第40話 小さな身体

 ルナの話を聞き終えた俺は、この子らしいなと思った。


 というのも、俺たちのテントから出ていったあと、彼女は結婚記念日のプレゼントを用意するために群れからはぐれたオオカミを探そうとしたらしい。


 普通そんなものは簡単には見つからないものだが、ルナは見つけられる自信もあったという。おそらく神獣族特有の感覚かなにかだろう。


 実際、あの後すぐに見つけることは出来たらしい。ただ、タイミングが悪かった。


 ルナが見つけた狼は三頭。母親と、この子オオカミたちだ。

 ちょうど別の魔物に襲われているところだったらしく、結果的にルナが助けることになったのだが――。


「結局、母オオカミは致命傷を受けてて死んじゃったの……」

「そっか」

「それでね、このままだとこの子たちが他の魔物に襲われちゃうからと思って連れて帰ろうと思ってるんだけど……嫌がっちゃって……」

「うん」


 ルナの言葉を一つ一つ、否定せずに聞いてやる。すると彼女もポツポツなにがあったのかを話していく。


「お母さんが死んじゃったんだよって言ってもこの子たちは全然理解してくれなく……離れないの。だからルナはお母さんを埋めてあげて、そのまま連れて帰ろうとしたんだけど、全然離れなくて」

「うん」

「それで、このままだと死んじゃうから……だから」


 だから、この子オオカミたちが襲われないように、ずっと守っていたらしい。


「ルナは、えらいね」

「……」


 俺の言葉にルナは首を横に振りながら苦しそうな表情で俯く。


「ルナがもっと早くこの子たちのところに来れれば、守れたもん」

「でも、もしお母さんがいたら、ルナのことを襲ってたかもしれないよ?」

「それでも、ルナだったら倒さなくても抑えられたもん」


 そうかもしれない。だけど、そうじゃないかもしれない。

 子を思う母の力は凄いし、そもそもルナだって敵対してきた相手に手加減が出来るとは思えない。

 俺からすれば、先に他の魔物に倒されていただけ、ルナの手を汚さないでいられて良かったと思ったくらいだ。


「それで、どうするの?」

「この子たちが起きたら、もう一度説得する」

「言葉、通じるの?」

「わかんない」


 多分、通じないのだろう。魔物の中には頭が良いのもいるらしいが、見たところそこまで強そうな魔物ではない。

 なにより、まだ生まれて間もないのだろう。どう考えても言葉が通じるとは思えなかった。


 ……どうしたもんかな?


 ルナに諦めろというのは簡単だ。だがしかし、この子だって悪いことをしているわけではない。

 それどころか、普通に考えれば自分なりに一生懸命考えて、なんとかしようと思っているのだから誉めてあげたいくらいだ。


 俺は寝ている二匹の子オオカミを見る。


「この子たち、なんて魔物なの?」

「ブラッディウルフ……大きくなったら、とっても強い魔物だよ」

「そうなんだ」


 とても強い、とルナが言うくらいだから本当にそうなのだろう。少なくともこれまでエンペラーボアやシャンタク鳥が出てきた時も、彼女から強いなんて言葉が出てきたことはない。


 強い魔物というなら、死んだ母オオカミのことを思うと脅威になるんじゃないだろうか?

 俺はともかく、レイナやゼロスたちにとってはどうだろう。今のうちに、倒しておいた方がいいのでは……?


「あ……」

「うん?」


 そんなことを思っていると、ブラッディウルフの赤ちゃんたちが身動ぎをし始める。どうやら眠りから覚めようとしているらしい。


「起きた……」

「起きたね……」


 ルナは嬉しそうに、そして俺は少し戸惑ったように言う。


 二匹のオオカミたちは、お互いの顔を見合わせると鼻をこすり合わせたり、身体をからませたりと、実に赤ちゃんらしい行動を取る。そこに、脅威らしい脅威はない。


 そしてなにかを探す様にキョロキョロとすると、不意に少し離れた地面に向かって駆けだした。


「あ……」

「ルナ? どうしたの?」

「あそこ、ルナがお母さんを埋めたところ」

「……そっか」


 二匹の子オオカミは、悲しそうな声を上げながら地面に鼻を擦る。生まれたばかりの彼らの力では、地面を掘ることも出来ずにただただ同じ動作を繰り返していた。


 それを見て、俺は少し同情した。魔物とか関係ない。ただ自分の生みの親と一生離れ離れになってしまったという、それに気付いている赤ちゃんたちが、あんまりにも憐れに思ったのだ。


「ルナ、ちゃんと育てられる?」

「うん……」

「それなら、ちゃんとこの子たちがお別れを済ませるまで待って、それから連れて帰ろう」

「うん!」


 そうして俺とルナはその場に座り込んで、子オオカミたちが母親との別れを理解するまでじっと待つ。




「……こんなところにいたのか」

「あ、エルガ」


 太陽が紅く染まるころ、森の木々をかき分け、背後からやって来たのはエルガだった。


「おうアラタ、お前が先に見つけてくれたのか」

「うん……ごめんね、連絡しなくて」

「いんや、別に構わねえよ。お前、とても身動き取れる状態には見えないしな」


 そうからかい口調で言いながら、その視線は俺の膝に向く。

 そこにはルナと二匹の子オオカミが、泣き疲れてたのかぐっすりと眠っていた。


「まあ、事情はあとでゆっくり聞くとして、お前にはルナが迷惑かけたな」

「別に迷惑だなんて思ってないよ」


 膝で眠るルナの柔らかい髪の毛をそっと優しく撫でると、彼女は小さく身動ぎした。

 そのあとに、隣で抱き合うように眠っている子オオカミたちにも同じことをすると、まったく同じ反応をする。まるで親子が兄弟のようだ。


「んで、これから俺はどうしたらいい?」

「話が早いのはいいね。断らないの?」

「断ったらあとでこいつと、リビアになにされるかわかんねぇからな」

「ははは、尻に敷かれてるね」

「言ってろ、どうせお前もいずれそうなる」


 そんな軽口の応酬をしながら、エルガは隣にドカッと座る。そうして眠るルナを見ながら、呆れたようにため息を吐く。


「アホ面して寝てんなぁ」

「昨日ほとんど寝てないらしいから、もうしばらくこのままにしてあげて」

「いいけどよ別に。リビアだって、こいつには怒らねぇから」


 その代わり俺には怒るけどな、と笑う姿は本当に男前だ。

 エルガはいつもぶっきらぼうな口調だが、それでも面倒見の良さでいえばレイナと同じくらい。

 そう思うと、二人はよく似てるかもしれないと改めて思い、少しおかしくなった。


「なに笑ってんだ?」

「いや、ただエルガはいい男だなって思っただけだよ」

「はっ、男に言われてもあんまり嬉しくねぇな。まあ、女に言われた日には背中を気を付けないといけないから、もっと言われたくねぇが」

「想われているねぇ」

「その顔ムカつくな」


 端から見ても、エルガとリビアは本当に良い夫婦だと思う。いつかこんな家庭を持てたらいいなと思わせるような、そんな関係だ。


「ううん……」

「おっと、寝坊助がそろそろ起きそうだな」

「そうだね。それに、一緒に寝てる子オオカミたちもモゾモゾしてる」


 別に腕力的には俺一人でもルナと子オオカミたちを運ぶことは可能だ。だが、ルナが一生懸命守るように二匹を抱きしめるものだから、これを引き離すのは可哀そうだと思っていただけ。


 ただ、エルガが来るなら話は別だ。

 ルナはこれまでとは違い、うっすら開いた寝ぼけ眼でエルガをボーと見ると、そのまま両手を広げた。


「ん……」

「運べってか? たく、しょうがねえな」


 そのままエルガに抱っこされてくっついている状態のルナ。子オオカミたちも同じくフラフラ眠たそうななので、そっちは俺が抱っこしてやる。


 赤ちゃん特有なのかはわからないが、小さな身体から感じられる暖かさは、生きようとする心が感じられて凄いと思った。


「うし、それじゃあ日が暮れる前に帰るか」

「そうだね。とりあえずこの子たちも神獣族の里に連れて行くから、あとはお願い」

「……たく、しょうがねえ」


 少し面倒くさそうに、だが実は微塵にもそう思っていないことがわかる声でエルガはそう言う。

 そうして俺たちは、いつもなら凄まじいスピードで駆け抜ける森の中を、慎重に、とても慎重に戻るのであった。

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