「おっと……」


 その身体からは考えられない衝撃を受け止めると、いつも通りのティルテュが嬉しそうに見上げてきた。

 どうやら元に戻ったらしい。まあ、戻ってもやってることは一緒だが。


「ただいま」

「むふー」


 ゴシゴシと頭をこすりつけてくるので、その頭を撫でながらレイナに近づいていく。


「レイナも、ただいま」

「……ええ、おかえりなさい。アラタ」


 まだ顔は紅いが、それでも笑顔を見せてくれる彼女を見て、なんとなくホッとする自分がいることに気が付いた。

 どうやら、俺は思った以上に彼女のことが――。


「さて、それじゃあアラタ、貴様も帰ってきたことだし私もそろそろお暇するかな」

「泊まっていってもいいですよ?」

「ふ。そんな無粋なことはしないさ。おいドラゴン、お前も帰るぞ」

「嫌だ! 我は今日は旦那様の隣で寝る!」

「まったく、それじゃあ面白くないだろう?」


 ヴィーさんは抵抗するティルテュを影の魔術を使いながら上手いこと捕まえて、そのまま外に出ていく。

 その際に叫ぶティルテュの声など、まるで聞こえていないかのようだ。


「じゃあなアラタ、レイナ! 楽しい夜はこれからが始まりだぞ!」


 それだけ言って、二人は夜の闇に消えていく。


 残ったのは俺とレイナの二人だけ……。


「えっと……あのね、アラタ。お昼のことは、その……」


 なにかを言いたげなレイナだが、俺は今なにかが進展するのはちょっと違うと、そう思った。


「今日は色々あったけどさ。とりあえず休もう。それで明日からはいつも通り」

「……うん。そうね」


 だから彼女の言葉を遮る。


「だけどねアラタ……だったら今日は、まだいつも通りじゃなくてもいいってことよね?」

「え?」


 俺がその言葉に戸惑っていると、レイナがぎゅっと俺に抱き着いてきた。


 そして――。


「……お昼のは、別にお酒のせいだけじゃないから」

「レイナ……」

「今日だけ、明日からは普通の私になるから、だから今日だけは、甘えさせて?」


 その小さな呟きは俺の理性を全力で破壊しにくるほどの衝撃だった。


 そうして俺は壊れそうな宝石に触れるように、ゆっくり、優しく、その細くも柔らかい身体を抱きしめる。


 そして、ここが今の居場所なんだと強く再認識するのであった。

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