第44話 ブラッドワイン

 昼食を食べた俺たちは、しばらくの間いつものように適当に時間を過ごしていた。


 ティルテュもすぐに元に戻ると思ったのだが、どうやら未だに戻る兆しがない。今は木々の奥からこぼれる太陽の光を受けながら気持ち良さそうに森林浴をしているところだ。


 家を作った俺たちだが、こうして日中は外にいることが多かった。今もレイナはなにかの本を読んでいるところだし、俺はというと適当に体操をしていた。


 そんな俺たちをヴィーさんはつまらなさそうに見ている。


「なあお前たち、なんか面白いことしないのか?」

「いや、そう言われても……」

「若い男女が二人住んでるんだろう? もっとこう、あるだろう昼から色々と発散させることとかが」

「ありませんって」


 ただでさえ、俺は凄い力を持っているのだ。そんな俺が少しでもそういう方面のことを考えて、我慢できなくなったら大変だ。

 だから出来る限り、レイナに対して邪な思いを抱かないように気を付けている。


 だというのに、この人はわざわざそれを破りに来ようとしているのはやめて欲しい。


「……まあ、そんなこと言ってられるのも今のうちだがな」

「それはいったい――」


 ――なにをした。そう問い詰めようとしたとき、不意に背中になにかが乗ってくる。


 この軽さは……。


「ティルテュ? どうしたの?」

「グァァァ、グァァ……」

「ん?」


 先ほどまでの元気な様子とは違う。少し高い鳴き声を上げて、甘えるように背中から全身を使ってすりすりしてくるのだ。


「どうしたのティルテュ。まだ眠いなら寝てていいんだよ?」

「グァァァ」


 まるで幼い赤ちゃんがそうするような、全身全霊の甘え声。それを聞くと、ついなんでも言うことを聞いてあげようという気にもなるが、しかしその前に現状について確認しないと……。


「ヴィーさん、なにしました?」

「なにもしてない。ただ私は料理を振舞っただけだ」

「その料理、なにが――」


 とりあえず元凶であるヴィーさんを再び問い詰めようとしたその時、不意に背中に感じる柔らかく温かいなにか。


 ティルテュはもういるし、いったいなにが? そう思っていると――。


「んふふふふー、アラタだぁ」

「ちょ、えぇ⁉ れ、レイナぁ⁉」

「あったかーい」

「ちょぉ⁉ そんなに全身をこすりつけてきたら……‼」


 ルナやティルテュと違い、レイナの身体は色々な部分で成熟しており、とても柔らかい。


 思い切り抱き着かれれば、当然彼女の胸だって身体に当たり……。


「や、駄目だって……」

「アーラーター。んふふふふー」

「ヴィーさん! あんたマジでなにやったぁぁぁ⁉」

「く、くくくくく! そんなに大声を出さなくとも聞こえているぞ!」

「聞こえてるなら答え!」

「だから、何度も言っているとおり料理を作って食べさせていただけだ。毒も入れないし、変な素材だって入れてないぞ?」


 そう言いながら彼女はどこから取り出したのか、ワインボトルのような入れ物を取り出した。


 この世界に転生した時に読み書き、言語の取得は済ませている俺には、ヴィーさんが指さすそこに書かれている文字も読める。


 ――『アルコール』


「な? 毒も変なものも入れてないだろう? ちゃんと普通に料理で使われるような、食料酒を入れただけだからな」

「……」

「あーらーたー」

「グァァ……」


 レイナとテュルテュ、二人は甘えるように俺に身体を押し付けてくる。可愛い……可愛いが、このままだとその可愛さに負けてしまうかもしれない。


「うーむ、しかしこれもお前には効かないのか。せっかくもっと面白いものが見られるかと思ったのに、残念だ」

「それだけが救いですね! でもこの状況は……」


 アルコールに酔っているせいで顔を真っ赤に染めて、少し潤んだ瞳で見上げてくるレイナは、いつものキリっとした姿からは想像も出来ないほど可愛らしい。


「グァァ……」


 そしてレイナばかり見ず、こっちも見ろーと言わんばかりに甘えた声を出すティルテュも、いつも以上に必死な様子だ。


「くっ」

「いやしかし、アルコールに酔った女子二人に追い詰められる男子という構図も悪くないな」

「ヴィーさん、ずいぶんと楽しそうですねぇ!」

「ああ、楽しいとも! 特にお前だけが素面で困惑する様はいつもの余裕ぶった様子と比べてもずいぶんと面白い!」


 たしかに彼女は嘘は言っていなかった。毒も盛ってないし、ただ料理に酒を使っただけ。

 だがしかし、この二人の様子を見ていると、かなり怪しい酒を使ったのは間違いない


「いちおう聞きますけど、普通のお酒ですよね?」

「もちろんだ……私の魔力がたっぷり入った、ブラッドワインだがな」

「……それ飲むと、どうなります?」

「ガッツリ飲んだら私の眷属になるレベルでおかしくなるが、料理に使う程度の少量ならたいていの奴は気分が良くなる感じで酔う」


 くくく、と八重歯を見せながら笑う仕草は子どものように快活だが、しかし言っている内容はあまり可愛くない。


 神獣族の里でお酒は飲んだが、その時もレイナは顔こそ紅くしていたが、酔った様子は見られなかった。


「んふふふふー。あらたー、あらたー」

「ああもう! 俺はここにいるからそんなに名前呼ばなくても大丈夫だよ」


 だが今は少量でこの有様である。どれだけ酔いやすいもの突っ込んだんだこの吸血鬼は……。


「あらたのからだあったかーい。あたまーなでてー」

「えぇ……」

「グァァ……」

「ティルテュもぉ?」

 

 いつもと違うような甘えたレイナとティルテュ。とりあえず言われた通り頭を撫でると、二人とも目を細めて気持ち良さそうにする。


「えへへー」

「グァー」

「……いや、これちょっと」


 ティルテュはまあ、いつも通りと言えばいつも通りなので普通に可愛いな、という感じであるのだが、レイナの場合は違う。

 いつも凛とした様子で、ちょっと格好よくも綺麗な彼女と違い、この甘えてくる姿はとても愛らしかった。


「あーらーたー」


 もう、これ以上は駄目だ。


「……ヴィーさん」

「んん? なんだぁ?」

「とりあえず、二人が危険な目に合わないようにちゃんと守っててあげてください! もし危険な目に合わせたら怒りますからね!」


 そうして俺は二人を引き離し、一気に木に飛ぶ。


「あ、あらた!」

「グァー!」

「くっ⁉」


 見下ろせば、二人がちょっと悲しそうな顔でこっちを見ているが、それに負けるわけにはいかないのだ。


 俺は一気にその場から離れると、背後から彼女たちの声から少しでも遠ざかるように、次から次へと木々を飛び移っていくのであった。

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