第41話 子オオカミとルナ

 ルナが二匹のブラッディウルフを連れて帰ってから一週間が経った。


 どうやらあれから子オオカミたちは親が死んだことをようやく理解したらしい。そして、ルナが守ってくれていたことも。


 そのおかげか、今ではすっかりルナのことを自分たちの家族とでもいうように懐いた状態だ。


 ここ数日は子オオカミたちの世話で忙しく、俺たちの家に来れなかったルナの代わりにエルガとリビアが教えてくれた。


 そうして今日、久しぶりにやってきたルナは、両手に二匹の子オオカミを抱えてやってきた。


「クルル……」

「がるる……」


 ルナに抱えられた二匹のブラッディウルフ。

 名前はクルルとガルル。鳴き声がそれぞれ違うから名付けたらしい。


 両方とも血のように紅い体毛を纏っているが、クルルはちょっと黒っぽく、ガルルが少し白っぽい。

 おかげで鳴き声以外でも判断できるのはありがたかった。


「ほら二匹とも、お姉ちゃんに挨拶」

「クルル……」

「がるる……」

「……か、可愛い」


 ルナの言葉が理解出来るかのように、赤ちゃんオオカミの二匹は愛くるしい様子を見せながらレイナを見上げて鳴く。

 そしてレイナはというと、そんな二匹とルナの姿に震えていた。


「ねえルナ、二匹とももう走れるの?」

「うん! でもこの子たち両方ともヤンチャだから、抱えてないと一気にどっか遊びに行っちゃうんだ」

「そっか。まあ、この辺りは魔物も来ないから、少しくらい遊ばせてあげたら?」


 俺がいることがどうやら抑止力になっているらしく、この辺り一帯に魔物はほとんどやってこない。


 ちなみに俺が少し離れて他の魔物の縄張りに入ると、敏感な魔物は一気に逃げ出してしまうため結構狩りがやりにくい状態だった。


「うーん……遊びたい?」


 クルルとガルルは揃って鳴く。


「そっかぁ……仕方ないなぁ」


 そう言ってルナが二匹を地面に置いた瞬間、まるで競争するかのように猛ダッシュ。

 この周辺の家々を障害物とでも言わんばかりに駆け巡りながら走り続ける。


「か、可愛い……」

「レイナ、大丈夫?」

「……駄目かも。この島に来てから危険な魔物ばかり見てたから、あれは癒しだわ」

「そっか……」


 思えば彼女もだいぶこの島で重圧を感じていたはずだ。そう考えると、たまにはこういうのも良いかもしれない。


「うお! なんだこいつら⁉」

「きゃっ⁉」


 そう思っていると、ゼロスとマーリンが家の中から出てきた。

 同時に足元に二匹が走り込んできたので、慌てた様子でブラッディウルフを見下ろす。


 クルルとガルルといえば、そんな様子の二人が楽しいのか二人の周りをクルクルと駆け回っていた。


 その様子がおかしく俺たちが笑って見ていると、マーリンさんが困ったように声を上げる。


「ちょっと、なんなのこれ⁉」

「クルルとガルルだよー」

「名前を聞いてるわけじゃなくって……きゃ!」


 突然、クルルがマーリンさんに飛び掛かる。


 とはいえ、彼女も七天大魔導という最強の魔法使いの一角。

 いくらこの島の魔物とはいえ、生まれたての赤ん坊に負けることもなく、反射的に捕まえてしまった。


「クルルー」

「……なんなのよ、もう」


 首根っこを掴まれてブラブラさせられているのだが、クルルからすれば遊んでもらっているだけの様子。楽しそうに笑っている。


 マーリンさんはというと、困ったような、呆れたような表情で小さなオオカミを見ていた。


「がるるー」

「ちょ、なんでこっちまで近づいてくるわけ⁉」


 クルルが遊んでもらっていると思ったのだろう。先ほどまでゼロスの傍でクルクル回っていたはずのガルルが、マーリンさんの傍に駆け寄ってくる。


「ちょっとゼロス、こっちはアンタの担当でしょ⁉ なにやってんのよ!」

「いつの間にそんなこと決まったんだよ⁉ どう考えてもお前に懐いてるだろこいつら!」

「アンタが遊んであげないからでしょ! いや、私も遊んでないけど!」


 マーリンに掴まれてブラブラしているクルルと、自分もそれをやってくれーとクルクル回るガルル。


 それを見て笑っているルナに、羨ましそうにしているレイナと、普段と違う光景がそこにはあった。



 

 それからしばらくして、地面に軍用のシートを地面に敷いた俺たちはそこに座り込む。


 今日は天気もいいし外でご飯を食べようという話になったのだ。


「で、結局なんだったのよこれ⁉」

「え、今それ言うんですか?」

「ずっと言ってたわ!」


 ある程度マーリンに遊んでもらって満足したのか、今はクルルもガルルもルナの膝の上で眠っている。


 そしてそれをそっと触ろうとレイナが手を伸ばし、恐る恐る小さな赤ん坊たちを撫でていた。


 うん、中々ほっこりする光景だ。


「アナタ、わざと無視してない?」

「無視なんてしてないですよ。ただ、なんて言えばいいのかなって」

「クルルとガルルだよー」

「そう、クルルとガルル」

「名前を聞いてるわけじゃないのよ……」


 マーリンさんはがっくしと肩を落としながら、もういいわとその場に座り込む。

 散々クルルとガルルに遊ばれた彼女はだいぶ疲れたらしく、肩から息をしていた。


「は、情けねぇ。まあ若作りしてるだけでいい年だもんな」

「ゼロス、女に年齢のこと言うとか死にたいわけ? というか、アンタもだいたい同じ年くらいじゃない」

「鍛え方が違うんだよ、鍛え方が」


 二人が睨み合いを始めるので、俺はそそくさと離れることにした。

 そして二匹の子オオカミを触りながら嬉しそうにしているレイナの傍に行く。


 誰だって険悪なムードのところにいるよりも、ほのぼのとした穏やかな空気のところに行きたいのだ。


「レイナ、嬉しそうだね」

「あ、見てよアラタ。このいかにも守ってくれなきゃ駄目だって言わんばかりのこの穏やかな寝顔……」


 普段はキリっとしていることが多いレイナだが、今はずいぶんと頬が緩んでいる。

 とはいえ、それもこの光景を見ればわかるというものだ。


「……たしかに可愛いね」

「でしょ」


 ルナの膝の上でゴロリと寝ている二匹は、つい最近まで野生で生きていたとは思えないほど無防備にお腹を晒していた。

 よほどルナのことを信頼しているらしい。


 時々レイナがそんな二匹にちょっかいをかけると、彼らは少し煩わしそうに身動ぎしながら、ルナの方に寄っていく。


 そしてルナが軽く撫でると、スヤスヤと小さな寝息を立てて気持ち良さそうな表情をするのだ。


「はぁ……癒されるわ」

「もしかしてレイナ、最近ストレス溜まってた?」

「え? 別にそんなことはないけど……」

「そっか」


 無意識のうちに俺が彼女にストレスを溜めさせていたなら、今後は改善しないといけないと思ったが、どうやらそうではないらしい。

 

 そのことにホッとしていると、ルナがこちらを見上げてきた。


「お兄ちゃんも触る?」

「いいの?」

「うん。二匹とももお兄ちゃんは味方だって知ってるから、大丈夫だよ」

「それじゃあ、遠慮なく……」


 仰向けで寝ているためお腹を丸出しの二匹を、軽く撫でてみる。

 少しくすぐったそうにしながら、それでも嫌がる素振りは見せなかった。


「寝てるんだよね?」

「寝てるよー。だけどなんとなくわかるみたい」


 犬は飼い主に順序を付けるというが、この二匹も同じ習性があるらしい。


 一番上はルナ。次にリビアとエルガ、そして俺の順番らしい。

 レイナは触ることは許してもらってるが、ルナが言うから仕方なし、というレベルのようだ。


 ちなみにマーリンとゼロスは自分たちより下に順位づけられているらしく、遊び相手、というくらい。


「よくよく考えたら、こいつら可愛い顔して結構シビアだよね」


 まあ、それくらいじゃないとこの島では生きていはいけないのだろう。


「これから大きくなったら、どうなるんだろうね?」

「大きくなってもルナの弟たちだから、ルナが守るよ?」

「そっか……それじゃあ、大切に育てようね」


 一人っ子のルナにとって初めて出来た弟たち。それが彼女の成長に繋がるのなら、きっといいことだろう。

 

「はぁ……可愛いわぁ」


 普段は見れないレイナも見れたことで、俺としても満足だし、この二匹には感謝したいと、そう思った。

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